■ 夏の友
「お前ら、最近たるんでるな」
部下三人を従えたカカシは、開口一番叱責を飛ばした。
「た‥‥っ、たるんでるってなんだってばよ! それを言うならカカシ先生こそ、いい加減時間守れってば!」
三時間待たされての駄目出しに、相手が上司とは言え――ナルトの怒りに他の二人も賛同した。
「ちゃんと訓練はしてますよー? 任務だって一応問題ないし」
「‥たるんでると言うなら、何かもっとマシな任務を寄こせ」
子供たちのもっともな意見に、
「や、ね。そうやって反抗するところがまた、たるんでるっていうか」
カカシは頭を掻き、思案気に首を捻る。
「あ、そうだ」
ぽん、と景気よく手を打った。
「ここは初心に帰って、宿題でもやってみるか?」
「宿題〜?」
嫌な響きに、まっさきにナルトが反応した。
「‥‥そうだなぁ。観察眼でも磨いてみるか」
「観察眼?」
「忍びの勉強だ。‥お前らの観察眼に点数つけてやる」
唐突な思いつきとしか言えない宿題を出してきたカカシに、子供たちはあきれ返った。
「そんなことより任務を‥」
苛立ったサスケが一歩踏み出すが、
「面白そうじゃん〜〜!!」
その身体を押しのけて、ナルトが食いついた。
「俺、けっこう観察とか好きだぞ。植物とか飽きないしな! 日記だけは、イルカ先生もいい点数つけてくれたんだってばよ」
「ちょっとナルト‥‥‥、何やる気出してるのよ‥」
「なんでなんで、サクラちゃん。面白そうじゃん、やろうよー!」
「‥‥‥とか何とか言って、‥‥‥アンタまさか、私を観察するーっとかってストーカー行為するんじゃないでしょうね」
「う‥‥‥っ」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥アホ‥‥‥」
よろめくナルトに全員の白い目が向けられた。
「‥‥‥ま、ともかくだ。これ決定」
重い空気を、カカシが強引にまとめた。
「宿題の内容は観察だ。対象は周囲の人間。自分なりにウォッチングして、その人間なりを把握してみろ。期限は‥‥そうだな。一ヶ月間。報告書にして提出。いいな!」
決定、とはっきり言われては、下忍の子供たちに抵抗の術は無かった。
こうして、
夏のちょっと変わった宿題は始まった。
*
☆☆☆ サクラの[先生観察日記] ☆☆☆
○月○日。
変な宿題を言い渡された。
興味深い対象物をウォッチングせよ、との内容だけど、ちょっと考えた。
一番気になる人‥と言えば、もちろんサスケ君だけど、
別の意味でもーっと興味深い人がいる。
人たち、と言うべきかしら?
うちの班の先生、はたけカカシはとーっても強い忍者だ。(全然そうは見えないけど)
遅刻はするし、いつも不真面目な感じで、正直尊敬の念は抱きにくい。
いっつも暑苦しい覆面をつけてるけど、中身はかなりのハンサムとの噂。けど、カカシ先生に恋人はいない。
だってカカシ先生は、イルカ先生のことが好きだから。
傍目からでも分かるカカシ先生の惚れっぷりは、見ていてとっても恥かしい。
なりふり構わず、熱烈な告白をするっ‥‥というのではなく、
――あまりに哀れで、こんなのが師かと恥かしくなるのだ。
イルカ先生は中忍で、優しい、皆に好かれる人気者の先生。
でも、生徒に甘い性格なので(とくにナルト)いっつも誰かに奢ってる。
それだけじゃなく、いろいろアカデミーの雑費も自腹で払ってるらしいし。
本当に、とっても苦労性なの。
でも、イルカ先生は大人で、しっかり者だから、誰かに恵んでもらうとかそういうのは大嫌い。
カカシ先生は、そこを分かっていなかった。
夕食に誘ったって、イルカ先生がただで奢られるはずがないから、絶対に割り勘の形になるし。そうなると、自然とイルカ先生のお皿には安ーい、少なーい料理ばっかり。
きっと頭の中では、家の残り物のことでいっぱいだわ。
最初の頃のカカシ先生は、イルカ先生が好きで好きでいっぱいいっぱいだから、そこまで気が回らなかったのね。
奢らせてもらえないけど、一緒にご飯は食べたい、という欲求に耐えられなかったみたい。
よって、状況は悪化する。
成人男性が、少ないご飯で我慢できるはずもなく、きゅーきゅーお腹空かせてるイルカ先生の隣で、カカシ先生はくっちゃくっちゃ無防備に食事中。
罪だわ、カカシ先生。
貧乏な中忍が、上忍に上下の差を突きつけられてるとしか思えないわ。
意識しての嫌がらせじゃないだろうけど、イルカ先生はかなーりきたわね。
さてさて―――こうして最初の歩み寄りは大失敗。
イルカ先生の心には、[カカシ先生は嫌な奴!]とばっちり悪印象が焼き付けられたわ。
しばらく繰り返して、ようやくイルカ先生の貧乏生活に気づいたらしいけど、後の祭。
この二人、はたして進展するのかしら?
私としては、イルカ先生もカカシ先生も両方好きだし、男同士なんて全然気にしなーい。
本当のこと言うと他人の恋路はどうでもいいけど☆
危なっかしいこの二人、
今後もウォッチング継続いたしま〜す!
☆☆☆ サスケの[先生観察日記] ☆☆☆
カカシからの宿題は厄介だった。
俺は、興味ある人間などいない。いるとすれば――自分よりも強い者。
他は特に知りたくも無い。
そんな時、俺は興味深い対象と出会うことになる。
○月○日。
イルカ先生が空腹のあまり倒れていた。
見るに見かねて家に招き、適当にメシを食わせたら恥かしそうに笑っていた。
相変わらず平和そうな先生だ。
何度も何度も生徒に頭を下げるイルカ先生が少し哀れになり、手土産も持たせて見送りに出た。
どうして倒れていたのかと聞くと、途端に座った目で、カカ‥シ‥と、低い声で唸った。
―――カカシ。
なんであいつの名前が出るのかと思ったが、
そういえば、サクラの奴が二人の関係がどうとか言っていた。
カ‥カシが‥‥‥奴が‥‥‥と、とりつかれたように呟くイルカ先生は、かなり衰弱しているように見えた。
カカシに対する並々ならぬ恨みが滲み出てくるイルカの鬼気に、
「でも、あいつ‥‥‥あんたのこと好きだぜ?」
一応、二人は自分の教師である。
不穏な空気はめんどくさいと、仲裁のつもりでそんな事を言ったが、
イルカ先生は目が飛び出るほど驚いていた。
言葉もなく呆然とする姿に、言ったらまずかったかとちょっと焦ったが、
―――にやり、と。
イルカが笑みを浮かべた。
俺はちょっと驚き、興味をひかれる。
平和そうな中忍の、初めて見る悪そうな顔だ。
そうか。あの人、俺のことが好きなのかと、イルカ先生は何度も繰り返していた。
今まで気付かないあんたも相当だが、
どうもやっぱり、まずいことを言ってしまったようだ。
そうか、そうかと、ふふふと荒んだ笑みを浮かべるイルカ先生に、俺はウォッチングのこれ以上にない対象を発見した。
カカシとイルカ先生。これに決定だな。
イルカ先生は、カカシが自分を好きだと知って形勢を逆転させた。
嫌がらせだと思っていた食事会も、そうと分かれば行く気はないと、すっぱり断ったようだ。
どうしても行くならてんぷら屋にしてくれ、と嫌がらせまでしたらしい。
カカシはようやく自分の失敗を悟ったようだが、後の祭というやつだな。
イルカ先生は水を得た魚のように、生き生きとカカシ苛めを楽しんでいる。
俺には、男同士の恋愛など理解できないが――忍の世界ならそういうこともあるだろう。
それよりも不可解なのは、なぜこの二人が?ということだ。
性格も、階級も、なにもかも違いすぎる。
とくにカカシは、とっかえひっかえ女を変えていることを知っている。
下半身のだらしない男だ。何度か冗談で楼閣へ行くかと誘われたが断った。
女にうつつを抜かしている暇など、俺にはない。
カカシは、その辺りのことはわきまえて行動していた。
節操のない男だが、理性の面では見習いたい冷静さを持っていたのに―――今のカカシは腑抜けもいいとこだ。
ある日、いつも通りイルカ先生に冷たい言葉を食らい、しょげかえっていた鬱陶しいカカシを見た。
上忍なんだから、力で言うことを聞かせばいいだろ。
見るにみかねてそう助言すると、分かってないね〜サスケ、と笑われた。
これは、初めての恋だから、そういう汚い真似はしたくないんだと。
なんて、間抜け面。
―――だが、
そんな人間に会えたカカシのことを、少し羨ましいとも思った。
口が避けても言わないけどな。
☆☆☆ ナルトの[先生観察日記] ☆☆☆
○月○日。
今日はイルカ先生の家にお泊りだ!
ラーメンが食べたいと言ったが、珍しく野菜料理を出された。
不満をぶーぶーたれると、恐い顔で怒られた。
イルカ先生は怒ってるか、笑ってるか、どっちかだな!
イルカ先生は大事な先生だ。おれを認めてくれた一番の人。
自分が思っている以上に、イルカ先生のことはよく見てる。
だから、イルカ先生の様子がおかしいことにすぐに気づいた。
問題の相手は―――カカシ先生だ。
カカシ先生は、なんだか頼りない先生だけど、いざって時は実はめちゃめちゃ強いんだ!
ちょっとサスケばっかにエコヒイキするけど、いつかカカシ先生を倒すから問題なしっ。
でもまぁ、尊敬してるところも一応あるしな、カカシ先生とイルカ先生が仲良くしてくれるのが一番いい。
イルカ先生に、カカシ先生のこと嫌いか? と試しに聞いたら、ものすごく渋い顔をした。
ちょっとした質問だったのに、イルカ先生は真剣に悩んでいる。
真面目だから、それからもずっと悩み始めて、構ってもらえないおれはよけいなこと言っちゃったなあと反省した。ちぇっ。
そうやって真剣に悩むってことは、嫌いじゃないってことだってばよ。
それからイルカ先生は、自分からカカシ先生に話しかけるようになった。
夜、何かご飯を作ってもらおうとイルカ先生の所へ行ったら、部屋の中が真っ暗。
でも気配はするし、どうしたんだろうと中へ入ってみると、ベットでもそりと何かが動いた。
もう眠ってるのかな? と近付くと、
「ん? ナルトか?」
起き上がったのはカカシ先生だった。真っ裸でなにやってんだ?
首を傾げると、カカシ先生にしっしっと追い払われた。野暮なことするなよ、と窘められ、よけいに訳がわからない。首を伸ばして見ると、眠ってるイルカ先生が見えた。
よくは分からないが――自分がお邪魔をしていることは間違い無さそうだ。
犬の仔のように追い払われるのはむかついたが、イルカ先生が気持ちよさそうに眠っているので、その夜は仕方なくそのまま帰った。
翌日、イルカ先生が果物を持っておれの所にきた。昨日、ご飯を作ってやれなかったお詫びだと。
昨晩、おれが行ったことを知ってるということは‥。
「イルカ先生、カカシ先生となにしてたんだ?」
率直に訊ねた。
イルカ先生はひくひくと顔を引きつらせていたが、「‥大人になれば分かる」と真っ赤になって答えた。
ははぁ、なるほど。
「恋人同士ってやつだなっ」
イルカ先生はますます林檎のように真っ赤になった。
本当はサクラちゃんの観察日記をつけるつもりだったけど、結局カカシ先生とイルカ先生のことになった。
別にいいけどさ、おれってばそんなに子供じゃないし。
でもでも、カカシ先生。
イルカ先生泣かせたら、おれが絶対許さないってばよ!
*
その後、三人の観察日記を受け取ったカカシは、イルカの家でぶーたれていた。
まさか自分を対象とされるとは。
子供ならではの鋭い視点に辟易するカカシは、最後のナルトの文章にふふっと笑う。
「もう別の意味では泣かせちゃってるけどね〜」
「なんですか?」
台所のイルカが聞き返す。
なんでもないですよーと返しながら、カカシは満足げにごろんと畳に転がった。
○ BACK ○
2004.03.25