□ キミは一等星









 ある日、恋人がオレに言った。

「カカシさん。あなたには、優しさが足りない」

 ふざけてオレは言い返した。

「地球とあんたには優しいよ?」

 すると彼は呆れた顔をして、

「ほらね」

 と寂しそうに笑っていた。

 いったいこのオレの何が、気に入らないと言うのだろう?


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥はて?







  ***





 昨夜、イルカに言われたことを、カカシは自分なりに考えてみた。
 ―――優しさが足りない。
 その自覚はある。何事にも自分は不精者だ。
 己に責任が及ぶ範囲では、他人の命も守るし、気も使うが、それ以外は正直どうでもいい。
 愛想笑いを見せるだけマシな方だと思っていたが、それでも優しさが足りないとイルカは言うか。
 では、彼の言う優しさとはなんだろう?
 たとえば、これ。
 足元で呻き声を上げる敵忍。もはや虫の息。生き延びても、待っているのは拷問。どちらにしろ、木の葉に敵意を持つ以上、生きて外へは出られない。
 息の根を止めてやりたい。それが、オレの優しさだ。
 しかし、もし手当てをすれば助かる身でも―――オレは、やはりこうしてクナイを振り下ろすだろう。
「‥‥‥‥‥‥」 
 焦点を失った目を、静かに閉じさせた。
 生きていても殺す。それは、里への優しさだ。木の葉を守るためなら、オレはいくらでもこの手を血で濡らす。今までもそう生きてきた。
 まさかあの人は、そのことを批難するつもりだろうか?
 性格の違い過ぎる人だ。多少のずれは認めていたが、もしもそうなら――困る。
(‥いや、多分違うな)
 イルカも忍びだ。カカシの任務の重さは理解してくれている。
 殺すなとは、叫ぶまい。
 では、イルカはどんな優しさを求めているのだろうか。
(‥‥検討つかないね)
 カカシは再び首を傾げた。

 難しい恋人を持ってしまったもんだ。










「ねえ、イルカ先生。ヒントちょうだい?」
 難題に頭を悩ませ、カカシは結局もう一度尋ねることにした。
「‥‥‥カカシさん」
「はい」
「家に入る時は、合図をくださいと言ったはずですよ。こっそり忍び寄るために合鍵を渡したわけではありません。ついでに言えば、今は朝の三時で、俺は熟睡中でした」 
「う〜寒い、寒い」
「‥わ‥‥‥っ」
 もそもそと、カカシはベットの中へと侵入した。
 突然入ってきた埃臭い大きな体に、イルカはおもわずのけぞったが、
「まあまあ」
 ぐいっと強く引っ張られ、抱きこまれる。
 こうなったら逃げられない。
 ぐったりと諦めた体にカカシは擦り寄り、
「ね、ヒント」
 再度、質問を口にしたが、
「‥‥‥‥‥‥ありません」
「え〜」
「自分で分かってください」
「イルカ先生、厳しい〜」
 お返しとばかりに体重を思いきりかけると、ヴ〜と体の下でイルカがうめく。
「捕獲」
 耳元で囁き、ふふとカカシは笑った。
「意地悪には意地悪で。苛めちゃいますよ〜」
 がっちり後ろから抱きかかえると、イルカの肩が震えた。
 怒られるかな、と思ったが、
 くっくっと笑いを噛み殺す恋人に、カカシもつられて笑い声が出る。
「‥しょうがない人ですね」
 仰向けになったイルカの腕が首に回された。
 口元には優しい微笑みを浮かべているけれど、「でもヒントは無し」といけずな事を口にして、目元を和らげる。
 息が止まりそうなほど、腕の中の愛しい人に、
 カカシは切ない気持ちでキスを差しだした。
 大事な、大事な、一等の恋人。
 オレも、あんたの一等になりたいけれど――オレは何かが欠けている。

 優しさってなに?
 それを手に入れたら、あんたの一等になれる?











 任務外の事だった。
 関係ない一般市民の、ごく普通の家庭のごく普通の子供。
 任務の最中に、一般人が巻き込まれることは稀にある。
 とくに今回は、追い詰められたならず者たちの逆ギレオンパレード。
 面倒だ。早く片付けたい、という気持ちが、腕に焦りを出してしまったか。
 敵の攻撃を避けた瞬間、気付く。
(――あ)
 後ろに、傍観する子供がいるのを忘れていた。  
 野次馬たちを早く散らしておくべきだったが、悔やんでも仕方がない。
 カカシは子供を庇い、肩に傷を負った。
 下手な体勢だったので、まずいことに傷は深い。
(痛〜‥)
 傷も痛いが、腕の中で弾けたように泣き出す子供に鼓膜を破られそうになる。
 ああ、うるさいと、カカシは顔を顰めたが、
 あれ?
 任務以外で子供を庇ったオレって、優しくない?
 考える間もない。反射的な行動だった。以前の自分なら、これほどの無茶はしない。
 イルカの質問を受けてから、悶々と優しい人間について考えてきたおかげだ。
(いいねえ、やっとオレも一人前?)
 ならず者を片付け、子供を親に渡したカカシの心は晴れ晴れとしていた。
 何度も礼を言って頭を下げる親に、胸の誇りはどんどん大きくなる。
 よし。これからは人の為に生きていこう。
 そうすれば、
 イルカ先生だって、オレをもっと好きになるよね?




 



 しかし、考えは甘かった。
 手当てを受けて里へ帰ると、待っていたイルカにいきなりビンタを食らった。
 どうして叩かれたのか分からず、カカシはじんわり伝わってくる頬の痛みに首をかしげる。
 過去、何度イルカに頬を叩かれてきたことだろうか。
 彼は無意味な暴力はふるわない。
 いつも、いつも――カカシの誤りを正すために、涙を流して手を振り上げる。
(‥‥泣かしちゃった。なんでだろ?)
 顔を真っ赤にして、自分を睨みつけるイルカに、カカシはほとほと困り果てた。
 予想では、おかえりなさいっ、俺の一等星! と抱きしめてもらうつもりだったのに、
 今までで一番、怒った、そして辛そうな顔をしている。
 こんな顔をさせる予定なんて無かったのに。 
「‥‥ごめんなさい」
 カカシの口からは、自然に謝罪の言葉が出た。
 しかし、イルカはぎゅっと眉を寄せる。
「‥‥どうして謝るか分からないくせに、謝らないでください」
 さすが教師。平謝りなどお見通しだ。
 カカシは諦め、率直に聞くことにした。
「‥‥‥‥なんで怒ってるんです?」
「‥あなたが怪我をするからです」
「でも、子供を助けましたよ」
「知っています」
「‥優しくなれたつもりですが? これからは、オレ、いろんな人間を助けようと思います」
「‥‥‥違う‥‥‥っ」
「‥え?」
「俺が言った優しさは、そんなことじゃありません! ‥‥‥いいえ、子供を助けたあなたは褒められるべきことをしました。助けるのは当然のことです。けれど‥‥」
 ぐ、と引き締めた唇が震えた。
「‥あなたはどうするんですか‥‥っ」
「‥‥‥は?」
「誰が、あなたを助けるんです。誰が、あなたを支えるんですっ。誰が‥‥あなたの命を守るんですか!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「それは‥‥あなたです。あなた以外いない。俺も‥‥出来る限り傍にいますが、あなたのすべてを支えるのは無理です。‥‥‥だから‥‥あなたの優しさを、あなたに向けてあげてください」
 俺の言いたかったことは、そういうことです、と、イルカは鼻を赤くして言った。
 カカシは呆気に取られる。

 なんだ。
 ‥そういうことだったの。 

(‥でもオレ、自分のことはどうでもいいんだけど)

 そんなことを言ったら、イルカはもっと泣いて怒り出すに違いない。
 自分に優しく。優しく。
 ‥‥‥そんなこと、していいのかなぁ。
 ちょっと不安だ。
 イルカの言うことなら聞き入れたいが、任務の時などどうすればいいのだろうか。
 任務より、自分の命を選べ?
 それって、凄い反逆。忍びとしてその考えはどうかね。
 難しい恋人だ。
 でも、

(なんとなくは、分かった)

 あやふやな霧のようなもので、薄い殻のような確信しかもてないけれど、
 彼の言う優しさとは、冷たさの中にあるものなのだ。
 優しくなるのは難しい。
 それだけは、はっきりと分かる。

「‥‥‥あ〜‥‥‥」

 カカシはぼんやり理解した。
「分かりました、イルカ先生」
 ぐす、と鼻をすするイルカに目を細め、
「人助けをして一人前になった気分になるなんて、オレもまだまだ未熟でした」
「‥‥‥‥‥‥」
「心配かけてごめんね?」
 両手を広げると、イルカは大人しく腕の中に入ってきた。
 背に腕を回す肩が少し震えている。
「‥‥‥えらそうなこと言って、すみません」
 イルカが消え入りそうな声で言った。
 彼は、すぐに反省する人だ。
「いえいえ、とんでもない」
 カカシは黒髪に唇を押しつけ、その体を抱きしめた。
「イルカ先生が、オレのことを一生懸命考えてくれていることが分かって嬉しいです」
「‥‥‥そんなの、当たり前です」
「へへ〜」
「‥なんですか、その笑いは」
「別に。―――ねぇ、イルカ先生。オレってあんたの一等?」
「一等? ‥‥‥人間に順位なんてつけませんよ」
「‥‥‥がーん」
 カカシは本気でショックを受けた。
 そうだ。イルカはそういう人間だった。
「‥‥ひどい。‥‥オレの一等はイルカ先生なのに‥‥‥」
 弱々しい声で訴えてみたが、鼻で笑われた。
「そういうことを言ってるうちは、まだまだですね」
 なんだかしたり顔で言われ、ちょっとむっときたが、
 近づいてきた顔が、珍しく啄ばむようなキスをくれた。誘う唇の動きに、遠慮をしては失礼だろう。
 せめて、今日ぐらいはめいっぱい甘やかしてもらおう。




 一等星、一等星。
 誰よりも輝く、愛しい星。
 順位なんて関係ない。
 あんたは特別。別格。そういう存在なのだ。
 だから、星。
 あんたはまさにその星で、オレもそれになりたかった。
 あんたの一等星に。
 いつか呼んで? と囁いたら、微笑みでかわされた。
 言葉はないけど、その笑顔に自惚れてみよう。
 あんたの一等星はきっとたくさんあるだろうけど、
 いつかその頂上に登りきりたい。
 そういうこと言ったら、また怒る?
 囁けば、また微笑み。
 はいはい。あんたには逆らえませんよ。
 今は、そのキスで我慢してあげよう。

 大事なオレの一等星。











冒頭の部分は、知ってる人は知っているある歌詞からネタを貰ってしまいました。
カカイルにしちゃって、不快に思った人がいたらごめんなさい(汗)
でも、書いてみたかったのです〜‥‥っ。






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2003.05.19

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