■ 無駄に口付けばかりする ■








 何がきっかけだったのかは覚えていない。
 だから、きっと大したことじゃないのだと思う。
 ただの口付けに意味を見出そうなんて、馬鹿なことだ。
 唇を重ねて、舌を絡めるか絡めないかは、その時の気分次第で。
 何となく気乗りのしないときは、頬や額に軽く触れる。

 なぜこんなに触れなくてはいけないのか、そう思わなくもないが、そのひとの姿を見つけると、いても立ってもいられずに掴まえてキスをしたい衝動に駆られてならない。

「……ふ……ぅ」

 腕を一つにまとめて、押さえつける。
 なんて余裕のない、がっついた真似。
 この行為を続けている自分もどうかしていると思うが、それを拒みもしないイルカも不思議でならない。
 立場の差というか、階級の差を気にしているのかも知れない。
 だが、確かにイルカは中忍だが、それ以上に里長に可愛がられている。訴えることも出来るだろうに、何故それをしないか。

 肉厚の唇は思いの外柔らかく、何度も何度も吸い上げて唾液で濡らしてやると、はっとするほど赤く色付く。
 まるで熟れた果実。噛んでみれば美味かもしれないな、歯を立てれば「痛い」とくすぐったそうに笑い声。

 ――もしかしたら、これは誘われているのかも知れない。

 そう思ったこともあった。
 色欲とはかけ離れた場所にいるひと、そんな印象が何故かイルカにはあった。
 余りにも健全で朴訥としている外見のせいかもしれない。よく考えなくともイルカとて男なのだから、そういった感情はあるに違いない。

 だが、それでも触れようと思ったことはなかった。
 出会い頭に掴まえて口付ける、それだけで良い。
 
 カカシは自分が不実だと知っている。
 どうもひとりの人間に束縛されるのはたまらない。
 これだ、と思った相手……その時は本当に「運命の相手」だと信じているのだが、日を重ね、身体を重ねるにつれ、飽きてしまうのだ。
 確かに愛しいと思った相手だとしても、もう我慢が利かなくなる。
 その先に待っているのは修羅場だ。
 刺すか刺されるか――実際に刃物を取り出したことも数回、これは流石に情けない。
 天下の写輪眼のカカシとあろうものが、痴情のもつれなど、涙を誘う。
 
 ……あ、そうか。

 思い出した。
 初めて、イルカとキスをしたのは、この場所だ。

 アカデミーと任務受付所を繋ぐ渡り廊下、階段脇の死角。
 こんにちわ、と頭を下げられた瞬間、キスしたいと思った。
 思った瞬間、腕を掴んで、暴れられるかもしれないとか、何か叫ばれるかも、とか思いながらもキスをしていた。
 なんだか笑えた。
 男と、なんて。
 してしまえば、女も男も変わりはないと知っていたが、何故イルカにキスをしたいと思ったのだろうか。それが不思議でならなかった。

 長いような、短いような。
 離れるのは惜しいような、そんな気持ちでイルカを解放してやると、予想していた罵詈雑言はもちろん、覚悟してた拳も出なかった。

 代わりに出てきたのは。

 ――何むしゃくしゃしてるんですか、みっともない。

 静かな、静かな声で。
 おまけに、頬なんか撫でられたり。

 あの時、自分はきっと間抜け面していたに違いない。
 感情の起伏が激しくて、思ったことがそのまま表情に出る分かりやすいひと、それが誰もが知っている「イルカ先生」。
 それなのに、なんだ。

 面白い、と思った。
 キスをしたのは悪戯心だったのかも知れない、カカシは自分が何故あの時イルカの唇を欲しいと思ったのか分からないままだが、それが悪戯心と言うものだろう。
 逆に、理由があったら困る。

 ……だって、このひとに惚れてるとかっていう理由だったら、怖すぎるじゃないか!

 得体が知れないのだ。
 
 子どもたちが口を揃えて言う「大好きなイルカ先生!」、だが、イルカは教師である前に忍だ。分かりやすいはずがない、一癖も二癖もあって当然だろう。

 だが、興味が。
 好奇心は身を滅ぼすというのに、悪い癖だ。
 胡散臭いものが好きなのも、どうしようもない。どうしよう、楽しいかもしれない。

 ぞくぞくとする。
 
 イルカは拒まない。
 それでキスをする理由は充分だった。







 はぁ、と息を吐いて離れる。
 戯れだというのに、重ねる毎に唇が惜しい。
 久々の単独任務、里を離れている間、唇が寂しくてたまらなかった。
 慰めるために煙草を呑むのは嫌だったし、飴は甘すぎる。
 だから、帰ってくるのが楽しみで仕方がなかった。

 どんな口付けをしようか。
 可愛いものが良いな。啄むような、それでいて蕩けるようなものが良い。
 唇が寂しくてたまらなかったんですよ、とか言ってみるのも良いかも知れないな、ああ、どうしよう何でこんなに緊張しているんだろう。

 だから、イルカを見つけたときは嬉しかった。
 何か言われる前に掴まえて、押し付けて。
 
 ああ、なんか良いな。
 こういう、ある意味純愛? いや、俺とイルカ先生ってそういう関係じゃないから純愛っていうのもおかしいか。
 
 軽く息を乱して離れると、イルカが小さく笑っている。

「……変ですよね」

「何が?」

「キスだけでしょ、俺たち」

 もしかしたら、イルカも同じ気持ちなのかも知れない。
 何故、と思いつつ重ねる唇。潤っていく気持ち、どうしよう、たまらなく幸せだ。
 こめかみに音を立たせてみれば、冷たい、と逃げる真似。どうしよう、これってもしかしたら立派な恋なのかも。

 冷たい、と逃げようとするのを掴まえて、「温めてあげましょうか」と囁けば、たちまちイルカは楽しげな笑い声で「そんな趣味はない」なんてつれない言葉。

 ああ、たまらないね、あなた。
 どうしよう、もしかしたら一目惚れって言うヤツだったのかも。
 したことないから分からなかったけれどもさぁ。

「本気なのに」

「あなたの本気は怖くて怖くて。報告書出して行ってくださいね、俺は帰りますから」

「はい。ご苦労様でした」

「あなたも」

 短い会話。
 それなのに満たされるのは何故だ?

 ああ、どうしましょうか、あなた。
 もし、俺が愛の告白なんてしたら、受け入れてくれます?

 本当に無駄に口付けばかりしているけれども、その先を望んでいるかどうかすら分からないけれども、あなたのことが好きなのかも知れません。

 だけれども。
 この距離が一番しっくりしている。
 身体を伴ってしまったら、何かが壊れてしまいそうで。

 当分はこのままが良いかな。
 
 明日は何度口付けることが出来るだろうか。
 数えてみるのも良いかも知れない、記録でも付けて。

 我ながら愉快な想像だ、カカシは鼻歌を歌いながら報告書を片手に急いだ。
 明日が待ち遠しかった。
 






[God bless you]の理々子様より相互記念に戴きました!
私には勿体無いお話です〜v しかしとても嬉しいです!
ありがとうございましたっ。



 
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