■ 見ない夢 〜僕を呼ぶ声 捕足〜
犬を拾った。
森の中で自前のトラップにかかったこげ茶色の犬。
食用の獣を捕獲するためのせっかくの罠になんてことをしてくれるんだと思いながら犬を降ろした。
まだ仔犬の域か、小脇にかつぐとちょうどいい。
このまま放っていってもいいが、なんとなく気に入った。
最初は、忍犬の素質がなければそれまでと思っていた。
家に連れて帰り、生肉を与えると耳が下がる。食えないことはないだろうとさっさと寝た。
拾った犬は少々気が強そうだ。
我の強い犬は忍犬にはむかない。必要なのは忠誠心。――自分のように。
(‥しんどい)
この頃激務が多い。
ちょっと働かせすぎじゃないの? と文句を言いたくなる。
任務での緊張感は普段の生活にも入り込む。こうして眠る時ですらぴりぴりと神経が尖り、完全に眠ることはない。
それでもなんとか眠りに落ちたカカシだったが、
「―――ご‥‥‥ーん‥!」
突然響いた声に、跳ね起きた。
寝台の陰に身を隠し、意識せずにクナイを握っている。
(‥誰だ‥!?)
こんな傍で人の声がするなんて。接近に自分が気付かないはずがない。
緊張に体が引き締まる。
真っ暗な部屋を油断なく調べたが、
「‥?」
人の姿は見当たらない。
まさか夢だろうかと首を捻ると、
「――――ごはーん‥っ!」
またあの声が響いた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
カカシは今度こそ声の主を発見し、絶句する。
部屋の隅、足元でぴくぴくと体を蠢かせ、うなされている犬。
ごはん、という言葉は、間違いなくその口から出た。
(‥え? 人間?)
カカシはすぐに理解する。
どうもこれは人間が変化したものらしい。――でもどうして。
かがんで、まじまじと見つめてみる。
嫌な夢を見ているのか、犬はもぞもぞと落ち付きがない。振り返れば、生肉は無かった。冷蔵庫を開けてみると手付かずの状態である。
(‥まあ人間なら生肉は無理か)
再び犬を見下ろし、考える。もしかして新手の刺客だろうか。
何度もしつこいので時々住まいを変えているが、こんな侵入のされかたは初めてだ。
とにかくその変化を解いて面をおがもうかと試したが――どうも妙なぐあいに術が絡まっている。おそらく自分でも解けないのだろう。
真剣にやれば戻せないことはないが‥‥、
(―――やめた。しばらくからかってやろう)
未熟なチャクラからしてまだ子供だろう。どんな目的で犬になったか知らないが、あっさり罠にかかるところから刺客であるはずがない。大方ふざけていた天罰か。
寝言に驚かされたこともあり、カカシはささやかな仕返しを思いつく。
いずれ解放してやるが―――二、三日、十分に遊んでからだ。
なんてグットタイミングな鬱憤晴らし。
再び布団にもぐりながら、カカシは口元を緩ませた。
次の日、さんざん修行場で転げ回らせた犬はふらふらになっていた。
さすがに何か食わせないとまずいかと思い、温かいスープとパンを調達する。
皿に顔をつっこみ、しっぽを振ってがっつく姿が面白い。
忍犬に育てるのは無理だが、なかなか素質はあった。なにより、変化の術をこれほど継続していられるチャクラの量には感心する。
その日の晩は少し寒かった。
犬を湯たんぽがわりにしようと風呂に入れて、布団の上にあげる。
生き物と一緒に寝るのははじめてだ。
少し落ち着かなかったが、ふわふわした感触は心地良く、意外に気持ちがいい。
多分、命のあたたかさに感動した。
思えば、その時からまずいなぁと内心不安を抱いていた。
わざと考えないようにしていたが。
ある夜、任務から帰り、玄関で丸まっている犬を見た時、力が抜けそうになった。
まさか、自分を待ってた?
思わず馬鹿みたいに立ち尽くした。見られないでよかったが、
その後も、怪我をしている自分を叱るようにムキになる犬に、胸がしくしくと痛んだ。
予定では、とっくに火影の家の前に届けているはずなのに、すっかり一緒に寝ることがあたりまえになった。
怪我をしている自分を気遣われ、寒くないようにぺったりひっついてくる犬に、また泣きそうになる。
こんなにあったかい生き物がいるなんて反則だ。
犬の気持ちよさそうな寝息が、カカシに完全な眠りを誘う。このまままどろみたい。
昔は見たはずの夢を見たい。
分かってる。分かってるけど、
(もう少し)
忍には向かない犬――多分、年齢の近い少年。
(もう少しだけ傍に)
無意識に犬をひきよせ、カカシは見ない夢に願った。
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