□ ラブ
雰囲気のいい飲み屋で、その話題は突然始まった。
「カカシ先生。俺、結婚するんですよ」
イルカは明日の天気を話すように言った。それまで他愛無い世間話に笑いあっていて、ちょっと突飛すぎたかな――と、片目を瞠るカカシにイルカは思った。
カカシは剥きだしの唇に当てていた猪口を下ろし、たっぷり十秒は間を置いて、
「…びっくりしました。そりゃすごい。イルカ先生にもとうとう春がきたんですね」
「ええ。おかげさまで」
大仰に驚くカカシに、イルカは照れ笑いを浮かべた。
「まだ誰にも行ってないんです。籍を入れるのは明日なんですけど、一番先にカカシ先生にお知らせしようと思いまして」
「そりゃまた、なんで。――いや、一番に選んでくれたことは嬉しいですが」
慌てて言い直すカカシに、イルカは口元に笑みを浮かべる。
「そうですね。こうして何度も一緒に飲みに来ていますが、カカシ先生は上忍で、俺は中忍。……そういえば、どういう関係なんでしょう。友達――と呼んでもいいのでしょうか」
イルカは少し緊張しながら相手の様子を窺うと、カカシは目を細めて笑った。
「そんなの、当たり前ですよ。上忍とか関係ないです。俺はイルカ先生のことを心の友と思ってますよ〜」
「ありがとうございます。嬉しいです」
イルカはほっと肩の力を抜き、破顔した。
「でも、一番に選んだのはそれだけじゃないんですよ。なんといっても、彼女と会わせてくれたのはカカシ先生ですから」
「へっ?」
「この間、カカシ先生が紹介してくれた女性ですよ。上忍の……」
「ええええ!!」
カカシは大きくのけぞって声を上げた。すぐに我に返り、
「ちょっとイルカ先生……。まさかあんたがそんな手が早いなんて。いや、お膳立てをしたのはオレですが。なんとゆうか……意外です。すごいですね。あいつは上忍の中でも一匹狼で、見目はいいですが人に心を許さない奴なんです」
「…ええ。最初はそうだったんですけど、話してみると素直で純粋な人だと分かりました。彼女の方も俺とまた会ってもいいと言ってくれて…」
「あれ? でもあんたたちを会わせたのは一ヶ月前ですよ!? それでもう結婚!?」
「はぁ」
イルカは顔を赤くし、頭を掻いた。
「俺も、ちょっと急ぎすぎかなとは思ったんですが、彼女がもうすぐ長い任務に出るので。その前に帰ってくる場所を作りたいと」
「――」
「あんな寂しい目で懇願されたら、どんな男だって断れませんよ。それに――俺も彼女のことを大事にしたいです」
目を閉じて、噛みしめるように呟くイルカに、カカシは驚きで伸びていた背を、くっと猫背にした。
「そうですか……。いやぁ……ほんとびっくりした。あいつの同僚はみんなオレと同じくらい驚きますよ。絶対」
「そうなんですか? 彼女は普通の女性ですよ」
「そんなことを平然と言うのはあんたぐらいですよ。あいつの戦場での勇ましい姿を見たら……いやいや、花嫁の悪口はやめときましょう」
すみません、と謝り、カカシはふいににっと笑った。
「なるほど。オレはキューピッドだったわけですね。それで一番に……なるほどなるほど。それじゃー美味しい酒もついで奢ってもらおうかなぁ」
「ええっ!? 上忍のくせに中忍にたかる気ですかっ」
「すいませーん」
「ああっ、やめてくださいっ。まだ給料日前なのにっ」
店員を呼ぼうとするカカシに、イルカは大慌てだった。
しかし、カカシがくすくす笑い出すと、つられてイルカも口元をほころばせる。
まるで少年のように、時々こうやってじゃれあう事が合った。
優しい空気がその場を包み、沈黙が訪れる。親しい間柄ならむしろ心地いい沈黙が。
沈黙は意外に長く続いた。
イルカは何杯目かの酒を飲み干した後、ふとカカシが自分を見つめていることに気づく。
「イルカ先生」
「はい」
「オレ、あんたのことが好きみたいです」
「……」
「今、気づいた。オレはあんたが好きだ。愛してる」
「…………」
イルカはすっと視線を落とした。俯くと、表情が読みにくくなる。
賑やかな酒場で、再び二人の席に長い沈黙が生まれた。互いに身動き一つしない。
やがて、
「……それで、今それを聞かされた俺はどうすればいいんですかね」
いつも快活なイルカの声とは思えない、低い呟きがもれた。
呟きは独白だった。イルカはすぐに立ち上がり、静かにテーブルに自分の分の金を置いた。
「イルカ先生……」
呼びかけるカカシの声も、どこかいつもと違う。僅かに焦りを滲ませていた。
全身で拒絶するイルカの背中は、誰も追うことは許されない。
友達と呼ばれたカカシも。
外に出ると、肌を刺すような寒さがイルカを襲う。
でも寒さなんて感じない。身体中が麻痺したみたいだ。
――オレはあんたが好きだ。愛してる。
脳裏によみがえるカカシの言葉に、イルカは皮肉に口元をゆがめた。
「……今気づいたって、なんだ」
鼻をすすると、こぼれた涙が地面に落ちた。
俺は、とっくの昔からあなたに恋していたのに。
今ごろ遅いですよ。
見上げると、銀色の月が闇で輝いていた。
まるで笑っているように。
カカシのばかやろう。
イルカは赤い目で睨み、心の中で毒づいた。
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