■ 夏色観覧車 2









 あの銀犬に目をつけられてからずいぶん経った。
 ふらりと現れる少年は、あいかわらず名前を言わないし、自分も暗部の人間のことなんて知りたくないから、銀犬と勝手につけた。
 変わらずセクハラをしかけてくるが、今のところ防いでいる。相手も、からかう方が楽しくなってきたようだ。――ちくしょう。だからこんな目に遭うんだ。
「お前、暗部に対して態度がでかいんだよ、何様だ」
 イルカを取囲んだ少年の一人が、威迫ある声で言った。
 全部で五人。イルカを逃がさないように円を組み、何度か軽くこづかれた。
 家庭のある彼らは母親が用意するご飯で栄養も行き届き、細身のイルカに比べて体が大きい。すばしっこさではきっとイルカの方が上だが、少年たちも十分承知している。迫ってくる輪に離れようとするイルカの腕を、誰かが強く握った。ついでに、腹に一発拳が入る。
(‥‥なろー‥っ)
 ぐっと唇を噛み、喉からこみ上げて来るものを抑えた。
 同じ中忍たちだが、そりが合わないのでろくに話したことがない。だが、最近になってねちねちと嫌味を言うようになり、集団でイルカに嫌がらせをするようになった。
 銀犬だけでも苦労してるのに、どうして幼稚な同い年の面倒まで見なきゃいけないのか。
 そもそも原因は銀犬だ。
 暗部の衣装で、時間も場所も構わずちょっかいを出してくるから、こうやってわけの分からない因縁をつけられるんだ。
「おい、聞いてんのか」
 ぐいっと肩を押され、イルカは相手を睨みつけた。
 能力は、一対一なら勝てるが、数が多すぎる。でも、だからといってどうして自分が我慢しなくてはいけないのか。
「うっせー。クリーム詰まった頭のくせに」
「‥‥なに‥‥っ」 
 クリームみたいなくるくる頭の少年が激昂した。イルカの胸倉を掴んで、大きく腕を振り上げるが、それより先にイルカの蹴りが相手の腹に入る。
 このやろう! と誰かが叫び、それからは土ぼこりが舞いあがる乱闘だ。
 相手は数にものを言わせ、イルカはほとんど一方的にやられた。個々に、手痛い代償は負わせたが、彼らが去ったあと、動けなくなっていたのはイルカの方だった。
(‥殴るしか能がない猿‥‥っ)
 体中の痛みに耐えて、イルカはなんとか起き上がる。
 腹部や足に比べて、顔の外傷は少ない。年配に評判のいいイルカに、大っぴらな傷を負わせると、自分たちが面倒なことになると思ったのだろう。
(女じゃねーぞ。‥‥くそ、鼻の骨折ってやればよかった)
 かわりに、服を染めるほど鼻血は出させてやったが、イルカの苛々は頂点に達していた。
 我慢できずに近くの木を蹴ってみたが、振動が傷に響いて叫びそうになる。
(‥今度は、絶対勝つ‥)
 意味のない暴力は好きじゃない。だが、拳で話したいなら拳を用意しよう。
 言葉を捨てて、猿のフィールドに。
 男であることを、見せてやる。 
 






「消毒液の匂いがする」
 夕食の買物を済ませて帰るイルカの前に、忽然と現れた銀犬が言った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「体のあちこちからする。任務で怪我したの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 あくまで無視して通り過ぎようとしたが、ぴったり横についてしきりに匂いを嗅がれる。
 最後に顔のかすり傷を見て、
「回された?」
 と訊かれた。
 意味が分からなくて思わず面を見ると、「り、ん、か、ん」と一文字ずつ区切って言った。
(‥りんかん。‥‥林間‥‥いや、違うな。‥‥りんかん‥‥、り、輪姦‥‥‥!?)
 単語が定まると同時に、イルカは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰がやられっかよ! そんな物好きはお前くらいだ!」
「あー、良かった。じゃあ、イジメ?」
「うっさい! 次は勝つ!」
 思わず本音を叫ぶと、ひたひたついてきていた銀犬の足が止まる。
「相手、何人? 一人じゃないでしょ」
 いつもの間延びした口調。だが、イルカはひんやりしたものを感じた。
 仮面の下で、何かが変わったような。落ち着かない空気に、イルカは口をつぐむ。
「あれ? なんで黙ったの?」
 首を傾げる相手に、イルカはふん、と止めていた足を再び動かした。
「お前には関係ない。これは俺の問題だ」
「えー、でもむかつくもん。まだ拝んですらない体をぼこぼこにされちゃ、気分悪いでしょ」
「うるさいうるさいっ」
「上司としてちょっと襟を正してやるだけだよ。大丈夫、ヘマしないから」
(どんなヘマだよ‥っ)
 少年の口調にうすら寒いものを感じたイルカは、ぐるっと向き直った。
「いったい誰のせいだと思って‥‥っ!」
「あ、オレのせい?」
「〜〜〜‥‥‥っ」
「じゃあ尚更、お仕置きしないとね。そいつらの名前教えて」
「言わない。俺に売られた喧嘩だ」
「あのねぇ、多勢に無勢じゃ喧嘩とは言わないし、オレが問題なら、これはオレに売られた喧嘩でもある」
「言わない‥!」
 これ以上の押し問答は無意味だ。
 イルカはスーパーの袋を揺らしながら、足早に立ち去ろうとしたが、
「‥‥わっ‥‥‥」
 ぐいっと強く腕を引っ張られた。引きつった痛みが全身に走って、すぐに振り払えず、
「ちょっと‥っ、どこへ行くんだよ‥‥!」
 ぐいぐいと引っ張られ、イルカを人気のない裏路地へ連れて行かれた。
 日暮れの空は半分藍色に変わり、表通りと違ってそこは薄暗い。白く浮かび上がる面に、イルカはどきりとする。
 銀犬はイルカと同じ細身だが、筋力の差は大きい。腕や足の長さも違い、壁に押し付けられると瞬く間に動けなくなる。
「‥‥」
 いつもの戯れと違う。イルカはぴりぴりした緊張感を抱いた。今頃になって、やばいと思う。
「緊張してるね。期待してる?」
「‥するか! 離せよっ、腹へってんだから!」 
 これから家に帰って、食事を作って、明日の任務の用意をして、早めに就寝して、早朝の自首訓練の時間を増やすんだ。
 イルカは予定を考えることで現実感を保とうとしたが、近付いた仮面がなぞるように顔すれすれに動くと体が強張った。面の奥に、こちらを覗き見る瞳を見たが、恐くなってすぐにそらしてしまう。
 ――恐い。認めるのは悔しいが、イルカはこの状況を恐がっていた。
「‥‥‥怯えてる」
 銀犬が耳元で囁いた。自分のことだと分かって怒りが生まれたが、強く腰を抱き寄せられて息を飲んだ。股間に押し付けられた塊が熱を持っていて、それが何か分かると目が飛び出そうなほどぎょっとした。反射的にもがいたが、尻を無遠慮に握られて眩暈がした。
「可愛すぎてさかっちゃう‥。ねえ、言わないと大事な処女もらっちゃうよ?」
「しょ‥処女とか言うな! 俺は男だ! 喧嘩のケリも俺がつけるんだ‥!」
「意地っ張りー。まあ、今はその方が好都合」
「離せ‥っ、この変態! 変態バカ!」
「天才に向かって失敬な。――まあまあ、今日はちょっとステップアップしようよ」
「ひゃ‥‥っ」
 いきなりズボンの中に入ってきた黒い手に、イルカは悲鳴を上げた。
 身をよじる前に下着の上から掴まれて、強弱をつけて揉まれると、腰からざわざわと逆立つ感覚に襲われる。大声を上げようとしたけれど、こんな所を見られるなんて耐えられなかった。
「やだ‥っ、やめろ‥!」
 自由な手を使って相手の体を叩くが、足の間で蠢く手がイルカの力を奪った。
 気持ち悪い、そんな所触られるなんて。だけど、他人の手で愛撫の意味を持って触られたのは初めてのことで、形を変えていく自身に火が出るほど恥ずかしかった。
「う、ぅ〜‥‥っ」
 悔し紛れと、声を出さないためにがぶりと相手の肩に噛みつくと、笑われる気配があった。
(いやだ‥っ、こいつの手‥‥おかしい‥っ)
 熱が、どんどん大きくなっていく。下着の合間から指が忍び入り、実際に触れられた時は脚が震えた。もう立っているのも辛いが、銀犬の手がしっかりと支えていた。いっそ倒れたいぐらいだが、いつの間にか剥き出しになった下肢に、また腰を押し付けられる。
 ぬるりと互いの熱が触れ、自身に押し付けられた相手のものに、イルカは目を剥いた。
「‥お、お前‥‥っ、あ‥‥‥ッ、‥や、あ‥っ」
 それ以上の淫戯はイルカには耐えられなかった。押しつけられた他人の陰茎に、急激に高ぶった熱は一気に解放される。
 震えを抑えるためにぎゅっと相手にしがみつくと、達したばかりのそれに、押し付けられた熱は激しく擦り付けてきた。
「や‥ッ‥あ‥‥‥っ」
 敏感なそれが伝える痺れに、イルカは痛みすら感じて涙が出た。
 尻を掴む指が股下あたりまで無遠慮に差しこむ。そして、強く腰を押しつけられたと同時に、熱い雫が萎えた自身にかけられた。
 やっと動きが止まる。イルカは荒い息を吐きながら、激しい情交に頬を紅潮させた。
 体中がぐったりしていて、指先一つ動かすのも億劫だ。このまま眠りたいほど疲れたが、
「‥‥は、なせよ‥‥っ」
 持てる力を振り絞って、どんっと少年の体を押しのけた。
 今度はやすやすと離してくれたが、支えを失ったイルカはぺたりと座り込む。
「‥大丈夫? のぼせちゃったね」
 銀犬の声も、やや上擦っていた。暑そうに髪をかき上げて――ふと、面に手を添える。
 まさか、と思って見ていると、黒い手が面を外そうとしていた。
(‥顔が‥‥)
 見えてしまう、と思った瞬間、イルカは叫んでいた。
「嫌だっ。見せるな!」
 ぴたり、と黒い手が止まる。言ったイルカも、はっと口をつぐんだ。
 顔など見えないのに、なぜか相手が遠くなったような気がしたのだ。
「見せないよ」
 銀犬がぽつりとこぼす。
「あんたなんかに、見せてなんかやーんない」
 むっときた。
 こんな横暴なまねをしておいて、その言葉は何か。
 イルカが言い返そうとすると、人の話し声が聞こえた。それどころか、どんどん近付いてくる。
 イルカは自分のだらしない下肢に気づいて、急いで服を着るが、指が震えて上手くできない。恥ずかしくてまた涙が出た。
「なんで‥、‥こんな目に‥‥」
 ぐすぐす鼻をすすりながら顔を上げると、そこに銀犬の姿は無かった。
(すっきりしたら早々にお帰りかよ!!)
 ほったらかしにされたイルカは、力の入らない足でのろのろと帰路についた。
 もうご飯を作る気力もない。帰ったら風呂に入ってさっさと寝よう。
 ズボンの中がぬるぬるしてて気持ちが悪い。考えると、顔が勝手に赤くなった。
(なにがさかるだ‥っ、犬‥‥‥っ、駄犬め! 次会ったら、あいつもぶっとばしてやる!)

 








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2004.05.25




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