□ もしもの話
黒髪の愛しい人は、自他共に認める心配性。
その全部を気に入ってはいるけれど、これほど頑固だとは思わなかった。
「だから言ってるでしょ」
顔を逸らし、聞く体勢を見せないイルカに再度話し掛ける。
「オレの忍具やら守秘物はすべて西の隠し部屋に置いてあります。中には処理を必要とするものがありますが、それらについて明記した紙も準備してあります」
ぴくりとも動かず、沈黙に徹するイルカは相槌も打たない。
「イルカ先生」
その頑なな顎を掴み、少し強めにこちらを向かせた。
少し潤んだ目が、挑むようにカカシを見る。
――怒っているのか、悲しんでいるのか。
聞きたくない、と全身で訴えかけるイルカに、
「言いなさい。さっき教えたでしょ。オレが死んだら、まずどうするんです」
カカシは再び、復習を求めた。
問われたイルカは、ぐ、と唇を噛み締める。痕が残る、と眉を顰めると、
「―――あとを追います」
震える声音が、きっぱりと言い切った。
カカシは大きなため息をつく。
心配性の上、それでいて、情の熱い人。
「違う。まず、里へ報告です」
あえてゆっくりと、その思考を否定した。
「オレは誰よりも先にアンタに知らせます。だから、アンタが里へ報告してください」
「――――嫌です。そんな話」
カカシの手が、顔を背けることを許さない。
イルカの双眸に、みるみる涙の雫が盛り上がる。
分かってる。この人が、死に関する話をなにより嫌っていることを。
だが、これだけは言っておかなくては。
「もし追ってきても、オレは追い返しますからね。ついてこられても迷惑です」
ひくり、とイルカの肩が揺れた。
生徒を叱り飛ばすいつもの覇気は欠片も見えず、カカシはまたため息をつく。
「頼むよ、イルカ先生。アンタがそんなんじゃ、オレ死に切れないよ」
「じゃあ、死なないでください!」
「オレは忍ですから約束はできません」
不毛な会話はその後も続いた。
骨まで冷える夜を越え、夜明けの出発の時間まで。
―――少し危険度の高い任務につくことから、この[もしもの話]の話は始まった。
自分としては、何気ない会話だったのに、イルカの血相の変えようときたら。
これ以上にない確かな愛情を噛み締めつつ、多少の優越感を持って自分の死後の段取りを話したけれど―――。
カカシは考えた。
これがもし反対ならば?
(―――――うわ、背筋さむ‥‥)
置いていかれるなんて考えただけで薄ら寒い。
きっと自分なら、なりふり構わず後を追う。追い返されようと大した問題ではない。
でも、自分は、イルカには生きて欲しいと願う。
この違いはなんだろう。
「はい、じゃあもう一度。オレが死んだらどうするんです?」
朝の匂いを感じ取り、カカシは向き合ったイルカに再度質問した。
「‥‥‥報告‥に‥‥‥」
長い押し問答に、イルカの精神は限界に来ている。
夜の魔力も手伝い、押しつぶされそうな不安にぼろぼろと泣きながら、イルカは報告に行くと小さく呟いた。
「はい、よくできました。好きだよ、イルカ先生」
やっと望む言葉をくれたイルカの身体を抱き寄せ、カカシはうっそりと笑う。
酷な事を強いている自覚はある。本音を言えば、追ってきて欲しい気持ちもあるけれど、
でも、それでも生きていて欲しい。
この人が呼吸をして、太陽の下にいてくれれば、オレはそれだけで幸福になれる。
こんな無条件な愛とやらにとりつかれたオレはアホだ。
でも、それでいい。
どれだけ泣かせても、生きていて欲しい。
灰すら残らない身体は、もうアンタを抱きしめてやれないけれど、こうしてアンタの胸に溶けていく。
生きて、生きて、生きつくしたら、どうぞオレの所へ来てください。
(‥まあ、絶対生きて帰るけどね)
実はそれほど難しい任務ではないと、さていつ頃話したらいいものか。
いつになく身体を預けてくれるイルカの体温が離れがたく、カカシは夜明けの鳥が鳴きだすまで、そのことを黙秘した。
出発前に暴露して、頬に赤い殴打の痕がつけられたが、これも愛情の証。
カカシは今日も上機嫌で任務へと出発した。
END
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2003.03.07