□ オオカミは歌う




最終話









「来たみたいですね」
 雨で視界は悪く、肉眼では確認できないが、獣の咆哮と人の気配が森にざわめいていた。
 赤虎制圧に、火影の編成した暗部隊が入り込んできたのだ。
 先にうろから出たカカシが、雨に目を凝らし、「まとまった数が真っ直ぐこちらに来きますよ」と警戒を促した。
「‥彼らですか」
「ええまぁ。ぶっちゃけると、わざと足跡残してきてるんで」
 カカシは悪びれない声で暴露する。だが仕方がない。
 さっきまでは、本当にイルカを殺すつもりだったのだから。
「‥‥よけいな事しますね」
「や、すみません」
 素直に認め、カカシは頭を掻いた。
「とりあえず、イルカ先生。オレはアンタ側につきますけど、自分の身はなるべく自分で守ってもらえますか。ま、オレが一番強いですけど、相手は無駄に数が多いので」
「足手まといになるつもりはありません」
 きっぱり言い切り―――「でも」、とイルカは続けた。
「彼らを一人も殺さないでください」
「‥は?」
「イサヤにある人の迎えを頼んでいます。戻ってくるまで、誰一人、命を失わせてはいけません」
「‥‥いけません、ってねぇ。アンタ」
 苛立ちを隠さず、カカシはうろの中のイルカを振り返った。
「ばーかですか。上忍クラスの忍が争そって、死者が出ないわけないでしょ。それはオレに死ねって言ってるようなもんですよ」
「‥‥‥あなたに死なれたら困ります」
「オレだって困りますよ。―――‥‥ちょっと、そういう縋る目をしても駄目ですよ」
「途中で問題が起きなければ、すぐ戻って来れるはずなんです。それほど長い間では‥」
「‥んなこと言ってもねぇ」
 カカシは肩越しに振り返り、そこに降り立った数人の暗部にため息をついた。
「向こうは殺る気満々ですよ」
「―――カカシ」
 仮面越しに、怒気を孕んだ声が響く。
「どういうことだ。始末しろと言っただろう」
「オレに命令しないでよ」
「どういう意味だ。まさか裏切る気か?」
「そうなっちゃったねぇ〜」
「ふざけたことを‥‥‥」
「だから言っただろ!」
 猿の面をつけた別の暗部が叫んだ。
「こいつは裏切るってなっ。構うことはないさ。両方始末すればいい」
「待て。先走るな」
 対峙する写輪眼の男の実力は、全員深く心得ていた。
 戦えば、双方ただでは済まないが、
「――カカシ、もう一度問う。我々を裏切るか」
「裏切るよ」
 即答だった。
 何の呵責もないカカシに、男は歯軋りをした。その思いは、全員同じだ。
「‥‥‥‥‥では仕方がない」
 決断の声は重い。
 一瞬にして周囲に張り詰める殺気に、イルカは知らず身震いをした。
「‥ね、イルカ先生。呼んでるって誰?」
 額宛に手をやり、写輪眼を露にしながらカカシが問う。
「‥罪の鎖を断ち切るために必要な人です」
「‥‥ま、いいですけど。やっぱり殺しちゃダメですか」
「カカシ先生の腕を信じています」
「お伊達にゃ乗りませんよ。‥‥‥が、努力はしましょう。向こうも死に物狂いです。すぐには死んでくれないでしょ。‥‥よっと」
 カカシは、胸元から取り出した巻物で忍犬を呼び出した。
 囲むように出現する忍犬たちに、
「お前ら、イルカ先生についとけ」
「‥‥カカシ先生‥‥‥っ」
 大事な忍犬をサポートにつけるカカシに、イルカは反発するように声を上げたが、
「ごちゃごちゃ言わず受けてくださいよ。ここでアンタが死んだら、オレ本当に馬鹿でしょ」
「‥‥‥‥‥‥っ」
 言葉の内容は配慮によるものだったが、口調は脅しじみていた。
 すでに足手まといになってる自分に、イルカは唇を噛み締めたが――それが実力の差だ。
 イルカを庇うように立ち塞がる犬たちが、一斉に牙を剥きだして唸る。
 戦いの開始を告げる声は、カカシ。

「じゃ、まぁ‥‥‥やりますか」










「‥‥はぁ‥‥っ、ちょっと待ってくれ‥‥っ」
 樹木の枝に降り立ち、イルカは隣に着地する犬に停止を促した。
 暗部たちとの戦いが始まると、場は入り乱れた。敵の攻撃を避けることに精一杯のイルカは、どんどんカカシと離されてしまった。あまり離れすぎるのもまずいが――、
「犬が‥‥足りない‥‥っ」
 カカシのつけてくれた忍犬の数が足りなかった。
 ついていろ、と命令された忍犬は、己たちの判断で暗部たちと交戦している。
 だが、いくら鍛えられた忍犬とはいえ、相手は現役の暗部だ。
 ―――誰も殺さずに。それは、犬であっても例外ではない。
「‥‥‥っ」
 殺気が背に走った。
 咄嗟に身を翻し、刀の一閃を避けたイルカはそのまま地上へ落ちる。足を踏み外したのではなく、その場に煙幕を残したイルカは、土に隠したトラップを作動させた。
 殺虫剤をかけられた虫のように、煙の中から暗部の男が落ちてくる。
「‥‥‥ぐ‥‥‥っ」 
 トラップによって降り注ぐ針の雨を、男は避け切れなかったようだ。針先には、強力な麻酔が塗られている。暗部用に、限界を越えてたっぷりと。
 動かなくなった男を確認し、イルカはすぐに移動を始める。
 圧倒的な実力差は、トラップでカバーする他ない。先に森に入ったイルカには、地の利が与えられていた。
 しかし、大抵の罠は先に見破られている。何度も通じる不意打ちではない。
(‥‥‥?)
 疾走しながら、イルカは周囲の敵の数を把握する。
 感じ取れるだけでも――相当な数だ。
 どうやら敵は、イルカに的を絞ってきたらしい。
 サポートの忍犬は、すでに三匹になっている。
 これだけの暗部の殺意の中を走りぬけ、イルカの筋肉は悲鳴を上げた。 
 紙一重で避けているはずなのに、木々から飛んでくる刃はイルカの身体を傷つける。
 雨は止むことを知らず視界を遮り、一瞬のまばたきの遅れに、
「‥‥キャン‥‥ッ」
 忍犬の叫びが響いた。
「あ‥っ」  
 動作の鈍ったイルカを庇うように、目前に飛び出してきた忍犬がクナイの刃を受けた。
 そのまま煙に包まれて消える忍犬に、イルカの足は止まる。振り仰げば、
「――――」 
 イルカを取囲むように暗部たちは集結していた。
 一斉に放たれるクナイの雨。―――避けられない。
「‥‥っ」
 衝撃があった。
 身体にびりびりと響き、イルカは泥の匂いを嗅ぐ。
「カ‥‥カシさん‥‥っ」
 地面に突き倒されたイルカは、自分に覆い被さるカカシの姿に悲鳴を上げた。
 血の匂いが鼻をつく。カカシは、背にクナイの攻撃を受けていた。
 ―――自分の身は自分で守れと言ったくせに。
「‥‥さん付けもいいですね。これからはそう呼んでください」
「馬鹿言って‥‥‥っ、どいてください‥‥!」
 また音を立てて、クナイがカカシの肩に刺さった。
「‥‥どけ‥‥‥っ」
 離れようともがく身体を、カカシはしっかり抱き込んだ。
「‥うるさいですね。たまには大人しく守られてくださいよ」
 男のぼやきに、イルカは涙がこみあげそうになった。
 けして、この男に盾になって欲しいと望んだわけではない。
 自分の為に誰かが傷つくなんて。
 だが、自分にそんなことを言う資格はないのだ。赤虎を利用し、カカシを抱きこんだ。傷つけ、傷つけあうことを承知で、真実を求めることを決意したのだから。
「‥‥‥っ」
 襲い掛かる男たちの影に、イルカは指笛を吹いた。
 森中に高く響いた音は、すぐに別の気配を出現させる。
「‥‥赤虎‥‥‥っ」
 暗部たちの動揺の声が上がった。
 殺意に満ちた空気に、今まで姿を見せなかった赤虎たちが、突然姿を現したのだ。
 襲い掛かってくる虎たちに、男たちの陣形は崩れる。
「‥‥アンタ、本気で獣使い‥‥‥?」
 クナイを引き抜きながら、カカシが呆れた顔をした。
「逃がす時に、暗示をかけたんです」
「‥なるほど。抜け目がないのを忘れてました。それと、トラップの数も多すぎませんかね。どれも悪質で、ちょっと引っかかりましたよ」
「引っかかる方が悪いです」 
 カカシの身体を支えると、掌にべっとりと血がついた。平気なふりを見せるが、負った傷は深いはず。血の量に青ざめると、
「オレは負けるのが嫌いだって言いましたよ」
 念を押すようにカカシが繰り返した。
 尻尾を垂らすことを許さない狼に、イルカは唇を引きしめる。
 言われなくとも、
「負けるのは、俺も嫌いです」
 無論、あの時の言葉も嘘じゃない。
「イサヤも、俺たちも、これからが始まりです」
 赤虎たちと交戦する暗部たちを見詰め、
「そして――彼らも」
 イルカは凪ぐ心を落ちつけた。多くの気配がここに集結しつつある。
 周囲を見渡せば、いつまにか虎狩りの忍たちに囲まれていた。
 これだけの騒ぎを起こせば、無関係な他の忍たちも異変に気づくだろうが、彼らの集結は意図あることだった。
 イルカはもう一度指笛を吹く。
 赤虎たちは身じろぎし、獰猛な唸りを静めると、各々森の奥へと消えていった。
 そして、代わりに姿を現したのが、
「‥‥火影さま」
 暗部を従えた、老人の姿だった。
「‥アンタ、呼んでくるって言ったの、火影様ですか」 
 立ち上がったカカシが尋ねるが、イルカは肯定はしなかった。
 首を振ったイルカが視線を転ずると、木々の間からイサヤが姿を現す。
 イルカは、青年が手を引く老婆に、深く頭を下げた。
 それを見たカカシは―――老婆の顔に少し息を飲む。
「‥‥‥生き残りがいたのか」
 うめく様な、つぶやきだった。
 そう――生き残り。
 イルカは火影を振り返り、宣言した。
「証言します。‥あかのツルギの意志。そして、夕の村の全焼の真実について」
 佇む火影は、静かに頷いた。











 数年前から、イルカは親友のツルギから暗部の内情についてそれとなく聞いていた。
 真っ正直な人間であるツルギは、暗部の存在の虚しさに迷い、
 そして、夕の村の全焼。
 真実を見出せなくなったツルギは、己の死期を悟った。
 そして、死の直前、ツルギはある秘密をイルカに託した。
 ―――夕の村の生き残りを、匿っていると。
 当初は数人いたが、毒の症状は重く、結局老婆一人が生き残った。
 比較的毒の症状は軽く、だが、年齢的な問題もあり、けして健康な状態ではない。
 人に感染する恐れが無くなった時点で、別の村へ移動させ、ツルギは密かに老婆の世話をしていた。
 しかし、己の死期を悟った時、ツルギはその秘密をイルカへと繋げた。
 けして、罪滅ぼしに彼女を匿っているのではない。
 老婆の夫も子供も孫も友人も親戚も、すべて焼き殺しておいてどんな贖罪があるのか。
 だが、つながった罪を切るのは、村の住人しかいない。
 記憶を思い出したイルカは、夜が明ける前に老婆と連絡を取った。
 そして、無理を承知で、木の葉の里へ―――彼らと会って欲しいと頼みこむ。
 よい返答を期待していたわけではないが、老婆は迎えのイサヤに応じた。
 長い時を生きた皺だらけの顔に、瞳だけは理知的に光っている。
 全員が、一人の老婆の行動に集中していた。
「‥私はあんたらが憎いよ」
 やがて、老婆はしわがれた声で語り始めた。
「大事な家族を焼き殺したあんたらが憎い。‥‥ずっとそう思っていたけどね、それしか方法がなかったんだろう? あの毒は、焼かなくてはきっと広がっていたさ」
 クナイを手にした暗部たちは身動きできなかった。
 あれほどの動きを見せた彼らが、まるで金縛りにあったかのように。
「ツルギってぼうやは、一度も許してくれとは言わなかった。でも、心の中ではずっと謝ってくれてたよ。深い罪悪感を抱いてね」
 老婆は言葉を切り、ゆっくりと全員を見渡した。
「―――あんたたちも、もういいんだよ」
 けして通る声ではないが、 老婆の言葉は深く皆の心に染み渡った。
「‥‥‥あぁ‥」
 何処からか、安堵のような声が漏れる。 
 やっと聞くことのできた許しに、一部の緊張が解かれていくのが分かった。
 イルカは、瞼の裏にツルギの顔を描く。
(これでいいんだよな?)
 すべては、ツルギが望んだこと。
 ツルギの望み。

 イルカ。
 俺たちは、みんな同じなんだ。
 同じように、許しを求め、
 闇の中であがいている。
 その罪の鎖を、断ち切りたい。
 みんな仲間なんだ。

 ―――それが、ツルギの意志。

 笑っていたツルギの笑顔は、もう見れない。けれど、きっとこれで満足してくれるはず。
 しん、と静まり返った森に、
「話は一通り報告を受けた」
 火影の声が響いた
「暗部隊、セズ、くれば、あおの、ジン、ヒノ、クダ‥‥、そなたらの身柄は一時拘束する。夕の村の全焼についての報告偽造と、証拠隠滅による関係者刺殺罪。後に裁判にて罪状を言い渡す。‥‥‥‥そなたらの罪はわしも背負う。だから、武器を捨てよ」
 静かな声は、抗うことを許さない冷厳さが込められていた。
 名を呼ばれた忍たちは、次々に武器を手放す。
 罪を突きつけられ、そして、許された。本当の罪滅ぼしはこれからだが、これ以上の戦いは無意味だと、誰もが理解していた。
 だが、
「‥‥納得いかねぇ‥‥」
 ただ一人だけ。
 猿の面をつけた男だけは、逆にクナイを強く握りしめた。
「俺は嫌だ‥‥‥っ。今更許しなど‥‥っ」
 視線は、全員を見渡し、最後にイルカに向けられた。
 その眼光が殺気を帯びる。
「お前‥‥っ。お前を‥‥、さっさと始末してれば‥‥‥っ」
 いつ飛び出してもおかしくない獣を前に、イルカは鳥肌が立つ。
 男は本気だった。咄嗟に身構えると、
「‥‥っ」
 その目前に、カカシが立った。
 イルカを背に庇うように、猿の面の男と対峙する。
 火影が「やめろ」と制止の声をかけるが、
「―――この男は駄目だ」
 カカシははっきりと告げ、クナイを構えた。
 出血で視界が揺らぐが、猿程度のこと、一瞬で息の根を止める。
 この男は駄目だ。
 許しも、慰めも受け付けないほど、闇の底へと落ちた男だ。
 取り押さえて生かすのは簡単だが、
 こいつはきっと―――いつかイルカに切っ先を向ける。
「今ここで、始末しておく」
 カカシの声と同時に、両者は動いた。
 刹那の時。だが、その間に入った影があった。
「やめて‥ください‥‥!」
 イルカが全身でカカシにぶつかり、その動きを止めた。
「もう‥‥、そんなことはしなくていいんです‥‥‥っ」
 カカシの身体は岩のように動かない。
 血の雨に濡れた体は氷のように冷たくて、鋼の筋肉はびりびりと緊張を含んでいた。
 この男を止められるのか。
 分からない。
 でも、
「‥俺にも‥‥あなたを守らせてください‥‥‥っ」
 泣きながら、イルカは必死に止めた。
 無様だ。自分は、いざという時、泣くことしかできない。
 せめて、雨が降っていれば誤魔化せるのに。
 雨はいつのまにか、上がっていた。
 ぎゅっとしがみ付くイルカに、しばらくの沈黙の後、カカシは両手を上げた。
「‥‥‥‥‥‥アンタには、まいりますよ‥‥‥」
 そんな、小さな声が聞こえたような気がした。
 猿の面の男は、他の暗部に取り押さえられている。
 重い雲が流れ、少しずつ光が差しはじめる空を仰ぎ、
 カカシは静かなため息をついた。








  ***







 最悪の状況へ向かうしかないと思われていた現状は、予想外にまとまり始めた。
 全てのきっかけは、ツルギの意志。
 イルカが思い出した記憶により、夕の村の生き残りが発見された。そして、同時に一年前のあかのツルギの死に関する真実も。
 火影の命令なく、個人の理由で理不尽な制裁を下した暗部の一部のメンバーは、裁判にかけられた。木の葉の戦力低下に繋がるが、否定できない証拠も揃い、放置しておくわけにはいかない罪だった。
 弟のイサヤは、無事に木の葉の里の忍として復帰でき、そして、あかのツルギに関しては、改めて正式な葬式が行われることになり、
 まさに今日、静かな式が始まっていた。




 黒服の集団が歩く姿を、カカシはぼんやりと高台から見下ろした。
 参加するつもりもなく、その資格もない。
 元暗部とはいえ、カカシも今回の件には深く関わっていた。彼自身もまた、罰を受ける対象人物となるが、カカシが受け持つ七班の存在と、イルカへの助力が認められ、罰は比較的軽くなった。
 だが、罰なんて、そんなことはどうでもいい。
(‥なんか気ぃ抜けた) 
 背の傷がまだ痛むが、任務に支障はない。だが、今は何もしたくなかった。
 罪の鎖は、一生自分を縛り付けるはずだと思っていたのに、解かれてしまった。
 猿の面の男は、今でも殺しておくべきだと思っているが、――その気持ちは分かる。
 今更許しなど。どの面下げてもらえばいいのか。
 だが、それは確かに自分たちには必要だった。
 落ちていくはずだった闇に光が差し、救われた者もいるが、
 その光を拒む者もいる。
「―――‥はたけカカシ上忍」
 気配は気付いていた。
 振り返ると、喪服姿のイサヤがそこにいた。
 この男と対峙するのは何度目か。幾度か、殺意を持って。だが結局、どちらも死ななかった。生きて向かい合う不自然さをイサヤ自身も感じているのか、少しぎこちない。
「‥俺は、夕の村の復興の手伝いに行きます」
「そう」
「‥‥式には、参加しないのですか」 
「オレが行っちゃまずいでしょ」
「兄は、‥‥きっと来て欲しいと思います」
「‥‥‥‥‥‥」
 参加を促すイサヤに、カカシは少し意表を突かれたが、
 でも、と言葉は続いた。
「俺は、あなたを許せません。これからもきっと」
 イサヤは何かを吐き出すように言った。
 少し震えてすらいる本音に、カカシは目を伏せる。
「それが正しいよ」
 こちらも本音だ。

 気配が立ち去ると、風が吹いた。
 白い花が、足元で揺れている。これは確か、葬式に飾られる花だ。








 葬式はすでに終わっていた。
 人気の無くなった慰霊碑に足を向けると、人影が一人。
 確認する必要もない。イルカだ。
 数歩ほどの間を残し、カカシは傍に立った。
 第十二演習場以来、イルカとは一度も顔を合わせていなかった。
 メンバー共々、カカシは隔離され、イルカ自身、赤虎を故意に逃がしたという罪があった。
 共に眠る間もなく、忙しく時間は回った。
 ツルギが本当に眠る場所が用意されて、やっと、静かに風を感じる時間が持てる。
 イルカは喪服姿だった。
 顔色はよくない。じっと慰霊碑を見たまま動かなかった。
 本当は、もっと早く会うことはできた。
 だが、カカシもイルカも、互いに避けていたような気がする。
 何を言えばいいのか。
 しかし、会ってみると―――不思議と言葉は必要なかった。
 無言で、イルカがカカシの傍に寄りそう。
 手を伸ばせば届くけれど、触れることはない距離。
「‥‥赤虎ですけど」
 ぽつり、とイルカが口を開いた。
「第十二演習場を住処にすることを認められました。元々隔離しておくには限界が来てましたし。‥ただ、繁殖は出来ないように手術は受けましたが」
「そりゃ痛い話ですね」
「死なないよりはましです。勝手ですが‥‥どんな形でも生きていて欲しい」
 イルカは空を見上げ、目を細めた。
「カカシさん」
「はい?」
「あの歌ですけど」
「‥‥はい」
「俺が死んだ時、うたってください」
「‥‥」
「もし、あなたより先に逝くことがあったら、どうかあなたの歌を聞かせてください。そうすればきっと、俺は寂しくない。死んでも、あなたを覚えていられる」
「‥死んだら、人間それまでですよ」
「それでもです。‥‥‥カカシさん。これが、俺の精一杯です」
 語尾が少し震えた。
 イルカの横顔を見て、ああ、と気づく。 
 これはイルカの―――精一杯の告白なのだ。
 二度と言わないと言った愛の言葉の代わりに、今わの際の鎮魂歌を望む。
 相変わらず、全身でぶつかってくる人だった。
 カカシは小さく息をはく。
「いいですよ。‥‥もし、アンタがこの先、オレを置いて先に逝ってしまうことがあったら、あの歌をうたってあげます」
 でも、
「その後にオレも逝きましょう」
「‥‥‥‥‥っ」
 息を飲むイルカは、身体を少し震わせ、
「‥‥それじゃあ‥絶対に死ねないじゃないですか」
 搾り出すような声で言った。


 イルカはカカシをずるいと思った。
 忍である以上、短命は宿命なのに。
 本当は、残すのも残されるのも、自分は嫌だ。
 
 できればもう一度聞きたかったカカシの歌。
 でも、その歌はきっとこの先、一生のうち一度しか聞けないだろう。
 聞きたい。でも、その時が来なければいい。
 イルカは涙を隠すように空を仰いだ。










 あの人が泣いている。
 強くて、でも、やっぱり脆い。
 泣き虫のくせに、オレを守りたいと叫ぶ人。
 ちっとオレの思い通りにならず、危なっかしく心臓に悪い。
「イルカ先生、こっち来て?」
 手を伸ばして、ちょっと引いた。
 イルカが望む愛の言葉を口にしないのは、けして悪意があるわけじゃない。
 関心がないわけでもない。
 これほど、オレを翻弄する人間はこの人しかいないのだから。 
 ごめんね。イルカ先生。
 でも、どう伝えたらいいのか分からないんだ。
 だけど、
「カカシさん。あなたは、俺を愛さなくてはいけません」
 肩口に顔を押し付け、「それが、あなたを繋ぐ新しい鎖です」くぐもった声で囁くイルカに、カカシは大きく息をつく。
 望むところだ。
 ああ、悔しい。己の鈍い感情が憎いよ。
 今こそ、喜びに声を上げて泣いてみたいのに。





 イルカが先に逝くなんてありえない。
 先に逝くなら自分の方だ。
 その時は、イルカにあの歌をうたってもらおう。
 そう考えると、この上ない幸せがカカシを包んだ。
 自分の下手な歌とは比べ物にならないほど、イルカの歌は穏やかだろう。
 オレを惜しんでくれるなら、それだけでオレの存在した意味がある。
 でも今は、このあたたかい体を実感していたい。
 この気持ちをなんて言うのか。
 言葉が浮き出てきた。
 勝手に口から出て、イルカの耳元に囁く。
「‥‥あなたは‥‥っ、いつもそんなことを急に‥‥‥っ」
 イルカは突然泣き出し、漏らす嗚咽に、抱き込む腕が自然と強くなる。
 雨は上がったのに、イルカは涙を落してばかりだ。
「‥‥‥アンタって、本当によく泣きますねぇ‥‥」
 泣き虫が引っ込んだら、まただらだらしたい。
 イルカと二人きりで。
 そう囁くと、イルカは泣き笑いを見せた。
 思ったとおり。

 その笑顔は太陽のようだった。


 







END











以上で、1234キリリク終了とさせて頂きます。
マチコ様、大変お待たせ致しました!(汗)
歌が下手、というリクに、当初はコメディの予定でしたが、
どこをどー間違ったのか、こんなシリアスで‥‥‥。
気に入って頂けたら嬉しいです。
リクエスト、ありがとうございました!








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