□ 合法ドラッグ 3
(むなしい‥‥)
カカシに夜這いをかけ続けるイルカはうんざりしていた。
自分の体調の具合を見てタイミングを図り、カカシのベットにもぐり込む。
最近では苦痛でしかない。
嫌がってる相手にまたがって、誰が腰を振りたいと思うものか。
――挙句、「淫乱」の一言ときた。
辛い。
身体的にも精神的にも。
カカシと一緒の布団では眠れないし、食欲もすっかり消えうせた。
一緒にいると空気が重苦しく、それは向こうも同じようだ。最近は、用事を理由に帰ってこない。
ため息が尽きなかった。
抱き合った所で、一方通行な行為に快楽などなく、むしろ気持ち悪いのはこっちの方だ。
事後、浴室で後処理をしながらどれだけ、このまま別れてしまおうかと思うか。
(‥どうして俺、ここまでカカシさんに執着するんだろ)
明らかに、相手の気持ちは冷めていた。
カカシの本心はどうであれ――気持ちの在り方が違い過ぎる。
告白されてその気になったけれど、
通じ合うものが切れたなら、別れてしまうのが最善だ。
(悔しい)
俺のことを、好きだと言ったくせに。
時計の針は深夜を過ぎた。
カカシはきっと、今夜も帰らない。
明日の授業のため、もそもそとベットに入ったイルカは僅かに眉を顰めた。
帰ってこないカカシは、いったい何処で眠っているのか。
(――‥‥淫乱だなんて酷いよ)
抱き合いたいだけじゃないのに。
相変わらずマグロの自分に、イルカは変わらず夜這いにやってくる。
懲りない、めげない人だ。
重苦しい家に帰りたくないので、今夜は花街に泊まった。
泊まる場所なんてそこしか思いつかないし、イルカに誘われても醜態を晒さないように欲求を解消しておきたかった。
遊郭の女はいい。
必要以上に踏み込まず、忠実に激情を受け止める。
元々自分側に近いところにいる女たちは、どれだけ触れてもこれ以上穢れない。
(あの人も、こんな風になるのかな)
媚っぽくしなだれかかる女の髪を指で梳きながら、カカシは夜明けの空を見た。
「‥‥‥何処に泊まったんですか」
家に帰ると、イルカはとうに起きていた。
肌に染み付いた香水の匂いで分かるだろうに、イルカは強い眼差しで詰問する。
赤い目。寝てないのか、泣いてたのか。
タフなイルカだから後者は無いにしても、自分を待っていたイルカに対して多少の罪悪感はあった。
――迷い道だ。
こんな支離滅裂な状態は、お互いに何の利益も生まない。
やはり、はっきりと告げるべきだった。
(別れる)
頭の中で言葉を反芻した。
別れたほうがいい。お互いのために。頭では分かっているけれど、
「‥どこでもいいでしょ」
カカシはどうしても口に出せなかった。
はっきり言えない理由は、自分で分かっている。
まだ未練があるから――きれいじゃないイルカじゃないならいらないと言えない。
「答えてください」
逃げようとする思考を、イルカの厳しい声が止めた。
そう。
だがもう、いい加減にけじめをつけなくてはならなかった。
カカシは大仰なため息をつき、
「――ご察しの通り、花街ですよ。知らない女を抱いてきました」
「‥‥‥最初からそういえば言いんですよ。誤魔化さないで下さい」
イルカは少しだけ唇を噛み、顔をそむけた。
カカシはその翳のある横顔に目を瞑り、深呼吸をする。
始めよう。
「イルカ先生。オレはもうアンタと寝たくありません」
ぴく、とイルカが反応した。強気な目が射るように向けられ、
「‥‥どうしてですか」
「アンタ下手だから。付き合わされる方の身にもなってよ。オレはあんたの性欲処理じゃないんですよ」
わざと卑しい言葉を選んだが、イルカは唇を噛みしめて堪え、
「‥‥っ、上達します」
迎え撃つような卑下な発言。
――違う。
「‥‥そんなこと望んでません」
カカシは渋面した。
上手く話せずに苛立つが、それはイルカも同様だった。
とうとう、きつく眉を寄せて叫ぶ。
「‥‥俺は‥っ、あんたの何なんですか!」
「イルカ先生、それ禁句」
直球の感情から逃げるように、カカシは合わせた視線を外した。
「‥‥‥だからね、イルカ先生。抱くだけなら、オレは他を当たります。でも、アンタとはそういう関係にはなりたくない。恋人でいたいんですよ。どうしてそれが駄目なの。なんの不満があるの」
まるで、悪いのはイルカだと言わんばかりだ。
自分でも分かっていたが――カカシは本気でそう思っていた。
吐露したカカシの本音に、イルカは少し沈黙する。
二人が黙り込むと、早朝の澄んだ静寂が満ちた。
「‥‥抱き合うことは」
ゆっくりと、イルカが口を開く。
「抱き合うことは、恋人じゃないんですか。‥カカシさんの恋人って、どういうものなんです」
カカシは答えなかった。
イルカはため息をついて、
「‥‥では、もう別れますか」
「‥‥‥‥‥‥」
カカシは、また沈黙を選んだ。
はっきり言えない。
ここまで話しておきながら、まだ躊躇っていた。
イルカは大きく息を吸い、
「じゃあ抱いてください。抱く立場でもいい。なんでもいいから、カカシさんに触らせてください」
語尾が震えていた。
切なく細められる瞳。
今度こそ泣くかもしれないと思ったけれど、イルカは気丈な光を離さなかった。
「こんなこと言う俺は‥‥やっぱり気持ち悪いですか」
イルカがもっとも訊きたかった質問に違いない。
対峙する恋人は、今にも崩れそうなほど頼りなげに見えた。
タフなイメージのイルカは想像もできない。――これほど、彼を苦しめているのだ。
好きになったばっかりに。
どうしてイルカなんだろうか。
どうして、きれいなままでいてくれないのか。
自分と交わって、そして、
――アンタもいずれは、あいつらと一緒の生き物になるんでしょう?
「‥‥‥気持ち悪い。オレのイルカ先生は、清廉な人です。オレと交わりたいなんて言わない」
何も考えず、ただ口から出る声に任せた。
本心だったと思う。だから訂正はしない。
「‥あんたは‥‥っ」
激したイルカが拳を作った。振り上げそうになったけれど、宙で止まる。
いっそ、殴ってくれればよかったのに。
イルカは自分を落ち着かせるように呼吸を繰りかえし、さっと踵を返した。
奥の部屋へ行き、大きな荷物を持って現れる。
用意していたらしい荷に、カカシは目を奪われた。
「‥‥出てくの?」
おもわず訊ねると、
「出て行きます。――でも」
少し躊躇ってから、イルカは続きを口にした。
「‥別れるのではありません。仕事が終わったら、ちゃんと家には帰ってください。毎日遊郭泊まりでは、気が休まらないでしょう」
淡々と話すイルカの声。
ぼんやり聞いていると、扉を開く前に一度だけこちらを向いた。
「‥‥夕飯は作りに来ます。明日は‥何が食べたいですか」
質問の答えを求められ、
「いらない」
カカシは切るような返答をした。
イルカのため息と、
扉が閉まる音だけが、静寂に響いた。
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