■ 捨てないで









 殺風景が好きだ。
 家には必要最低限の物しかなかった。元々設置されていた家具は仕方がないが、自分の持ち物は数えるほどしかない。
 思い出は多く持たず、写真二枚と、そう、観葉植物があればどこへでも移動できる。その身軽さが好きだ。
 これからもその方針でいくつもりで、変えるつもりもないし人に押付ける気もなかった。が、
(‥またよけいな物増やして‥)
 ラジカセのようだが、見た目からして古い。どこで手に入れたのかと訊いてみたら、バザーで売れ残ったものを引き取ったそうだ。
 それ以外にも、この人の家は物であふれている。物、物、物。整頓してはいるが、カカシにとっては倉庫にしか見えなかった。
 人の家だ。自分の家じゃない。
 家主の方針もあるだろうし、けして口出すことじゃないとわかってはいたが、
「‥いらない物とか、使わない物は捨てたらどうですか」
 ある日、我慢しきれずに慎重に訊ねてみた。
 くるりと高く縛った黒髪が回り、
「でも俺、物を捨てられない人間なんですよ〜」
 と開き直られた。無念。
 仕方がない。長いものには巻かれろか? とにかくこの人には頭が上がらないので、逆らわないのが無難だ。
「イルカ先生」
 顔を寄せて囁くと、愛しい人は少し困った笑顔を見せて、目を閉じた。




 めらめらと炎が燃え上がる。
 あまり広くない庭の中央で、カカシは焚き火をしていた。
 赤やオレンジ、理由もなく踊る炎を眺めて、びりびりと破いた本を投げ入れる。
 カカシの後ろには次の順番を待つ本や物が山積みだった。
 すべて――イルカのもの。
(‥だから増やすなって言ったのに)
 イルカが死んだ。
 殉職の報告を受けて、それでも信じられなくて半年間待った。イルカの家で。
 たくさんの物に囲まれて嫌々、それでも願うように。
 でもあの人は帰ってこない。なら、捨ててしまうしかない。前に進むために。今までそうしてきたように。
 だから、イルカの荷の片付けを始めた。
 無人の家をカラにして、記憶をすべてチャラにすれば、自分は多分歩き出せる。
 そう思い立って火を起こしたけれど、荷の数は半端ではない。さすが木の葉一の捨てられない男。
 カカシは思い出し笑いを浮かべて、次の本を手に取った。
 イヤになる。ここにある物にはすべてイルカの思い出が詰まっている。触れるたびに記憶が蘇って、胸が痛い。
(だから、増やすなと言ったのに)
 こんなことさせるなんてあんたは酷い人だ。





 がつん、と頭に何かが当たった。
 ぼんやりしていたので避けられなかった。見事によろけて倒れこむ。地面に転がったのは、汚いぼろぼろの靴。こめかみに命中したのはこれか。
「あんた! 何してくれるんですか!」
 耳をつんざく怒号が轟く。
 ああ、幻聴だ。懐かしいあの人の怒鳴り声。あの人の‥‥‥。
「‥!!」
 がばっと起き上がったカカシの前に、仁王立ちになったイルカがいた。
 あちこち擦り切れた服に、汚れた顔。長い旅路を帰ってきたと一目で分かる姿で、肩を怒らせて立っている。
「うわ‥っ、俺の教科書! ぎゃーっ、人の服まで! あんた‥悪ふざけにもほどが‥っ。物がたくさんあるのが嫌いだとは知ってましたが、ここまですることはないでしょ!」
「‥イルカ先生」
「言い訳なんか聞きませんよ! さっさと火を消して荷物を家の中に戻してください!」
「‥‥イルカ先生、‥イルカ先生」
「――‥‥‥」 
 手を伸ばし、捕まえた。驚くほど指に力が入らない。膝をついたまますがると、イルカは怒りのオーラを消した。
 大きなため息。
 すがる体を抱きとめて、イルカはあやすように背を叩いてくれた。
「‥‥俺が死んだと思いましたか。カカシ先生ならきっと信じて待ってくれていると思っていましたが。‥‥‥いえ、本当のこと言うとちょっと心配もしてました。あなたは諦めが良すぎるから。俺を忘れて立ち直ろうとするだろうなって‥」
 反論できない。まさにその通りだった。
「だから、思い出をたくさん置いていったんです。どんな小さなものにも、俺がいるように。ざまあみましたか」
「ざまあ‥‥‥‥みました」
 ちくしょう。やっぱり酷い人だ。
 おかえり、おかえり、と抱きつくと、同じくらい強く抱きしめ返された。
 その手が少し震えていたことは、後の反撃のネタに取って置こう。
 









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