□ 合法ドラッグ 1
家に帰るともぬけのからだった。
イルカ先生? と呼んでみたが、人の気配がないことは明白。
整然としたベットや台所はなんだか寒々として、まるで自分の家じゃないようだ。
まだ帰っていないのか、それとも買物にでも行ってるのか。
なんだか気になってきょろきょろしていると、テーブルの上に紙切れを見つけた。
拾い上げて、声を出して読んでみる。
「‥えーと、”愛想が‥、つきました” ‥‥‥え?」
じっと眺め、もう一度読んでみる。
――愛想がつきました。
性格を表す几帳面な字で書かれた、これ以上にない別れの言葉。
カカシは「あいたた」と眉を寄せた。
痛烈な言葉だ。―――というか、夢じゃないの、これ?
どさりと椅子に体重を預け、カカシは紙面の字を見詰めた。
これって、あれか。
オレ、捨てられちゃったわけ?
カカシは頭を捻り、何が原因か記憶を探ってみた。
いつも通り寝坊したオレを起こしてくれたイルカ先生。朝食の用意もしてくれて、今日は忙しいとかで先に出て行った。
なんだろう。なんだろうなあ?
好かれてる自信はあったし、同居にだって同意してくれていると思ってた。実際、上手くやってたと思うのだが、それはあくまで自分の中だけのこと。
イルカの中に不満があったのだろうか。
(‥‥大ショック‥‥)
べったりテーブルに倒れこみ、カカシは渇いた目を閉じた。
久しぶりの恋だった。十代の頃のような鮮烈で、それ以上に深い。
まっすぐな生き物。どうしても傍に近付きたかった。仲良くなって、心を許してほしくて告白した。受け入れてくれたのは驚きだったが、それからは至福の時だ。
イルカの傍で生活するのは思ったとおり心地良かった。
カカシの家で同居することは、生真面目なイルカの中で考える所もあったようだが、結局は頷いてくれた。
家に帰れば、イルカがいる。
――何も問題なんて無かったのに。
愛想がつきた。その一言に尽きる。
しかし、その対象はカカシだけでなく、イルカ自身にも言えることだった。
ふんぎりをつけるためにカカシの家を出たが、まだ未練たらたらだ。
初対面からおかしな人だと印象を抱いていたが、底の見えない不思議な雰囲気にいつの間にかはまり、告白されて恥かしげもなく浮かれ気分になった。
同居の件に関してはさすがに躊躇したが、上手くやっていける自信はあった。
そこまで自分を想ってくれるカカシの気持ちに流されたような気もするが――嬉しかった。単純に、好かれることが嬉しかった。
しかし、
「‥‥俺をいくつだと思ってんだ」
イルカはうめく様に呟いた。
互い二十代半ばといい年だ。健全な青年だ。
好きあって、一緒に暮らして、そこでどうして夜の話が出ないのか。
カカシは、一度もイルカに触れようとはしなかった。
軽く体が触れたりするが、一緒に生活していれば手が触れるぐらいのことはある。
問題は、ただそれだけということ。
イルカの中では覚悟は出来ていた。どちらの側になろうとも、カカシの告白を受けて、同居に同意したからには、やはり恋人同士としての然るべき行為というものもあり‥。
「‥‥ああもう‥‥!」
どうして自分がこんなことで悩まなければならないのか。
頭を抱え、イルカはばたばたとベットの上で暴れた。
荷物を持って自宅に戻ってから考えるのはあの男のことばかり。わけがわからない。
けして、受身に徹していたわけではない。
自分だってカカシのことは好きだったし、健全な男だ。一人で処理しても良かったが、一緒に暮らしている空間でそんなことをするのは、なんだか罪悪感があった。
だから、舌を噛み切りたい気持ちで自分から手を出したのだ。
寝床は最初から別々だった。その夜、イルカはカカシのベットに忍び込んで、ちょっかいを出した。
ちょっかいと言っても、単なるキスだが――ぱちっと目を開けたカカシがえらく驚いた顔をしていた。
イルカが何をしているのか理解できない様子でぼんやり見上げて、やがて状況を察する。
観察するような目に羞恥心が込上げてきたが、イルカは覚悟を決めてもう一度キスしようとしたが―――避けられた。
そして、一言。
――わ、ちょっとやめて。気持ち悪い。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
「う〜‥‥あああ〜〜〜〜!!」
思い出したイルカは叫びながらごろごろと転がり、ベットから落ちた。
頭を抱えていた手で床を叩き、必死にカカシの言葉を忘れようとする。
気持ち悪い。
キモチワルイって、どういうことだよ!
嫌そうな顔をしていたカカシが、ぐるぐると頭の中を回る。―――鬱陶しい!?
いつもエロい小説読んでるくせに、その生娘面はなんなんだ。潔癖症かっ?
プラトニックな人間だとは知らなかった。
こんな好きなのに。こんなに惚れてしまったのに。
まるで詐欺だ。
詐欺詐欺。あのインポ男め。
よそで誰かを抱いてみろ。その時は使い物にならなくしてやる。
愛しいと恥かしげもなく囁く男。
でも言葉だけじゃ信じられないんだ。
「‥‥薬の効き目は‥‥明日の朝まで‥‥。多分効き難い体質だから三倍の量を飲ませよう」
ぶつぶつ呟きながら、イルカは掌の錠剤を数える。
先にハマさらせたのはあっちの方だ。
覚悟しろ、上忍め。
その潔癖性の面を暴いてやる。
○ SSTOP ○ NEXT2 ○