□ かぐわしき人 前










「イルカ先生、オレちょっと任務に出ます」
 いつもと変わらぬ夕食後、食卓で寝そべって本を見ていたカカシがふいに言った。
 後片付けを済ませ、手を拭きながら居間へ戻ってきたイルカは、はあ、と気のない返事をする。
 カカシにそんな任務があったかな、とイルカは任務予定表を思い浮かべてみたが記憶にない。首を傾げていると、カカシが続けて口を開き、
「長期任務になりそうなんですよ」
 ぱたん、と本を閉じ、顔だけ向けてちょいちょい、と手を振る。
 暗黙の了解。横着な態度で膝枕を要求する相手に、イルカははいはい、とカカシの傍に座った。その膝にどっかりと銀色の頭が乗る。
「‥危険な任務ですか?」
 イルカは幾分声をひそめて聞いた。
「新米上忍を引き連れてAランクです」
「‥‥‥‥‥」
 どうりで任務予定表に載らないはずだ。
 Aランク以上の特別な任務は、暗部の指令同様、火影より直接与えられる。
「下手すると一ヶ月戻ってこれないと思うんですよ」
「はあ」
「それで、一つアンタの身につけてるものが欲しいんですが」
「‥‥‥‥‥は?」
「体臭が染みこんだものがいいですね。なんでしたら下着でも」
「‥何を言ってるのか分かりません」
「鈍いですね、イルカ先生。アンタ、浮気とかそういうの嫌いでしょ? そんな清廉潔白なアンタの為に、恋人カカシ、一ヶ月間綺麗な身体でいようと努力するんです。当然、たまった時は自己処理になりますし、そうなるとオカズがいるでしょ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ごん、と鈍い音が響く。
 膝に頭を乗せていたイルカは勢いよく立ち上がり、カカシの頭を落とした。
「馬鹿ですか! アンタは!!」
「痛いです、イルカ先生」
「そ、そんなことに使われると分かって、誰が渡しますか! 大体っ、誰が恋人なんです!?」
「あ〜、またその話ですか。アンタも懲りませんねぇ」
 真っ赤になって激昂するイルカに、身体を起こしたカカシはやだやだ、と肩を竦めた。
(‥‥‥この男は‥‥!!)
 イルカのこめかみに青筋が立つ。
 ―――出会い、強姦、強制同居、どれをとってもまともな恋人同士にはありえない経緯だというのに、人の良い性格につけこんで、平然とイルカの家に居座る男は、これっぽっちも自責の念は抱いていない。いっそあっぱれだ。
 最近、やっとカカシの理解できない人間性に免疫がついてきたというのに、
 言うに事欠いて―――オカズ。
「もう帰ってください」
「嫌ですよ。外寒いですし。明日出発なんで、今日はここに泊まります」
「‥‥‥明日‥‥ですか?」
 ずいぶんと急な話だ。
 気勢を削がされたイルカは少し眉をひそめた。
 カカシが任務について口にするのは珍しい。今までも、一週間、二週間は何も言わずに連絡をよこさない事があったが、任務であったことは言わなかった。
 わざわざ報告までする背景には、なにか大変な任務内容が隠されているのではないだろうか。
「‥‥‥‥‥‥」
「あ、もうひと押しですか」
 黙りこんだイルカに、カカシはにこっと笑った。
 腹黒い内意を見せない、爽やかな笑顔。
 イルカが自分の笑顔に弱いことを知った上での、おねだりの笑顔だ。
「ね、駄目ですかね?」
 しかし、覗き込む色違いの双眸の奥には、欲の焔がちらちらと見える。
(‥‥‥結局、自分の思うとおりにするくせに)
 悔しい。でも、
 手を握られ、引っ張られたイルカは抵抗できなかった。





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