□ フレンド 前編









「カカシさん。俺、嫁に行くことになりました」
「‥‥は?」



 そもそもは、花月神社の奉納の舞が始まりだった。
 それは半月前。
「‥口開いてますよ」
 カカシの顎に指をそえ、だらしなく開いた口を閉じさせた。
 色違いの双眸は、食い入るように自分を見る。予想はしていたが、いい気分ではない。
 鬼の居ぬ間に洗濯、とは違うが、カカシが留守の間に衣装合わせをしておこうと考えていたら、化粧をして、やっとのことで着用した途端に「ただいま〜」と能天気な声。
 あわてて脱ごうとしたが、舞台用の衣装はやたら装飾が多くてややこしく――ほどなく諦めた。居間の入り口を顧みて、
「‥帰ってくるのは明後日では」
 仏頂面で訊ねると「依頼が中止になったんです」とカカシが上の空で答える。
 顎に手をやり、任務帰りの上忍は無遠慮な視線を向けて、
「アンタって、けっこうキレイどころだったんですねぇ」
 と、しみじみ感想を口にした。
 ――どういう意味だ。
 イルカは憮然と眉を寄せた。
「そのカッコ何です? 着物‥とゆーか巫女さんみたい」
「花月神社の奉納祭ですよ。その舞い手に選ばれたので、その衣装合わせを」
 色彩鮮やかな布には精緻な刺繍が施され、床を掃除するような長い袖や裾。つけ毛は腰まで届く長さで、衣装に慣れるために練習のときは必ず着用する。化粧は、いざという時自分で直せるように日々練習。
 ――正直嫌だ。
 最初は断った。無骨な自分に奉納舞なんてできるはずもないし、他の舞い手五人はプロだ。精一杯抗ったが、お人よしな性格が憎い。
 神主の老人に切々と訴えられて断れなかった。いつも大福をくれる人当たりのいいおじいちゃんなのだ。むげにはできない。
 それに舞といっても、自分のパートは後方で一番簡単だった。恥を忍べばできないことはない。前向きに考えて、イルカは開き直った。
 やれるだけやろう。
 そう決意を抱いたが――この男にだけは知られたくなかった。
 淡白で辛辣で何を考えているか分からない男。いったいどんな揶揄を受けるか。
 知られたくない。
 だからこっそり練習に通っていたのに。
「それじゃあ、練習に行ってきます」
 立場が弱くなる前に退散しようと玄関へ歩きだすが、裾を踏まれてつんと服がつっぱった。
「待ちなさいイルカ先生。アンタ、そんな悩ましげな格好を人様に見せる気ですか」
「は」
「馬子にも衣装とは言いますが予想外でした。だからダメ。出ちゃダメ」
「‥‥何を真顔で‥‥」
 イルカは笑い飛ばしたかったが、立ちはだかる男の目は笑ってなかった。
「‥‥‥でも、約束したし‥‥‥おじいちゃんが‥」
 大福が‥と、当惑するイルカはもごもご反論を口にしたが、劣勢は明らかだ。
 どうやってこの難関を突破したものか。



 結局、イルカは押し切った。
 そもそもカカシに口出しする権利はないのだ。単なる居候の分際で。
 とはいえ、練習に出る時は必ずひと悶着があった。
 ――めんどくさい男だ。
 勝手に人を所有物扱いして、世間体なんて二の次。半年も付き合っていれば、アカデミーの教師たる中忍が、どれだけ堅気で約束ごとに拘るか察しそうなものなのに。
 そんな経緯から意地も手伝い、イルカはとうとう本番の日を迎えた。
 後方のパートだけのはずが、真面目な精進ぶりを見込まれ、いくつか高度な技を要求された。無難にこなせたと思う。
 舞台に立っている時は、興奮状態に思考は真っ白だった。身体だけが音楽に連動する。
 大きな失敗もなく、これでようやく肩の荷が下りた。
 紅く焼けた空に、管弦楽の雅な音調が透明に消えていく。ぼんやり仰ぎ見て、
 ――‥カカシさん、いたかな。
 最後まで反対の意思を見せていたカカシだが、観客の中に銀色の髪はいなかった。それとも死角で覗いていたか。
 本当に、何を考えているのか分からない男だ。厄介で、考えずにはいられない。
 ――帰ったら、さんまでも焼くか。
 それでご機嫌が直ればいいが。


 奉納祭は例年にない盛況を見せていた。
 花月神社の祭りぐらいは、カカシとて知っている。ただ興味がないだけで、イルカが出なければ足を入れることもなかった。
 群集の熱気に辟易し、見晴らしのいい高い老木の上から見物を決め込んだ。
 正直、あんな無骨な男に舞なんてできるのかと軽んじていた部分はあったが、奉納舞が始まると視線は舞台に釘付けになった。
 ――‥婀娜っぽい顔しちゃって。
 凛然と輝く黒瞳には、邪念一つ無い。足の先から頭の天辺まで、限界まで集中しているのが分かる。そんな状態で、自分がどんな顔をしているかなんて分かるはずがない。
 元々、色気はある男だった。
 普通、という表現がよく似合う、素朴で実直な堅物。だが、時々たまらなく寂しい顔を見せる。その顔が――いい。
 同性だ。恋愛感情は抜き。ただ交わりたいだけだったから、面倒な前置きはなし。
 セックスしたいと声をかけ、イルカのすべてを見た。
 無理強いは好きじゃない。だから簡単に折れてくれて助かった。
 簡単すぎて不思議だったが、今ではイルカは大事なセックスフレンドだ。人格高潔。居候に文句を言いながらも食事を出すイルカは非常に好ましかった。
 いい人間だ。大事にしたい。
 これからもずっと、セックスフレンドで。
 温かいイルカの家。これからも、ずっと変わらない場所。
 そう思って安心していたのに――、


「カカシさん。俺、嫁に行くことになりました」
「‥‥は?」


 なんなのよ、それは。





 奉納祭が無事に終了した後のことだった。
 直野の巫女の使いが訪れ、後継ぎになってほしいと嘆願されたのは。
 ――まず直野の名に驚いた。
 イルカの脳裏に、即座にある武将が連想される。
 戦国の世を生きた不敗の武将、直野峰利。忠義に熱い家臣だが、その名は国主よりも名を馳せた。
 戦が終結してからは、寺院で隠居生活しているが、
「カカシさんも知っての通り、直野家は我が里のお得意様です」
 歴史のわだかまりが残っていようとも、今では木の葉の里の重要な収入源の一つだった。広大な土地を所有する直野からは度々依頼を受ける。それはけして軽視できない量で、直野の名は木の葉で多大な影響力を持っていた。
 その直野が、里ではなくイルカ個人に依頼してきた内容というのが”直野家専属の巫女頭の後継ぎに”
 ――ありえない。
 イルカは鼻で笑いたかったが、巫女の使いとやらは怖いほど真剣だった。
 そもそも巫女というのは、直野が所有する土地神に身を捧げて仕える。つまり、神に生涯嫁ぐようなもので、聞いてますますありえないと思ったが、
 なにしろ相手は、お得意様。
「‥‥いきなり断るなんて無礼な真似はできなかったんです。返答は先延ばしにすることにして、ひとまずあちらに赴きます。巫女と直野様にお会いして、穏便に断る方法を見つけようと思っていますが‥」
「いつ発つの」
「先方が急がれていまして、明日の朝にでも」
「断るんだ。安心した〜」
「当たり前ですよ。俺は忍者ですよ? 巫女なんて馬鹿馬鹿しい‥。火影様には話は通しています。正式な依頼ではありませんし、明日は俺一人で行ってきます」
「そ。まあ、早く帰ってきてくださいよ」
「‥‥どうしてですか?」
「言わせるの? そんなの、あんたにいてほしいからですよ」
 ふふと含みのある笑みを浮かべ、
「しばらく居ないなら、やり溜めしましょうか。ね?」
 ――もう話は終わりか。
 興味がそれたカカシの視線は、イルカの首筋から胸元に注がれる。
 もう慣れた。この人の目には、自分は性欲の対象でしかないんだ。
 いつものことだ。だから、内心の落胆を隠すのは容易い。
 ――ずるいよな。俺はこんなに惚れてるのに。
 少しぐらいやきもちを見せるかと思って、嫁に行くなんて前置きをぶっ飛ばした話をしたのに、当人はいたってけろりだ。期待した浅はかな自分が恨めしい。 
「そのズルズルした服、早く脱いだら?」
 やりにくいよ、とカカシの手がまさぐる。
 明日出発と説明したのに、基本的にこの上忍は人の言うことを聞かない。
 それでもカカシがやり易いように体勢を変え、イルカは相手の覆面を下ろして口づけした。すぐに返される情熱に歓喜がわきあがる。いつだって、この人とのキスは緊張する。
「‥‥カカシさんは、どうして俺を抱くんですか」
 何度もした不毛な質問。
「あんたとしたいからですよ」
 変わらぬ返答。
 覆い被さる上忍は耳に噛みつき、
「イルカ先生その質問好きだね。興奮するの?」
 可愛いね、と無邪気に笑った。

”――あんたとセックスするには、いくら必要ですか”

 それが、はたけカカシの第一声だ。
 今でも忘れない。下劣で酷な、知性の欠片もないケダモノの言葉。
 しかし本人は真面目だった。悪いなんて思ってない。本気で喋っていて、悪いことに、イルカにそれが分かってしまった。
 無表情で感情がよみにくく、飄々とした彼は全身から関わってはまずいオーラが出ていたが、問題がありそうな人間ほどイルカは気になる性分だった。
 我ながら悪癖だが、正直言うと前々からカカシのことは気になっていた。陰のある人。何を考えているのだろうと、見かけると目で追ってしまう。

”‥お金なんていりませんよ”
”えっ‥本当に? タダで相手してくれるの? でもなんか悪いなあ。イルカ先生、男なんて初めてでしょ”
”お金なんて絶対にいりません”
”‥ふぅん。変わってますね。でもよかった。やることに関してはOKなんですね。嬉しいな。オレ、イルカ先生抱きしめたかったんです”

 つまりあれだ。
 多分惚れてた。
 第一声の内容は今でも許せないが――カカシも自分に興味を抱いていたのだと知って、素直に喜びを感じた。
 いきなり肉体関係に飛び込むには知識もなく度胸もなかったが、成せば成るものだ。
 今では立派な、セックスフレンド。
 ちなみにノーマネーだ。そこだけは譲れない。
 ――‥‥俺のことを、いったい何だと思ってるんですか?
 隣で眠る上忍を見下ろし、イルカは嘆息した。
 一緒の家に暮らして、好きなだけセックスして、無防備な姿を惜しげもなく見せるくせに、その無垢なまでの残酷さは何なんだ。
 愛されてると勘違いしてしまうほど優しいくせに、絶対的に踏み込めない深層に何度も足踏みする。
 この人の心をよめたなら。
 そんな埒もないことを、よく考える。



 出発の朝。吐く息はすべて白く、里は静謐だった。
 大門の前に二つの影。
 荷を背負った旅姿のイルカに、見送りにきたカカシの姿があった。
 てっきり家の玄関で挨拶程度かと思えば、わざわざ門まで足を運んでくれたカカシに、イルカは密かに喜びをかみしめた。
「往復と滞在期間を入れて、二週間程度で帰ってきます」
「そうですか。お土産楽しみにしてますよ〜」
 茶化され、思わず破顔する。
 二週間、自分にとってはかなり長い。そんなに長く離れていたら、この人は別の人間を抱くかもしれない。
 そんな思考を巡らせると、たまらなく不安になる。
 寒い息を吐き、ここまで来てくれた上忍に、イルカは抑えきれない愛情がわきあがり、
「‥俺は寂しいです。カカシさんと離れて」
 気づいたら、呟いていた。
 カカシは目を丸くして、まばたきする。
 ――なんて答えるだろう。
 明らかな意思をもって伝えた。それが分からないほど鈍い男ではない。聡いくせに、時々鈍いふりをするだけなのだ。
 仕草の一つ一つ、じっと見守るイルカの前で、カカシはやがて目線を下げ――視線を逸らした。
「‥‥‥もしかしてあんた、オレのこと好きになったりしてないよね」
「‥は?」
「だから最初、簡単にやらせてくれたの? まさかね。好かれて嬉しくないとは言わないけど、妙な気は困ります。――オレとあんたは、そういう関係じじゃないでしょ?」
 拒絶された。
 やんわりとしかし痛烈に、恋慕の気持ちなど欠片もないと言い切られてしまった。
 激しく悔やむ。早計だった。 
 でも――もしもと思ったんだ。
 この人が、あんまり優しいから。 
「‥行ってきます」
「ん。早く戻ってくださいよ」
 気をつけて、と案じる声は本物で、向けられる慈愛の微笑みにイルカはひどく虚ろになった。
「――笑うな」
 口は、勝手に動いていた。
 カカシの顔から表情が消える。言ってはいけないと理性が止めるが、イルカは感情に身を任せた。
「俺に帰ってきてほしければ、二度と顔を見せるなと言いなさい。そうすれば、意地でも帰ってきますよ」
「‥‥なに言ってんの? イルカ先生どうして怒ってるんです?」
「分からないなら、もういいです。さよなら」
 踵を返し、さっと立ち去ろうとしたイルカの二の腕を、ただならぬ腕力が掴んだ。
「さよならなんて言葉は嫌いだ。‥嘘でも言わないで下さい‥‥っ」
 押し殺した声は鬼気を含んでいた。イルカは息をのみ、眇められた青瞳を見る。
 初めて――カカシを見たような気がした。
 しかし、表面に出た感情は瞬く間に制御されていく。カカシは眉尻を下げ、
「大事を前に喧嘩なんてやめましょ? 話の続きは次に。ね」
 掴んだイルカの腕を擦り、苦笑を浮かべる。
 解放された二の腕を抱きこみ、イルカは俯いて顔を隠した。
 結局、何も分からない。
 何も。
 ――次なんてありませんよ。


 二度と、この男に抱かれるものか。



 イルカは時々たまらなく寂しい顔を見せる。
 天真爛漫な笑顔の後で、誰もいない場所でいつも一瞬だけ。
 寂しい人なのだと分かると、急激に親近感を抱いた。
 寂しい人はいい。隙間が多いから、すぐに入り込める。
 飢えている目を満たしてやりたかった。抱きしめられる幸せを味わってほしい。
 大事にする。誰よりも。
 そうやって、カカシは幾人もの寂しい人の心を渡ってきた。
 分かっている。
 すべて、自分の傷を舐め癒す為だと。
 ――うみのイルカ。
 彼はその中で、一等特別な存在になった。
 体温の高い肌。抱きしめるとくすぐったそうに笑い、特別にあったかくて、優しくて、意地っ張りで、可愛くて、もっともっと傍にいたくなる。
 異常に執着し始めている自分に、気づかないわけにはいかなかった。
 ある日、突然嫁に行くと言われて、実は内心びびった。
 イルカの傍から追いやられる恐怖感に戦き、そんな自分にいたく幻滅した。
 いい機会だと思い直す。
 これを機に、少し離れてみよう。

”俺は寂しいです。カカシさんと離れて”

 耳に残る甘い声。
 ――そんな可愛いこと言わないでよ。 
 胸の辺りを風が吹き抜け、言い知れぬ不安に襲われる。
 もしかして寂しい?
 でもダメだ。
 駄目ですよ、イルカ先生。
 オレが好きになった人間は、必ず死ぬんだから。


 最後には、寂しい人たちはいつも悲しい顔をしていた。
 あれだけ幸せな時間を与えたのに、別れの時はいつも泣き顔。
 でも仕方がないんだ。
 自分は死の匂いがするから、特別に大切な人を作ってはいけない。
 どうせ死ぬ。みんな死ぬ。
 ――さよならは嫌いだ。
 寂しい人たちに、いつまでも笑って生きていてほしい。
 笑っていてくれるなら、自分も笑える。
 互いに、ぬくもりを分け合って生きていこう。つかず離れず、必要な時に隙間を埋めて。
 そうすれば、互いの心は痛まずにすむだろう?



 ――まいった。閉じ込められた。
 整然とした室内を見渡し、イルカは渋面した。
 直野に到着して、すぐに六葉神社へ案内された。
 神社は驚くほど広く立派で、贅沢ではないが格式の高さが窺える。建築は専門外だが、さぞいい腕の職人たちを集めたことだろう。見物料を取ってもいいくらいだと、ややのん気に気を許していたのがどうもまずかった。
 神社の敷地内には六つの社が建ち、本殿へ続く中門を通った時、ぴりっと痺れを感じた。本当に微かな痺れで、その時は気のせいだと片付けてしまったのがいけなかった。
 違う。結界だ。
 本殿すべてに強力な結界が張り巡らされ、それは今や、窓や戸に触れることすらできないほど強化されていた。
 ――自分を逃がさないために。
「‥‥‥困ったな」
 まさかこんな強硬手段を取られるとは。
 自分をここへ呼んだ巫女とは、つい先程対面をはたした。簾で容貌は確認できないが、巫女でありながら相手が男であったことにまず驚いた。
 前代は女であったようだが、直野の巫女に性別は関係ないらしい。そんなことを知っても困るだけだが。めんどうなことを言われる前に、イルカは単刀直入に断った。
 相手はお得意様だ。直野の巫女は、将軍家の実質的な影の柱でもある。迂闊に無礼な真似はできないが――イルカにとっては個人的問題だ。
 巫女なんてまっぴらだ、とはさすがに言わなかったが、謙遜を含み、到底無理であることを懇切丁寧に説明した。
 我ながら隙のない口述だと自負したが、相手もさるもの。
 常に会話の先手を取られ、とにかく今夜一晩ゆっくり考えてほしいと逆に言いくるめられてしまった。
 分が悪い。奇妙なほどに。
 のこのこ当地に訪れたのは失敗だったかも知れない。火影様に頼んで書簡で断りを入れるべきだったか。
 相手側のペースにのまれるのは避けたいが、今夜の宿泊は避けられなかった。
 イルカはしぶしぶ受け入れて、案内されるまま部屋に入ったが――、
「‥‥くそ‥‥っ」
 叩いても蹴っても、ひび一つ入らないガラスに悪態つく。
 ただの結界じゃない。土地そのものが力を含んでいる。相手が土地神では、脱出は皆無に近い。
 訳が分からない。どうして――自分なんだ。
”あなたは依代の素質がおありだ”
 そんなことを巫女が言っていたような気がする。感情のこもらない、まるで台詞を棒読みするように。
”人以外のものに心をうつす技を無意識に心得ている。稀有な素質であるからこそ、我々も簡単に引き下がるわけにはいかない”
 声は若々しかった。老衰でなければ、すぐに次の代が必要なわけでもないだろうに、と思うと、
”依代になるには長い修行が必要です。育てる期間が重要なのですよ”
 と、まるで心を読まれたようでぎょっとした。
 とにかく掴みどころのない相手だった。
 その隣に、ずっと佇んでいた黒服の男も。 
 顔を隠し、気配もほとんどしない。ここまで案内してくれた巫女のお付だが、もしかして忍びかもしれない。身のこなしからして護衛も兼ねているようだ。
 奇妙奇天烈の連続だが、一番の不可思議は、
 ――‥人の気配がまったくしないのはなぜだ?
 忍びのイルカは気配を探れる。本殿内にいるのは自分を除いて――たった二人。
 巫女と護衛の二人だけ。
 広い本殿内にどうして、たった三人しかいないのか。
 閉ざされた空間は、耳が痛くなるほど冷たい静寂に満ちていた。
(‥‥困った)
 どすんと座り込み、イルカは天井を仰ぐ。
 困りましたよ――カカシ先生。



 イルカが直野に旅立ってから三週間が経った。
 二週間で帰ると言ったくせに。
 ――この不手際は何なんですか、イルカ先生。
「うみのイルカの身柄を奪還、すでに依代となっていればすみやかに抹殺。あくまで秘密裏に、暗黙のままに達成せよ」
(おかしいなあ‥‥)
 機械的に告げられる上層部の命令に、カカシは表情を変えずに思考にふけった。
 イルカを取り返すことなら納得できるが、最悪殺さなきゃならないなんて、何をどうしてそうなったんだ。
 直野の巫女は、依代。神の一部となると意思も身体も思い通りに操られる。通常なら関わり合いないことだが、その巫女が木の葉の忍びとなれば話は別だ。とくにイルカは、深く里の内部のことを知りすぎている。
 依代となりその知識をすべて直野に知られることは、過言ではなく、里にとって致命的な事だった。
(迂闊すぎるよ、イルカ先生。‥‥安易に行かせたオレも悪いけど)
 召集された忍びは、自分を含めて上忍ばかり。直野が相手では不備は許されない。事を荒立てず任務を遂行するなら、これぐらいの水準は必要だ。
(‥‥おかしいなあ)
 カカシは再度、頭をひねった。
(おかしいよ、オレはまだイルカ先生をそんな風に思ったことはない。好きだけど、渡り船のひとつだ。愛してるとか、そんな特別な愛情じゃない)
 それなのに、どうして連れて行く?
 死神か――それとも神か。
 どうしてだ。
 なんで、
 オレが本当はあの人を愛していたと見抜かれた?
(オレのせいだね、イルカ先生)
 よく考えるべきだった。
 あの人は出会った時から特別で、
 好きになってはいけないと思った時点で――それはすでに好きということなのに。
 多分最初から、オレはあの人の死神だった。
(‥‥‥違う、好きじゃない。やぼったい中忍なんか愛するもんか) 
 まだ間に合うだろうか。
(もう飽き飽きしてたんだ。連れて帰ったら、あの人とは別れる。次の渡り船を捜す。ぬくもりを分けてくれる友達を)
 あの人との縁を完全に切るから――だからどうか、


 オレからあの人を奪わないでくれ。











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