□ 合法ドラッグ 4
純粋なイルカを失ったと、カカシは目に見えるほど消沈していた。
任務もやる気が起きない。
センチに一人になりたいと思うが、おあつらえむきに家に帰ってもイルカはいない。
イルカは律儀に夕飯を作りにやってきた。あれほど気まずい別れ方をしたというのに。
わざと時間をずらすので会うことはないが、テーブルにきちんと夕食が用意されている。
捨てることはできず、食すこともあれば冷蔵庫に入れて翌日食べることもあった。
イルカの料理を一人で食べることが、なんだかおかしい。
(‥‥オレ、やってることめちゃめちゃだね)
――イルカが恋しい。
嫌だ、気持ち悪いと拒否したのは自分なのに、イルカが出て行こうとするとみっともないほど狼狽した。
めちゃめちゃだ。本当に。
恋人でありたいと今でも思うけれど、イルカは抱き合うことは恋人ではないのかと言った。
正論だ。本来あるべき恋人同士の姿だろうが――自分は違う。
――触られるのが嫌だ。
恋しいイルカでも、触られると心が叫ぶ。気持ち悪いと。
イルカに告白して、同棲しておきながら、一緒に眠ることを予想しなかったといえば嘘になる。
その辺りは、潔癖なイルカだからと勝手に安心していた。
それなのに、まさか実力行使でくるなんて。
あの人は想像以上にタフだった。
ただ傍にいて欲しい。
イルカの独特な優しい空気に惹かれ、恋をした。
その時から心はイルカのもの。――しかし半分だけ。
残りの半分は、イルカと交わることを拒否していた。
イルカを汚したくない。このどうしようもない疑心にけじめがつくまで、イルカに触れて欲しくなかった。
一緒に暮らしていれば、いつかイルカに心のすべてを委ねられる。
それまでイルカはきっと待ってくれると、
何の説明もしないで、勝手にそう思っていた。
これ以上、イルカを苦しめてはいけない。
視線を感じるな、と思っていた。
胡散臭い容貌からこの手の視線は日常茶飯事だが、その視線はいつもと異なっていた。
見つめる主に目を向けると、それは年若い女だった。
受付で何度か見たことがある。たしか事務員だったか。
カカシと目が合うと、ぱっと赤くなって目を逸らした。――分かりやすい。
女の視線は、それからも何度か向けられた。
少し鬱陶しいと感じたが、化粧っけのない清潔そうな格好と綺麗な髪が思いのほか心に残った。
――イルカ以外の人間を探したほうがいいのかも知れない。
相変わらず家に夕食を作りに来るイルカに、カカシはいまだに会うことができない。
別れを告げるのが恐ろしかった。
カカシはさり気無く女に近付き、にっこり笑った。
「なに? オレとやりたいの?」
直球の言葉に、女は真っ赤になる。
狼狽する姿は純朴そうだ。悪くない。
「ごめんね。あんまり可愛いからセクハラしちゃった。――ね、今日ご飯食べに行かない?」
女は簡単に乗ってきた。
女と付き合い始めた話は、すぐにイルカの耳に入った。
家に戻らないカカシに業を煮やしたのか、イルカが直接やってきた。
「‥なにか、俺に言いたいことはありますか」
道の真ん中で腕を組んで仁王立ちになり、イルカは抑えた声で言った。
怖い。まぎれもない恐怖がカカシの心を蝕む。
イルカには会いたくなかった。
覚悟を決めていたのに――自分はまだ、別れると口にするが恐ろしい。
だって、
そんな事を言ったら、この人が離れていってしまう。
「――‥‥‥っ」
突然胸倉をつかまれた。覆面にイルカの指がかかる。
下ろされると、イルカの顔が迫った。
唇が触れる直前に――カカシはおもわずイルカの体を突き飛ばしてしまう。
「‥あ‥‥‥っ」
よろけたイルカが地面に手をついた。
カカシは慌てて引き上げようとしたが、伸ばした手を鋭く叩き落される。
掌についた砂を払い、イルカは無言のまま立ち上がった。
「‥‥あの‥‥イルカ先生」
急いで謝ろうと口を開いたが、
「知りません」
イルカはぴしゃりと遮断した。
「――もうあんたなんて知りません。そうやって、人の表面だけ見て満足してればいいんですよ。俺は絶対に自分を変えませんよ。俺は俺です。アンタの理想なんかくそくらえだ!」
(‥‥‥くそくらえだって)
立ち去ったイルカの捨て台詞に、カカシはため息をついた。
そんな言葉――イルカは絶対使わないと思ってたのに。
(オレと交わったせいで汚くなったのかなぁ)
半分本気で思ったけれど、きっと違う。
あの人は最初から、何も隠していないし、すべてを見せて体当たりしてくる。
変わらなくてはいけないのは、カカシの方だった。
オレの体はお菓子のようだと、いつか誰かが言っていた。
貪っても貪っても尽きないお菓子の体。
申し分のない才能と金。体には術が埋め込まれ、写輪眼は一級品の宝。
生きている間も、死んだ後も贅沢な体。
(みんなが、オレに触れたがる)
そんな奴らはうんざりだ。
だから、きれいなものが欲しい。
変わらないきれいなもの。
(イルカ先生、アンタも俺を食べる?)
変わらないと言うイルカ。
――アンタを信じることができればいいのに。
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