■ 曇りのち晴れ、きっと









「どうしてあなたは、そんなに自分のことばっかりなんですか」
 気遣い、配慮、そういった当たり前のところが足りないと、カカシを罵った。
 カカシはふーんと面白くない顔をして、
「そういうあんたは、どうしてそんなに他人のことばっかりなんですか」
 八方美人、苦労性、自分を一番後回しにする性格は損ばっかりするでしょうと反論される。
「別に得がしたいわけじゃありません」
「それそれ。オレはそれ無理。何かしてやったら、それ相応の見返りが欲しいもん」
「無償で、ただ思いやりで動けばいいだけです」
 そんなことでは、誰も寄ってこないとつい口にしてしまうと、カカシは今度こそ表情を消した。
「まあね。でもオレは誰かに媚び売る必要ないのよ。有名だから」
 あんたみたいに――とカカシは続けた。
「一人ぼっちになるのが怖くて、人との繋がりを必死に守る必要ないから」
 痛い。
 今の言葉は効いた。図星だけに胸が痛み、あっという間に自分のことで頭の中がいっぱいになる。
「一人で生きていけるというなら、ずっと一人でいればいいですよっ」
 はいはい、とカカシは手を振った。
 来たばかりなのにさっさと帰り、
 そして、そのまま戻ってくることはなかった。








 喧嘩の発端は憶えていない。
 本当にくだらないことで、どうしてあんなにこだわってしまったのかもはや説明できない。
 あそこまで言うつもりはなかったのに。
 あれからカカシとは話をしていない。
 道端で会ってもカカシを見ることができない。一度だけ、カカシに声をかけようとタイミングを見ていたけれど、自分という存在をいないように視線を合わせてくれない。
 話し掛ける空気を作らせないカカシに、なけなしの勇気はあっという間に萎んで、もう膨らむ事はなかった。それ以来、怖くてカカシを見れない。カカシが自分を無視するのを見たくないから。
 怖くて、だから逃げる。
 仲直りしたいのに、これでは悪循環だとイルカはため息をつく。
 謝りたい。けれど、謝って無視されたらどうしよう。カカシの拒絶が怖い。冗談じゃなく死んでしまうかも。思って、これが自分のいけないところかと渋面する。
 確かに自分は人の顔色を見る。できるだけ相手を不快にさせたくないし、どんな嫌な人間でも関係を断てない。相手の目の中に自分があるように、時々イルカは自分が分からなくなって酷く疲れるときがある。
 独りだった幼少の頃の記憶が原因だと誰かに言われたことがある。そうかも知れない。自立した大人になってからはもっと自分の感情を表すようになった。
 表していたと思う。
 少なくとも子供たちや―――カカシに対しては。
 カカシに対してはいつでも本当の自分でいた。
 好きになればなるほど失うのが怖い。でも、イルカは自分を繕ったりしなかった。
 適当に合わせなかったし、思ったことを口にした。
 本当の自分を見せたかったから。
 その結果喧嘩に至ったけれど――それがなんだ。
 ただ、それだけのことじゃないか。
「‥‥‥っ」
 イルカは走り出した。
 男の居場所は知ってる。




「ごめんなさい!」
 子供たちを叱るいつもの怒号で、イルカは謝罪の声を轟かせた。
 ナルトたちがいなくて良かった。
 大樹の下で読書をしていたカカシは目を剥いてのけぞっていた。
 沈黙が痛い。
 全力疾走で来たイルカはまだ肩で息をしていた。
「‥怒鳴りながら謝られたのは初めてです」
 カカシは呆気に取られた顔で呟き、ため息をつきながら本を閉じた。
「それで謝ってるつもり?」
「‥‥‥」
 ぐっとなる。その通りだが、これで精一杯だ。精一杯の譲歩なのだ。
 分かって欲しい。
 酷いことを言ったけれど、自分にとっては必要な喧嘩だったんだ。
「喧嘩ぐらい‥‥、したっていいじゃないですか‥‥!」
 言うつもりはなかったけれど声に出た。ついでに涙も。
 感情の昂ぶりを抑えられないのがみっともない。
 唇を噛み締め、うーっと息を止めて我慢すると、突然、がぶっと股間に噛み付かれた。
「――え」
 ひくっと鼻をすすり、イルカは目をまん丸にした。
 そのまま足をタックルされて、よろめいたまま倒れる。上手い具合にすっぽり身体が隠れる茂みに仰向けになると、襲い掛かったカカシはいきなりズボンを脱がせ始めた。
「ちょ‥、ひくっ‥あ‥‥‥ッ、カカシ‥さ‥」
 まだ止まってない涙と、直接カカシの舌に包まれてイルカは呼吸を乱した。
 やや粗暴に噛みつき、扱かれ、イルカはもう逃げられなくなっていた。大きく脚を開かされて、当然のようにカカシが腰を押し付けてくる。
「カカシさ‥ん‥ッ、ム‥‥」
 無理だと言いかけた唇に、黙れと言わんばかりに唇が被さった。
「どれだけ‥」
 ――我慢したと思ってんの。
 そう言ったかも知れない。よく憶えてない。
 ただ晴れた空の光に汗ばみ、互いに声を殺して揺れあう。いつ子供たちが戻ってくるか分からない緊張に心を乱し、より強く行為に集中した。早く。――早くと。
 熱い。服が汗でまとわりつき、カカシの体も燃えるようだった。顎から滴り落ちる汗。頬に触れ合うとべたついて、生々しくて、よけいにいやらしかった。
 低く抑えた呼吸が荒くなる。吐く息すら殺して、密かな淫楽に酔いしれる。
「カカシさん‥‥、好き‥」
 言うのが自然だと思った。
 抱きしめて囁くと、脚を広げる手に力が加わって、その痛みに涙が出る。
 押し潰すように強く揺さぶられて、背が地に擦れた。痛い。でも、それでもいい。耳に噛みつき、低くうめきながら達するカカシにイルカはうっとりした。
  







「ごめんなさい。オレも悪かったです」
 その後カカシも謝った。
 意地悪をして無視したけれど、カカシの方がとっくに限界に来ていた。しかし、
「オレ、人付き合い知らないから――謝り方が分からなくて」
 どうしたらいいのかと色々悩んで、そうしたらもう何もかも面倒になって。
 イルカが謝りに来てくれて、心底ほっとしたとカカシは笑った。
 でも、あれだけ謝り方に悩んでいたのに、イルカが憮然と謝ったものだからちょっと意地悪をしたと頭を下げた。
「ありがとう。でもこれでまた喧嘩できるね」
 謝り方は分かったから、またいつでも喧嘩をしようとカカシは言った。
 納得できないことは喧嘩して、そんで、もっと仲良くなろうと。
 イルカは嬉しかった。
 はじけるような笑顔で、はいと頷いた。










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2004.04.08




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