□ オオカミは歌う




第8話









 封印の加算はイルカの身体に負担をかけたようだ。
 いい夢も見れなかったのか、起きぬけに激しく咳き込んだ。
 術の経過も見たいので、その日は休ませることにしたが、大丈夫だと健気な姿を見せるイルカに、
(はっきりさせておこうか)
 カカシは、恋人になろうと告白をした。
 できるだけ近い場所にいるにしても、本人の承諾無しでは効果は薄い。
 イルカ自身にも、自覚してもらわなくては。
 あわあわと慌てるイルカが面白かった。全身で好き、と表してて、今更何を恥かしがるのか。
(拙さそうだもんね)
 伽の経験は、まさか無いとは言わないだろうが、少々疑わしい。
 そもそも、性欲という言葉はイルカには無縁に思えた。
 嬉しい、と呟いて、甘えるように肩に額をこすりつけてくるイルカに、
 ――悪戯心が芽生える。
 この野暮ったい男がどんな顔を見せるのか、見てみたい。
 イルカは、簡単なキスであっという間に陥落できた。
 下腹部に手を侵入させると、さすがにもがいたが、大きな抵抗は見せない。
 調子に乗ってそれに触れると、どくどくと静かな興奮を見せている。
 愛撫を施せば、腰を揺らして唇を噛み締めた。声を堪える顔は真っ赤で、
(悪くないね)
 必死に隠そうとする姿も嗜虐心をそそる。
 普通の癒し系かと思えば、こっちの方面でも、イルカは十分に満たしてくれそうだ。
 いや、もしかしたら、まだ知らない顔を持っているかも知れない。
 全部見たい。
 考えたら実行していた。
 拙い淫技でもあっという間に限界まで達したイルカの大腿を、わざと大きく広げさせた。
 すべてを晒す姿に、羞恥に震えるイルカは声を上げて達する。
 イルカの声に引きずられるように、
(‥やらしー)
 カカシもまた、予想外に情欲を煽られた。
 ちょっと悪戯するつもりが、逆に誘われた形となった。無論、イルカにそんなつもりはないだろうが、
 喉を震わせて呼吸をするイルカに、カカシはまぎれもない情欲を感じる。
(‥普段が普段だけに、喘ぐと別人)
 おまけに、自分は出さなくていいのかと、困った顔で見上げてくる視線。
 出しはしますが、アンタの手淫じゃ無理。
 ――とは口に出さなかったが、
 封印をかけ直したばかりの体に、あまり衝撃は与えない方がいい。
 せっかくの術が台無しになる。
 どうせやるなら、全部いただくつもりだし。

 後のお楽しみにしよう。








 翌日、家に暗部が数人訪れた。
 またイルカの監視を引き受けると言うが、
「能ナシはひっこんでなよ」
 カカシは申し出をすげなく却下した。
「うちの忍犬に任せた方がまだいいよ」 
「なに‥‥‥っ」
 息巻く相手は、ツルギの命日にイルカの監視をかってでた男だった。
「お前、わざとイサヤと中忍に接触持たせたでしょ」
「――あの男は、消した方がいい」
 鼻息の荒い仲間を押さえ、別の暗部が仲裁に入った。
「カカシ。お前は少し、あの中忍に深入りしすぎている」
「駄目だよ」
 カカシはすっぱり言い切った。
「ウチの狐子が暴走するでしょ」
「本当にそれだけか?」 
 仲間に押さえられた男が射竦めるような視線を向けてくる。
 のどかな朝に戦慄が走り、一瞬血が降るのかと思われたが―――、
「やめろ。今は仲間内で争そっている場合じゃない」
 冷静さを失わない他の仲間がうんざりした声を出す。
「イサヤはどうしても捕獲しなくてはならない。しばらく泳がせるのは計画の内だ。イサヤは影分身が達者で、本体はなかなか捕捉できない。だから、うみのイルカとの接触は必要なことだ。現に、イサヤとの距離は近づいてきている」
「‥‥‥それで?」
「イサヤと会って話したことを、中忍から聞き出せ」
 簡単に言うものだ。
 カカシは内心毒づいた。
 要するに、この者たちにとってイルカという存在は、厄介者としてしか映っていないのだ。
 本当ならば、一年前にツルギもろとも消し去りたかった秘密を知る外部者。
 いくら冷静な態度を気取っても、内心では余裕は少ないだろう。
 全員崖っぷちに立っているのだ。
 反論を許さない仲間たちの態度に、
「‥はいはい」 
 カカシは生返事をした。
 言われずとも、仲間の破滅が自身の破滅であることは重々承知している。
 一年前に負った罪は、全員同じ。
 どれほど意見が食い違おうと、焼けた村にいた暗部たちは一同、

 一蓮托生なのだ。






 その日は、わざわざアカデミーまで出迎えに行った。
 力無い足取りで帰宅するイルカは、予想通り肩を落としていた。
 聞かずとも、頭の中の混乱ぶりが見える。
 イサヤからどれくらい話を聞きだしたかは分からないが、待っていたカカシに対して警戒を見せた。

 ―――いつもなら、喜んで尻尾を振るくせに。

 手前勝手な苛立ちを抱きながらも、
 カカシはなるだけ、いつも通りの笑顔を振舞って見せた。
 イルカの緊張は少しずつほぐれてきたようだが、
 その心に疑心が芽生えてしまっているのは一目瞭然だ。
(かわいくないね)
 イサヤとの接触を許すのは、カカシにとって面白くない。
 他の男の言葉に左右されるこの男が腹立たしい。従順すぎるのも程がある。
 人懐っこい犬は好きだが、なにより必要なのは―――忠誠心だ。
 アンタのことは全部分かっているのだと、その身体を押さえつけて思い知らせてやろうかと思ったが、その日は大人しく帰ることにした。
 明日、きっとまたイサヤは接触を図るだろう。
  

 ―――イルカは、どちらを選ぶだろうか。


 親友の弟と、畜生の男。
 客観的に見れば、非業の死を遂げた親友を取るだろうが、イルカは愛情深い人間だ。
 ぎりぎりまでカカシを信じるか。

(――だって、オレのことも好きだもんね?) 

 慎重に選ばせたいと、カカシは思った。

 自分はあまり寛容な飼い主ではない。
 尻尾を振るなら撫でてやるが、
 噛み付くならば、

 ―――息の根を止める。







  ***







 翌日のイルカは、昨日よりさらに警戒心に満ちていた。
 イサヤから、話はあらかた聞きだしたらしい。
 強張った相手の身体に舌打ちが出そうになった。
 喋れば―――もっと優しくしてやったのに。
 頑固に沈黙を貫くイルカの身体を、カカシは抱いた。 
 喘ぐ身体を組み敷いて、全部自分の物にした。それなのに、
 なんて頑ななイルカの心。
 思い通りにならない苛立ちに、黒い炎が生まれ、
 このままじゃ死ぬよ、と直接的な言葉を、カカシは吐いていた。
 わざわざイルカの疑心を本物にしたが、


 驚愕を滲ませた目は、それでも――カカシを信じたがっていた。
 イルカがこぼす涙に、カカシはため息が出そうになる。
 
 ――――そんなにオレに惚れちゃって、アンタどうすんの? 

 生憎、生まれも育ちも外道だ。イルカの信頼に応えられる人間じゃないし。猫を被っていたとはいえ、それを見抜けなかったイルカ自身にも罪はあるはず。
 イルカはつくづく見る目がない。
(可哀相。かわいそうな人だ)
 このまま無理矢理話を聞きだすことは可能だけど、
 仕方がないから―――


「もう一回だけ。チャンスあげますよ」






 これ以上の封印に上乗せは危険だった。
 術を施すカカシの額にも汗が滲む。集中を解けば、イルカの脳に多大な負担がかかる。
 写輪眼の多用で左目が痛んだ。

 無事に終わって、やっと寝息が楽になったイルカに長嘆が出る。
 どうしてイルカから情報を聞き出さなかったのかと、暗部仲間から詰め寄られるだろうが。
 うるさいよ。
 これはもうオレの所有物なんだから。
 イルカの横に転がると眠気が襲ってくる。隣から香る石鹸の匂いが心地いい。


 翌朝は、あわあわと狼狽するイルカが寝台から落っこちた。
 情事後の状況に真っ赤になるイルカに、自然と笑みがこぼれる。
 ああ、久しぶりのイルカ先生だ。
 もう一回、とじゃれついたが、すげなく却下された。真面目なイルカ先生は今日もアカデミーへ出発する。
 しかし、今度はもうイサヤとの接触は許さない。忍犬を総動員させても、
 暗部の仲間にも、口出しはさせない。

(‥‥オレ、なにやってんだろうね)

 当初の目的など何処へ行ったのか。
 こんな野暮ったい男に、いつのまにこんなにハマっていたのか。

「―――イルカ先生、キスしよ?」

 ふざけて聞くと、イルカがじっとこちらを見る。
 なんだか心配そうな顔だ。そんなに疲れた顔でもしてるかね。

 しかし、そっと口づけてくれるイルカに、まあいいかと思う。
 暗部たちには、自分が話をつけよう。
 正直気乗りはしないが、
 
 ――あかのイサヤ。
 オレが見つけ出して、始末をつけてもいい。








 ***








 任務の間を抜けて、カカシは仲間たちと向き合った。
 いまだ話を聞きだしていないカカシに罵倒が飛ぶかと思われたが、
 面の男たちから聞かされた話は、
「中忍にかけた術は解かれたぞ」
 面白くない話だった。

 イルカは、昨日の内に、自分の机に仕掛けを作っていた。
 記憶を封じる記憶に対抗する、自身への暗示。
 見かけによらず、用意周到なことだと、カカシはため息が出た。

 ―――やっぱ駄目か。

 落胆は大きい。
 昨日の苦労は水の泡だ。
 それほど拘るか。
 歩く先には苦痛しかないと言うのに。
 あのイルカに、親友を振り払えというのは無理なのか。
「‥中忍から情報を聞き出せなかったのはお前の責任だ。否定する気はないな」
 やる気のないカカシに、男ははっきりした言葉を要求する。
「あかのイサヤを狩る作業に全面協力するか」
「‥いいよ。ただし、」
「中忍には手を出すな? とでも言う気か?」
 嘲笑うような声が他から響いた。何かあればすぐにからんでくる男だ。
「写輪眼のカカシともあろう男がっ、同性にここまで骨抜きにされるとはなっ、滑稽な話だ。もう他に道はないってのによ!」
「挑発はやめろ」
 珍しく反論しないカカシに、他が男を制した。 
「イサヤを狩るにはカカシが必要だ。――‥‥‥だがカカシ。中忍には今、別の仲間を監視につけてある。お前の忍犬は下がらせてくれ。‥我々はもう失敗はできないんだ。今度こそイサヤを捕獲し、抹殺する」
 言葉には、暗にイルカの死も含まれていた。
 つまり仲間の内では、イルカの死はすでに決定事項なのだ。
 場に沈黙が落ちた。
 その場にいる全員が、カカシの言葉を待っている。

 記憶操作の術は、もう加算できない。
 とっくに限界を越えているし、次は死ぬ。

 どうしてそう、
 死へとまっしぐらに走っていこうとするのか。

 その道へ走らせているのが自分だと自覚しながらも、カカシはため息を押さえられなかった。これ以上の思考は無意味だ。
 忍の世界はいつでもごく単純。
 善と悪。表と裏。信頼と裏切り。
 カカシは頭を掻いた。

「噛みつくなら‥仕方ないね」 

 必要なのは、忠誠心。
 望めないなら、死の眠り以外与えられない。




 カカシの言葉は、全員の意見をまとめた。
 面をつけた男が見渡して、静かに告げる。

「接触の時を押さえ、うみのイルカ、あかのイサヤ、両名の暗殺を決行する」








  ***






 
 次の日、イルカについた監視役を追っ払った。
 イルカと話がしたかったし、協力を約束した以上――計画に支障を出すつもりはない。
 もう猫を被る必要もなかったので、帰宅するイルカをさっさと家へ案内させた。
 イルカは大人しくしていたが、予想と反して足取りはしっかりしている。
 本性を見せても、変わらず踏ん張っているイルカが少し意外だった。
 正直、もっとおたおたするかと思ったが、意外に肝が据わっている。
 が、頭はやはりよくない。
 イサヤの情報を喋らないかと仕掛けたが、無駄な労力だった。
 アンタを殺すのはオレだと脅して、服従しろと言ってみても――猛反発。 
 本当に融通のきかない男だ。
 どうしてツルギは死んだのか、と詰め寄られ、腹立ちも限界に来る。
 ツルギ、ツルギ、ツルギ。

 ―――――その名前にはもううんざりだよ。






 寝台へ放り投げた。
 優しい抱き方はできないし、するつもりもない。
 首筋に食らいついて歯を立てた。
 あたたかい体温。勿体無い。どうしてわざわざ冷たくしなくてはいけないのか。
 腕の中で涙をこぼすイルカに、よく泣く男だと思う。
 甘えて縋りつくくせに。
 差しだした手を拒否する。
 最初は、単純な男だと思っていたのに、
 今では世界で一番理解できない生き物ですよ。
 アンタは。








  *** 








 その日は、仕事を休んでずっと一緒にいることを強要した。
 自分は元よりサボる気だったし、傍にいれば監視も楽だ。
 イサヤとの接触を妨げるわけにはいかないが――、
 しばらく一緒にいたいと、そんなことを思った。 
 午前中はごろごろ無駄に時間を潰していたが、午後はイルカの提案で買い物に出かけることになった。
 めんどくさかったが、そろそろ仲間から連絡が来る頃だろう。
 聞きたくもなかったが、イルカに少しは外の空気を吸わせた方がいいと外出する。
 外に出て少し後悔した。
 空は今にも泣き出しそうだ。雨の匂いが風に流れる。
 雨はよくない。
 むしろ嫌いだ。
 ―――面白くない記憶を思い出すから。




 高台にさしかかると、案の定仲間からの接触があった。
 林に潜む気配に、イルカにベンチで待つように指差す。
 返答も聞かずにさっさと立ち去ったが、イルカも暗部の気配に気づいているだろう。
 姿を晦まされるかも、という心配はしていなかった。
 もはやイルカには、自分の他にも四六時中、何かの監視がつけられている。
「――なに?」
 林に入り、仰いだカカシが鬱陶しげに尋ねると、
「明日、イサヤが里へ潜入するとの情報だ。しばらく中忍の監視から外れろ」
「‥あ、そ」
 じゃね、と踵を返すと、
「カカシ」
 別の茂みから声をかけられた。
「お前、ちゃんと始末をつけろよ。躊躇いがあるなら、俺が引き受けるが?」
「冗談。能無しに仕事取られるほどなまってないよ」
 痛烈にやり返すと、歯噛みする気配が伝わってくる。
「俺は‥ツルギの奴も仕留めたぜ?」
「だから?」
「俺に殺らせろってんだよ。――俺は、能天気な偽善者をぶちのめすのが大好きなんだよっ」
「‥‥あ、そ。黙ってろよ、アホ」
「てめ‥‥‥っ」
「――いい加減にしろ。作戦前にもめるな!」
 くだらない。
 もともと罪を軸として繋がったチームだ。
 自分を含めて、反吐が出て当然の奴らばかり。
 ―――そう改めて考えれば、

 あかのツルギは、本当に場違いだった。 

 いつだって忍の世界は闇。
 正直者は、重宝されるか邪険にされるか、二つに一つだ。
 初めてツルギを見た時、
 この男は長生きできないと、確信していた。
 正義感を隠そうとしない男に、過去、カカシは一度だけ警告を発したことがある。

 アンタ、このままだと死ぬよ。

 目隠しの状態で闇へと立ち向かう男にらしくもなく忠告したが――効き目はなかった。
 村の全焼の件以来、ツルギの眼は死を覚悟していた。
 自ら死ぬ未来を受け入れてしまった以上、行き着く先は死のみだ。
 忍の世界はシンプルだと忘れたのか。

(‥‥やめた)

 カカシは頭を振って思考を止めた。
 まだ後ろで難癖をつけてくる声を無視して、林を出ようと歩き出す。
 雨の匂いは、一年前のことを思い出させる。
 あかのツルギが死んだ夜も―――雨が降っていた。









 高台に戻ると、イルカの様子がおかしいことに気づく。
 不自然の理由は分からないが、じっと見詰めてくるイルカの眼差しに、つい視線を逸らした。
 真っ直ぐな視線は、苦手だ。
 買出しに行きましょうと、先に歩き出す。
 大人しくついてくるイルカは、急に初めて会った時の話を始めた。
 そんな話など、今の状況に話したいわけではないだろうに。
(‥なんだろうね)
 やはり様子がおかしい。
 考えても分からないので、聞き出してみようかと考えていると、

「カカシ先生、俺のこと、好きですか?」

 突然の質問だった。
 おまけに、内容もおかしすぎる。

 聞かれて、カカシは率直にアホかと思った。
 んなわけあるかと、思わず笑い出しそうになったが、

「―――――俺は、あなたを愛しています」

 次の言葉は、それ以上に強烈だった。
 それこそ、息を忘れるほど。

 正気か、この男は。
 よくそんな陳腐な言葉を、恥かしげもなく。
 自分の今の状況をわかっているのか。
 能天気で平和ボケした、可哀相なほど馬鹿で、無敵にかわいい人だ。
 だから、

(やっぱ、死なせたくないかも)

 少しだけそう思った。
 愛する男の手にかかって死ぬこの男が、あまりに不憫だったから。
 もう一度だけ。チャンスをあげてもいいかも知れない。
 オレの言うことを聞くのなら。

 いい子にしてくれ、と笑顔とふざけた口調で言ったけれど、
 暴露する。
 内心では必死だった。
 
 ――――頼むから服従してよ。
 そうすれば、アンタはオレのもんだから、


 全身全霊をかけて守ってやるのに。









 いりません。お別れです、とイルカは言った。
 聞き間違いかと思ったが、どうやら本気らしい。
 は? と呆気に取られていると、

 あの時、何を歌っていたのかと聞かれた。


 ―――あの歌。
 
 言われてすぐに気付いたカカシは、身体を硬直させた。
 全身に緊張が走り、押さえきれない殺意が走る。

 イルカは聞いていたのか。
 意識は無いと思っていたのに。
 ――なんという恥。
 今すぐ、その恥を消したい。
 イルカの命を消してでも。

 あの歌は、

 一年前の雨の日に流れたもの。
 









 闇に降る雨の中、ツルギは血に塗れて倒れていた。
 仲間たちの制裁を受け、もはや虫の息だ。
 カカシは直接関わっていなかったが、止めもしなかった。
 忠告はしたし、それでも突っ込んでいったのはツルギ自身だ。
 一度仲間になった以上、裏切りは死をもって償うのが掟。
 泥に放置されたツルギの傍に、もう一人無傷の男が倒れている。
 ツルギと共に行動していた中忍だが、意識はない。
 カカシはため息をついた。
 無残に切り裂かれたツルギ。手当てをすれば、もしかしたら助かるかも知れないが、それは出来ない。 
 完全な死を見届けるのが、自分の役目だ。
 雨は止まない。
 血は乾かず、交わって流れ出る。
 死後を確認したら、死体処理班に報告して片付けてもらえばいい。
 男の死は都合良く偽造されるだろう。
(‥‥‥アホだね) 
 正直者で嘘のつけない、忍には向かない男。
 だが、里を愛する気持ちは本物だった。
 哀れな男だ。
 里を守って戦地に散るならまだしも、味方の手にかかって泥にまみれて死ぬ。
 こんな死に方は、心底不本意だろう。
 暗部に関わらなければ。
 


 歌なんて知らない。
 歌ったこともない。
 だが、いつだったか仲間の葬式でうたわれていた歌がある。
 カカシは思い出しながら、小さく口ずさんでみた。
 歌詞なんてろくに覚えていない。
 メロディも分からない。
 だがせめて、
 物ではなく、人として。
 少なくともあんたは、オレたちとはもっと別の、上の方へ行く。
 だから魂だけでも、

 ――――この闇から逃げろ。


 完全に息をしなくなった死体を見下ろし、
 カカシは雨空を見上げた。
 自分を思い切り嘲笑ってやりたい気分だ。


 外道が歌う鎮魂歌など、
 ―――――いったい誰か聞くものか。











 そう思っていたのに、
 まさか、聞いていた人間がいたなんて。
 恥が漏れていた。
 よりによってイルカという人間に。

 いっそ殺してしまおうか。

 殺気が剥き出しになるが、イルカは無防備な背を向けた。
 歩き出そうとする背に、

「――――行けば、すべてが終わりですよ」

 強い声音で告げた。
 すべてが終わり。言葉通りだ。

 なのに、この男は。





「‥いいえ、すべてのはじまりです」

 そう言って振り返り―――笑った。





 お見それしましたよ。














 一人になると、皮肉にもポツポツと雨が降ってきた。
 うんざりだ。
 また、血と泥に埋もれた死体を見なくてはならないのか。
(しかも、それを作るのはオレだしね)
 残念だ。
 実直で人を疑うことを知らないイルカは、最後まで変わらぬ好意を見せ続けた。
 阿呆な子ほど可愛いと言う。
 心の中では嘲っても、イルカを愛でる気持ちは本物だった。
 だが、
(‥‥‥やるしかないか)
 この後、一人になったイルカは泳がせる手筈となっている。
 ツルギと合流した所で―――今回の騒動は決着を迎える。
 なんとなく、クナイを持ってみた。

 ――イルカの血は、きっと熱いだろう。

 それが掌についた時のことを考えて――それもいいかも知れないと思う。
 オレに、強烈な愛の言葉をくれた人間。
 その命。
 この手の中で実感したい。



「‥‥‥因果応報か‥‥‥」





 雨は次第に強くなる。
 ―――――明日もまた、雨だろう。










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