■ 夏色観覧車 1









 アカデミーを卒業して数年。晴れて中忍試験に受かったイルカは今年十六歳になろうとしていた。
 憧れの忍服に袖を通し、イルカは誇り高い気分だった。
 その気持ちをぶち壊しにするのが、
「――ねえ、やらせてってば。聞こえてんでしょ?」
 最近現れた、銀髪の暗部だ。
 声から察するに同い年ぐらいか、いつも仮面を被っているのではっきり分からない。
 細身で、ひょろひょろ伸びた腕と足。一人暮らしで苦労してきたイルカに負けないくらいひょろりとしていたが、身につけた衣装は暗部のものだ。つまり、中忍か上忍。いや、才能さえあれば下忍でもなれると聞いたことがあるが、どちらにしろ自分より類稀な才能があるのだろう。
(‥‥こんなにふしだらな奴なのに‥)
 どうして目をつけられたのか分からない。
 外の任務で下忍を連れて上忍のサポートに回っていた時、ふいに現れて一言のたまったのだ。
”やらしー顔。ねえ、今ひま?”
 傍には部下もいたのに。自分は、中忍になってまだ間もない。今回の任務は、部隊長としての力が試される大事なものなのに。
 そっと顔をそむける部下たちに、イルカはかぁっと顔を紅潮させた。
 頭よりも先に手が動き、思いきり殴ろうとしたが、あっという間に消えてしまう。相手が暗部だと言うことも忘れて怒鳴り散らしたが、銀髪の少年はぽりぽりと頭を掻いて立ち去った。
 しかし、少年はそれ以降も現れ、昼夜問わずイルカにセクハラをしかける。
 セクハラ。これは立派なセクハラだ。
「‥‥お前さぁ、俺に恨みでもあるの?」
 暗部だろうと礼儀を守る必要はなしと考え、イルカは相手に不遜に尋ねた。
 夜を背負い、窓の外の木にとまった暗部装束の少年は、猿のように首を傾げた。
「なんで? 恨みなんかないよ。むしろ好きだし」
「‥‥好き‥‥? え?」
「あんた見てると欲情すんのよ。育ち盛りだし、とにかくやりたい時期なの。わかるでしょ?」
「わかるか! 他を探せ!」
「まあ、今はね。他で我慢してるけど、オレ、こんなに待たされたの初めて。なんでやらせてくんないの?」
「い、や、だ! 俺は男だし、顔も分からない人間の言うことなんて‥っ」
「忍者なんだもん。あんただって、そのうち嫌でも夜伽の役やらされるよ。遠征に連れて行かれる時は気をつけな。‥‥それと、顔を見せないのはオレなりの配慮だよ。顔見たら、あんたオレが暗部にいる間は一生オレのもんになるよ」
「‥‥‥っ」
「ねぇ、だから無理は言ってないのよ。一回だけ。そしたらもうつきまとわないから」
 子供のような甘える声で誘われ、イルカはぎゅっと唇を噛んだ。
 ――夜伽の役なんて。
 忍者なら当たり前とばかりに言われて、イルカは憂鬱になる。自分だって、それくらい本当は知ってる。同い年の友達が、そういう役を引き受けたことを何度か聞いた。その度に、自分は絶対に嫌だと思っていたけれど、木の葉の裏側にいる暗部の少年が言うと、それは妙に生々しく現実感を持っていて、逃れられない鎖を感じる。
(‥俺は、そんなことするために‥忍者になったんじゃ‥‥)
 どんどん沈んでいく思考に、イルカはきつく眉を寄せてうつむいた。すると、暗部の少年が身を乗り出して、イルカの顔を覗こうとする。
 思わずのけぞったイルカに、ぶらりと枝にぶら下った少年は、
「いや、泣くかと思って」
「泣くか!」 
 間髪いれずに怒鳴ると、仮面の下で笑いがこもる。
「まあ、いいや。もうちょっと待とう。あーあ、今日こそはやる気だったのに」
 落胆の声にぎょっとすると、ひょいっと黒い手が伸ばされた。
 窓枠についた手が、何かを置いて消える。
 それは、月に光る白い花。
「‥‥‥え」
 木の葉では見たことのない、珍しい花だ。
 どういうことかと少年を見たが、すでにいない。立ち去った気配すら感じさせない暗部の少年に、イルカは難しい顔で窓を閉めた。
 白い花を手に取ったイルカは、ゴミ箱に捨ててやろうかと思ったが、あまりに可憐に咲いているので、可哀想になって水を用意した。
 飾っていることがばれると嫌なので、窓からは見えない台所の隅に隠す。
 しゃがみこみ、コップの水につけられた花を眺めるイルカは、知らずため息をついた。
 本当に、なんて面倒な人間に目をつけられてしまったのか。












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2004.05.23





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