■ ひどい男
「これくらいでいいですか」
バサリ、と渇いた紙の音がした。
ベットに放り投げられた紙幣を、イルカは無言で睨みつける。
じろりと見上げると、すでにきっちり忍服を着込んだ銀髪の男と目が合った。
「なに睨んでんの。あんたが払えって言ったんでしょ」
その通りだ。
しかし、無造作に投げつけるその紙幣が、どれだけこちらのプライドを傷つけているか。
――この男はきっと分かっててやっている。
性悪な上忍。
イルカは千切れそうなほどシーツを握り締めた。
襲われそうになった。
冗談抜きで、性欲の対象と見られてイルカは慌てた。
押し倒されそうになり、必死に抵抗したが力の差は目に見えている。
焦りが生まれ、混乱していた感情が一気に溢れ出た。
しかし、どんなに詰ってもカカシはびくともしない。
最初から抱くつもりで近付いたし、引くつもりもないといけしゃあしゃあと宣言するカカシに怒りが湧き上がる。
すべてを踏みにじってまで自分を抑えつけたいと言うのなら、
「――金を払え‥!」
震える怒号に、カカシはぴたりと動きを止めた。
イルカは目を真っ赤にして、抱きたければ金を払えと言った。
金を払うことで、自分が何を抱こうとしているのか思い知らせてやりたい。
金を払う側にいるカカシ自身が――最も汚いのだと。
初めて見る紅瞳。色違いの双眸はしばらく唖然としていたけれど、すぐに細くなる。
皮肉な眼差しだと思った。
カカシには、イルカの思惑が分かっているのだ。
「上等ですよ」
躊躇いのない声。
イルカの最後の砦を打ち砕き、カカシは内部へと侵入した。
この金を受け取ったら、自分もカカシと同じになる。
誰が受け取るものか。
拾い上げた紙幣を、イルカはゴミ箱へと捨てた。カカシが見ている前で。
「いらないんですか」
「――勘違いしないで下さい」
静かな問いに、イルカは冷めた声を出した。
「俺は払えと言っただけです」
そして、家に撒かれた紙をゴミ箱へ捨てただけ。ただそれだけのことだ。
カカシはいつもの猫背をさらに丸め、ため息をついた。
「ま、いいですよ、好きにすれば。――で、次はいつやらせてもらえますかね」
酷い男だ。
勝手に約束を取りつけて帰っていったカカシを思い、イルカは深く項垂れた。
あんなこと、言うんじゃなかった。
金なんて。
どうして払うんだ。
カカシのことが分からない。そうまでして抱きたかったのか。
どうして?
なぜ一言も説明しない。
金を払えなんて言わなかったら、もしかして喋ってくれただろうか。
友達だと思っていたのに。
こんな風に始まる予定じゃなかったのに。
いつまでも行動に移さなかった自分が悪いのか。
もう、
口が裂けても好きだなんて言えない。
ベットから起き上がり、ゴミ箱に手を伸ばした。
くしゃくしゃになって捨てられた紙幣の山。
拾って、一枚一枚皺を伸ばしていく。綺麗に、何も無かったように。
カカシは金なんかに執着しないだろうけど、
――あの人が、命をかけてきた任務のお金だ。粗末になんかできない。
「‥‥‥う‥、‥‥‥」
堪えきれない涙がぽつりと落ちた。
悔しい。悲しい。
こんな風に、始まる予定じゃなかったのに。
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