□ 歩いていこう
第6話
派手な音を立てて倒れた車椅子は、横倒しに部屋の隅に転がっていた。
床に倒されたイルカは、剥き出しの肌に不快な冷たさを感じるが、なによりまさぐる手に鳥肌が立つ。
「‥‥や、‥ッ、‥‥カカシさん。やめてください‥‥っ」
難なく服の下にもぐりこむ手は、肌の感触を楽しむように泳ぎ回る。胸の先端に指を引っ掛けるのはわざとだ。
覆い被さる体に必死に抵抗するが、足がほとんど動かない。自由にならない恐怖を実感し、カカシに止めてもらうしか逃げるすべのないイルカは何度もやめてくれと言ったが、
「治ってるなら、走って逃げればいいでしょ」
カカシは昂然と言い放つ。ぬるりと耳殻を舐め上げられ、背筋が強く跳ねた。牙が、当たり前のように歯を立ててくる。痛い。だが、カカシの言葉の方がもっと痛い。
すぐに歩ける状態ではないのは、カカシだってわかっているはずなのに。
走って逃げればいい。それは――責めか。
「カカシさん‥ッ、離して‥‥‥っ」
下肢に下りたカカシの手に、無我夢中で暴れた。
腕を掴み、渾身の力を込めて急所を押す。怪我をさせるかも、と案じていては、この男からは逃げられない。怪我をさせても、逃げなくては。――だが、
爪で肉を破り、血を溢れ出させても相手は無頓着だった。それどころか、抵抗しようとした手は難なくカカシに捕らえられ、器用に縄で手首を縛られてしまう。
動きを封じられ、以前の恐怖がまざまざと蘇った。
(‥‥動け‥‥っ、足‥‥!)
神経を集中させ、必死に念じるとわずかに動く。だが、カカシに押さえ込まれていては、
「‥‥ッ」
イルカは手前に縛られた手を振り上げ、胸元に顔を埋める相手のこめかみを強く殴った。
確かな手ごたえと一緒に、カカシの体が離れる。
その好機を逃さず足に力を入れたが、立ち上がることは出来ない。這うように動き出すけれど、
「遅いよ」
背中にカカシが覆い被さり、再び相手の手の中に落ちた。
「‥やめ‥‥ッ、‥」
制止を無視し、カカシは服を奪い、本格的な愛撫を施し始める。
―――駄目だ。本気で抵抗しようと思うなら、相手の目を潰さなくては。鼻に噛み付いて引き千切ってもいい。それとも耳か。
「‥‥、‥‥っ」
イルカの視界に、胸元を探るカカシの手が映る。すでに血に塗れた手を見て、涙が勝手に出てきた。――この人は、それほどまでして。
「‥あ‥‥、‥‥‥ッ!」
指が、怯えるイルカの性器へと絡まった。包み込む掌にゆっくりと握力が加えられ、締め付けられる感覚にイルカの背は震えた。
「膝立ち‥できるよね?」
耳元で囁かれ、うつぶせる形のまま尻を上げされられる。恥かしさと屈辱に、全身が震えた。体重を支えるのは縛られた両腕と、今にも崩れそうな膝。そして、カカシの冷たい手。
首筋に触れるカカシの舌が、ねっとりとつたい落ちる。痛むほどの力を込め、強張る尻を掴み取られて、イルカは背をしならせた。
もはや逃げる気力の萎えたイルカの体を自由に翻弄し、カカシの指が尻の狭間へともぐり込んでくる。固く拒む力にカカシの指は一旦引き、
「‥ぃ‥、‥あ‥‥‥っ」
なにかひやりとした液体をイルカの粘膜へと滴り落とす。
冷たさに身を竦めたイルカは、肉の入口を突くカカシの指に大きく震えた。音を立て、イルカの粘膜が指を飲み込む。ぶるぶると震える手で必死に上体を支え、イルカは声を噛みしめた。カカシの痛いほどの視線が分かる。
「‥カカシさん‥‥、いや‥‥だ‥‥ッ」
腫れた直腸の壁は敏感で、円をかくように引っかかれると、それだけで性器が戦く。けして快感と呼べるものではないが、イルカの熱は形を変えていた。時折、カカシの指が宥めるように愛撫を繰り返す。
「‥‥ぁ‥‥っ」
弱い声を上げ、イルカが背に緊張を走らせた。
尻に触れた固い肉が、カカシのものだと気づいた時、イルカは飛び出そうとする悲鳴を必死に堪えるが、大胆に体をゆすり上げられた苦痛にイルカは声を上げた。
「く‥‥っ、ああ‥‥‥!」
限界に来ていた腕はぺたりと上体を落とし、それを支えるために、カカシの体はより密着する。体重をかけ着実に、カカシの性器が中へと押し入った。体中が軋みを上げ、一杯に広げられた粘膜が裂けてしまいそうに痛む。
「‥‥きつい‥‥、熱いね」
苦痛の声を上げるイルカを宥めるように、首筋に唇を押し付けるが、それでも容赦なく腰を突き上げられ、固い異物が迫り上がる感触に背をしならせた。
満足いく位置まで腰を進めたカカシが、今度はゆっくり熱を引き出し始める。揺さぶられ、イルカは声を上げて泣いた。もはや、外聞などない。
「‥イルカ先生‥‥、オレのものになって‥?」
耳への口づけの合間に囁かれ、イルカは子供のように首を振ったが、一際強く突き上げられ、敏感な場所を擦られる刺激に腰が浮いた。
「‥ぁ、‥‥あ‥‥ッ」
痛みに収縮した粘膜の中で、熱が明らかに太さを増す。体をよじらせ、イルカは快楽とも苦痛ともつかない声を上げた。
肉を擦り合わせる音と、自分の泣き声だけが鮮明に聞こえる。
突き上げられるたび、声を上げるイルカの首筋へ、繰りかえしカカシの唇が落ちた。
「‥、は‥‥‥ッ、‥‥ぁ」
意識は混濁して、限界は近い。がくがくと震える足で、イルカは男の衝動に耐えた。
ぴったりと体を合わせ、すべてを抱きしめるように自分を抱くカカシに、今は何も考えられない。
カカシの感情は激しすぎて、イルカは受け止め方すら分からないのに。
「‥あ、ッ‥‥‥や‥、あ‥‥‥ッ!」
激しく揺さぶられ、強く腰を押し付けられた。イルカは咄嗟にもがいたけれど、実際は身じろぎしただけで、粘膜の奥で弾ける熱に抵抗はできなかった。
中に注ぎ込むことを躊躇しないカカシは、高みに登ってもイルカを抱きしめ、首筋に歯を立てる。痛みと、体の中に放たれた熱に、イルカはただ震えていた。
荒々しい波から解放され、やっと息が出来る。イルカは喘ぐように息を繰り返した。
「‥‥ぁ‥、‥‥ッ」
カカシの熱は粘膜の中で静かに脈動していたが、身体が離れると同時にゆっくりと出て行った。
「‥ッ、‥‥ふ‥‥‥っ」
痺れたままの感覚に痛いと思う余裕もないが、こぼれた精液が大腿をつたい、ぶるっと身体が震えた。
立ち上がる気力もなく、支えを失ったイルカの身体はぐったりと床に横向きに倒れる。
目前の縛られた手は、赤く充血していた。自分の指が小刻みに震えていることに気づく。身体がふわふわして、自分の体ではないようだ。
ぼんやりしていると、カカシの手が足を掴んだ。びくっと跳ねる体に、男は再び覆い被さり、
「‥‥ほら。やっぱり全然治ってなかったでしょ」
「‥‥‥、‥ッ」
感覚の薄い足を擦られ、イルカは震えた。
足首を持たれ、上体につくように折り曲げられても――握られている感覚が僅かにするだけ。しかし、家に戻ってきた時よりは格段に神経は戻っている。
イルカは顔を逸らし、嗚咽を堪えた。
声を出したらみっともなく泣き出してしまいそうだった。
違う、と声に出さず、イルカは必死に首を振ってカカシの言葉を否定した。
カカシは笑いを含み、
「‥‥治ってないですって」
窘めるようにイルカの耳を噛んだ。その唇から逃げるように、
「‥違‥う、本当に‥‥‥ッ、病院で‥‥看てもらっ‥て‥‥っ」
イルカは強く首を振った。掠れた声で必死に言ったが、
「そうですか? ――でも、誤診ってこともあるでしょ」
「‥‥ッ、‥‥‥!」
イルカは声にならない悲鳴を上げた。
感覚の鈍い足に、びりっと走る鋭い痛み。瞬く間に滲み出てくる冷や汗に、イルカは喘ぐように呼吸を繰り返した。痛い。カカシの握った足首から――激痛が走る。
「‥? ‥カカシ‥さん‥‥ッ、‥‥あ‥‥‥っ」
痛みは波のように繰り返された。――いったい、何を。
激痛に涙を浮かべるイルカの目が、何故とカカシを見た。優しく返される微笑。
「‥やめ‥、‥‥、ぅ‥‥あ‥っ、ああ‥ッ!」
悲鳴を堪え切れなかった。激痛に身を捩るイルカを、
「大丈夫。‥大丈夫」
カカシは強く抱きしめて宥め、イルカのこめかみに、うっとりするようなキスを落とす。
「心配しなくていいよ。イルカ先生」
声は甘く、何もかも包み込むように優しかった。
「あんたの面倒はオレが一生みますから」
***
イルカの足が治っていることは分かっていた。
火影に会いに行った後、病院に寄ったことも。
神経科の医師が元々いることも。
イルカの足の怪我も元々は大したことなかったことも。
馬鹿だね。イルカ先生。
今更そんなことどうでもいいんだよ。
イルカから報告書を受けた翌日、火影はカカシを呼び出した。
「よく来た」
現れた男を注視し、火影はふむと観察する。
「ど〜も、お久しぶりです」
気の抜けた態度は相変わらずだが――以前のような刺々しさが無い。
改めてイルカの働きに感謝した火影だったが、
「お話は早急に願いますか。イルカ先生、家に一人っきりなんで」
「‥‥?」
カカシの物言いに、火影は怪訝そうにする。
「イルカは今日はアカデミーだろう」
「いえ、今日は気分が優れないようなんで。足も痛むようですし」
「‥‥足は、治ったであろうが」
「いいえ。治ってませんよ」
「だがイルカは、昨日病院へ行ったはずだ」
「本当ですって。確かめてくれても結構ですよ。あの人は歩ける状態じゃありません。介護者として、無理をさせるわけにはいきませんから」
すらすらと喋るカカシに火影は黙り込んだ。
「‥おぬし‥‥どうした?」
カカシを見定めるように直視し、火影は問う。
茫洋と立つ猫背の男はその視線を受け、
「オレ、あの人の世話を一生見ます」
―――はっきりと宣言した。
「なに‥?」
「つまり、オレとイルカ先生はそういう仲になったんで、野暮な口出しは勘弁してもらえますか」
火影は今度こそ絶句した。目を剥いて、まじまじとカカシを凝視する。
「理解できないって顔ですね。まあ当然ですか。‥‥‥オレもねえ、自分がこんなに丸くなるとは思わなかったんですよ。介護なんてくだらない任務、引き受けるつもりなんてなかったんですが―――あの人はいいですねえ。のんきそうな性格も、嘘のつけない所も、真っ直ぐぶつかってくるところも、全部気に入りました。それに、あの人の世話をしている時の自分はけっこう好きです。これって凄い進歩でしょ?」
「‥‥‥カカシ‥‥‥」
「今までのオレは、何もかも憎みたくて仕方がなかった。自分自身も含めて。でも、あの人と一緒にいる時のオレは別なんです。―――頼みます、火影様。何も言わずに、あの人をオレに預けてください」
「‥‥‥‥‥‥」
火影は長く黙然とした。
唇を真横に引き締め、様々な逡巡の色を表情に浮かべる。その苦悩は深く、だが、ふいに大きなため息と共に強張った顔はやわらげた。
「‥カカシ、おぬしの心の変化はわしにも分かる。以前のおぬしとは、比べ物にならないほどよい顔をしている。そのことを嬉しく思う。‥‥それは本当の気持ちだが‥‥」
火影は一度目を閉じ、ひたとカカシを見据えた。
「‥‥‥イルカの傷が、まったくの回復の兆しがないとはどういうことだ?」
鋭い眼光は、油断なくカカシを観察する。
「――――おぬし、イルカに何かしたか?」
「‥‥‥‥」
「想いは、一方通行では意味がない。カカシ、イルカの意思は聞いたか?」
カカシは何も答えなかった。
火影はしばらくの間返答を待ったが、やがて重いため息を吐いた。
「黙許はできん。カカシ、残念だが――お前をしばしの間拘束する」
***
さすが火影と呼ばれた男と言うべきか。
優れた洞察力だと感心するところだ。
カカシは殺風景な部屋を見渡し、欠伸を噛み殺した。窓も無し、見張りもあり。完全な隔離状態だ。日常生活に支障のない程度に家具は揃っているが、そろそろ見飽きた。
ここに入れられて、もう四日。
無愛想な見張りが飯を届けに訪れるだけで、これといった変わりは無し。
完全な結界を前に逃げるのは難しいが、カカシもまた歯向かう様子は見せなかった。
いつまで閉じ込めておくつもりかと、尋ねることもしない。
カカシは―――拘禁されながらも、誰かを待っているようでもあった。
そして、五日目。
「‥‥こんにちは、イルカ先生」
部屋を訪れた車椅子のイルカに、カカシはにっこり目を細めた。
見張りに促されながら入ってきたイルカの表情は優れない。扉が閉じられ、2人きりになるとイルカは更に緊張したようだ。
扉の外で待機する見張りはいつでも入ってこれるようだが、
「元気でしたか?」
カカシが話しかけると、イルカははっきりと体を強張らせた。
「そんなに恐がらないでよ。‥‥話に来てくれたんでしょう?」
「‥‥‥カカシさん‥‥」
「足の経過はどうですか。医者には行った?」
「‥‥‥‥‥‥」
イルカは言葉が見つからないようだ。所在なげに身じろぎし、手が膝をそっと擦る。
―――動かない足。
翌日には歩けるようになるはずだった足は、カカシの手によって麻痺の状態に戻された。芝居が本当になってしまったのだ。青ざめるイルカは唇を噛みしめ、カカシを見上げた。
「‥ここを‥出してもらえるように、火影様に話をしてみます」
「へえ?」
イルカとの間にテーブルを挟み、カカシは面白そうに首を傾げた。
「それって、オレをまた介護役につけるってことですか」
「‥いいえ。‥あなたは‥別の任務に‥」
「なんで? オレが責任取ってあんたの面倒見ますよ」
「‥‥俺のことはいいんです‥‥っ」
「よくないよ」
カカシは冷淡に否定した。
歯痒いイルカの態度に、「もういい」と自棄な声を出す。
「そんな戯言はどうでもいいんです。そんな話を聞くためにここにいたんじゃない。それより、―――オレのこと好きって言ってくださいよ」
「‥‥‥‥‥‥」
「言えないなら‥オレに近づくな」
「‥‥‥カカシさん‥‥‥」
イルカの声には焦りが滲んでいた。それを見てカカシは笑う。
「またいい訳探し? やめてくださいよ‥‥‥。あんたは本当に人を振り回すのが上手いね」
「‥‥‥‥‥‥」
「あんたに会わなければ良かった。‥‥壊れててもいい。オレは昔の自分に戻りたいですよ」
「カカシさん‥‥そんな‥‥っ」
「あんたが――オレを、生きてる人間にしたんですよ」
「‥‥‥っ」
イルカは目を見開き、言葉を失った。その様子を、カカシはじっと見詰める。
言葉を待った。けれど、イルカは口ごもったまま答えない。
待った。長く待った。―――そして、終わり。
「‥‥‥!」
激しい音が室内に響く。カカシはテーブルを部屋の隅に蹴り飛ばし、イルカを見据えた。
「出てけよ。また犯されたいわけ?」
真っ青になったイルカの指が震えている。それを視界の隅で確認すると、外の見張りが慌てて中に入ってきた。
「なんにもしてないよ」
カカシは手を上げて無害を主張し、イルカから離れる。
見張りの手によって外へ連れ出されるイルカは、ショックのあまり放心状態になっているようだった。閉められる扉から、カカシは目を逸らす。
一人になると、耳が痛いほどの静寂が訪れる。
横倒しになったテーブルにもたれ、カカシは舌打ちをした。
(‥‥オレは完全にイカれてる)
落ち着いてきた心を包むのは深い罪悪感。重い後悔が、カカシを苛む。
天井を見上げていた視線は、ゆっくり床へと落ちた。
イルカがさっきまでいた場所に手を置き、ぬくもりが残っていないか確かめてみる。
(恐がらせてごめんよ)
謝罪の言葉は、本当は山ほどある。
困らせたいんじゃない。それは本心なのに。
(笑ってて欲しいのに‥‥)
カカシは、記憶の中で笑うイルカを求めた。
現実のイルカは泣いて逃げるけど、記憶の中のイルカは笑顔で抱きしめてくれる。
妄想に逃げる―――滑稽の極みだ。自分で自分をやめたくなる。
いつだって正しかったイルカ。はたして今度も正しいだろうか。
時間を置けばこの[錯覚]とやらは消え失せる?
(‥もうどうしたらいいのか分からないよ)
自己嫌悪に痛くなる心。
こうやって、相手の気持ちになって痛みを感じることを教えてくれたのはイルカだ。
優しい人。優しいイルカ。
あんたは色んなことを教えてくれたけど、この感情の扱い方までは教えてくれなかった。
いったいどうしたらいいんだ。
あんたを大事にしたいけど、
オレは、今すぐその足を切り落としたい。
(‥‥血‥‥)
酸素を求めるように、カカシは爪で腕を引掻いた。強靭な力は皮を破り、幾筋もの血が指先へ流れ落ちる。ぼんやりと眺めていると、少しだけ安らぐ心。でも、違う。こんな方法では意味がない。昔の自分に戻っても何も解決しない。――分かっているけれど。
イルカ。
――ただ、愛しいだけなのに。
○ BACK ○ NEXT ○