■ おそろしい手









(あられもないカッコしちゃって‥)
 風呂上りのイルカが、湯気をまとって出てきた。
 黒髪はしっとり濡れて、着替えやすいということで愛用している浴衣を着ている。
 当初はよく見た浴衣だが、最近はとんと見ない。なぜなら、脱がせやすいということでカカシが気に入ったからだ。
 それに気づいて以来、イルカは浴衣を箪笥の奥に封印し、目下ボタンの多い、肌の露出の少ない、はっきり言えば脱がせにくいパジャマを着こんで眠りにつく。
 それでも果敢に挑んでいたカカシだが、いかんせん今日は力尽きていた。
 立て続けの任務に、さすがに身体が限界を訴えていた。疲労で死にそうになり、ひとまず休息に帰ってきたが、正直歩くのもしんどい。
 おとなしく家に帰ればいいものだが、せっかくの休みを無駄にするわけにはいかない。イルカの家に直行し、風呂に上手いご飯を馳走してもらったが、
(ねむ‥‥)
 イルカが風呂に入っている間、横になってぺらぺらと愛読書をめくっていると、猛烈に眠りが襲ってきた。腹も膨れ、温まった体はいい具合だ。
 ――夜はこれからだというのに。
 眠ってなるものかと、カカシは気合を入れて抵抗した。
 そんなカカシの前を、久しぶりに浴衣を着たイルカが通り過ぎる。石鹸のいい匂いをふりまいて。
 イルカはどっかりと机の前に座り、なにやら本を取り出して勉強をはじめた。
 あぐらをかき、膝頭が見えるほど足が覗く。いつもなら絶対に見せない油断した姿。
 イルカは、カカシが疲労困憊している様子に、実にのびのびと過ごしていた。おそらく本来の家での状態なのだろうが、カカシの前で見せることはまったくない。
(‥何もできないと思って)
 カカシは忌々しげに、剥き出しの足を眺めた。
 確かに、今夜の自分は立ち上がるのも辛い。だが、それではあまりに情けないし、ここでなめられては上下関係にヒビが入る。
(ちょっと怖い顔見せれば、この人はなんでも言うことを聞いてくれる)
 惚れたのはカカシ。
 相手は真面目一本の堅物で、男と恋人同士なんて理解できるとは思えなかったから無理やり自分のものにした。
 脅しがきいたのか、想い人はすんなりと手の中に落ちてきた。
 だが気をつけなくてはならない。
 力や権力で縛ろうとする自分に、イルカは心の内で反感を抱いているはずだ。
 自分だったら、こんな上忍反吐が出る。
 しかし、今更他人に戻るなんて考えられない。
 憎悪でも何でもいい。イルカの心の中に棲むために、誰が支配しているか教え込まなくては――。
 愛読書を放り出し、カカシはずるずると腹ばいになってイルカの元へ忍び寄った。
 書物を広げていたイルカの背が少し警戒するように強張ったのが分かる。それでいい。無視されるよりずっといい。
 剥き出しの足にたどり着き、噛み付いてやろうと口を開けたが、ふとイルカの手が頭に伸びてきた。
 指が髪をまさぐり、頭を優しく撫でられる。
 その手が――あまりに気持ちよくて。
 カカシはうっかり瞼を閉じてしまった。
(‥人を、子供扱いして‥)
 それとも動物扱いか。
 とにかく、面子が丸つぶれだ。イルカに容赦ない現実を見せ付けてやるつもりだったのに。
 しかし、労わるように撫でるイルカの手がおそろしく気持ちがいい。
 ――駄目だ。降参。 
 うう、と恨みのこもったうめき声を上げて、カカシは心地よい眠りに落ちていった。










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