□ 偲ふ
偉大な忍が亡くなった。
木の葉の里を照らす慈悲深き炎が、里に降りかかった暗澹を払うために燃え尽きた。
人々は悲しみに暮れ、長の死を惜しむ。
供え物の数は尽きることなく、日が昇り、沈み、幾度繰り返そうと悲しみは晴れない。
深く沈む心の喪失感は、
長く人々の心に居座り続けた。
「――で、いつになったら、オレは構ってもらえるんですかね」
「‥‥‥‥‥‥」
職員室で明日のテスト用紙をまとめていたイルカは、後ろで嘯く声に眉を寄せた。
唐突な声だったが、振り向かなくても分かる。カカシだ。
「今日も三代目の家で泊まりですか」
「‥‥‥」
「木の葉丸も大分おちついたでしょ。今夜はオレと遊びましょう」
「‥まだ心配です」
イルカはぽつりとこぼした。
火影三代目。敬愛する祖父を失った木の葉丸の嘆きは深く、ろくに食事も取れないほど泣きじゃくっていた。不安定な精神状態を案じ、葬式の時もずっと傍にいたイルカは、その後も泊り込みで様子を見ていたが‥、周囲の励ましに応え、明日からアカデミーに登校する。
‥‥したがって、今夜はもう三代目の家に泊まる必要はないのだが、
(この人と遊ぶと‥‥‥疲れる)
カカシの言う”遊び”の意味をイルカはよく理解していた。だからこそ、返事に渋ったが、
「イルカ先生の貸し出し期限はもう終わりですよ。元あったところに返却してもらいます」
「なに言ってるんですか‥‥」
「木の葉丸にも言ってきましょう」
「やめてください」
イルカは即座に却下し、振り返った。
「‥‥今日は帰りますから」
「明日も休みとってください」
「え‥平日ですよ? 無理です」
「それでもべつに構いませんが、オレはアンタの為に言ってるんですよ」
「‥‥‥‥‥‥」
それはなにか。
翌朝立てなくなることを何気に忠告しているつもりか。
イルカは頭痛を憶えた。
「‥‥まったく、あなたって人は本当に‥‥‥‥欲の塊ですね」
はっきり言うのに躊躇い、語尾を濁したが、
「もっとストレートに、何の欲なのか言ってください」
「――セクハラはやめてください」
すかさず入ったカカシの茶化しに、きっぱり拒絶をあらわす。
カカシはふーん、と半眼で見返し、
「でもねぇイルカ先生。‥‥‥オレから見れば、アンタの方がずっと欲深いね」
「は?」
「あれも大事。これも大事。――全部守るなんて無理な話ですよ。アンタの手は、二本しかないでしょう」
「―――――」
カカシの言葉は、イルカの心をひやりとさせた。
「‥‥なにが言いたいんですか」
自然、声音が低くなる。
「中忍ごときの腕と、嘲笑いたいんですか」
「――ほら、アンタらしくない」
知らずに寄せた眉間に皺を、とん、とカカシの指がついた。
「嫌だね。もっといつもの、間の抜けた顔してくださいよ」
「――‥‥‥」
「オレはアンタに毒されちゃってますからね〜。欲深い恋人のために、もう二本腕を貸してあげますよ」
カカシは両腕を差し出して見せた。
「まっ、それでも、守れる数なんてたかが知れてますが、アンタの不安も少しは軽くなるでしょ」
「‥‥‥‥‥カカシ先生」
――なんて分かり難い。
イルカは、遠まわしに自分を案ずるカカシの気持ちにようやく気づいた。そして急に、自分の愛想のない態度が恥かしくなる。
この男に心配されることなど滅多にないイルカは、どうしたらいいのか分からず困惑したが、
「で、ひとまずは―――」
「?」
「この腕を使って、アンタを抱きしめたいと思うんですが」
「‥‥‥‥‥‥」
差し出されたままの腕が、こっちへ来い、と手招きする。
しばし、ぽかんとそれを眺めていたイルカだが、ふ、と苦笑し、大人しくその腕の中へ入った。
背中に回される腕。
囲われると、言葉にできないほど安心した。
カカシの匂いを吸い込み、身体を預けたイルカは長い息を出す。それは、安堵のようで―――泣き声のようで。
皮肉を込めて、自分の弱さと悲しみを見つけてくれる人。
言われて、自分が限界に立っていたことに気づく。最近眠っていないことも、ようやく思い出した。
「‥帰りましょうか」
カカシの肩に額を擦りつけて、イルカは言った。
自分は、欲深い。
忍でありながら――誰も死ななければいいのに、と思う。
カカシが、そんな自分の弱さを嫌っているのは知っている。イルカ自身、変えたいと願っているのに、それでいて、この男はいつもの自分に戻れと言う。
両腕を差し出して、甘えさせようとする。
(‥‥‥なんだかんだ言って、この人もけっこう甘いよな)
抱きしめられるのは好きだ。
いつもなら、厄介な悪戯つきの抱擁だが――この時は、ただじっとイルカの体を支えている。
その手を、イルカは心から愛しいと思った。
――残念なことに、その純粋な気持ちも数分後には砕け散ったが。
「たまには、素直なアンタもいいですね。今夜は主従プレイにしますか」
「‥‥‥黙ってください」
END
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2002.10.20