□ タイトルはない 9
ある早朝、アホ男が突然訪れて言った。
「答えが出ました」
「だからね、アイツが残していった問題が難しいんですよ」
勝手知ったるなんとやら。
しぶしぶ入室を許したら、厚かましくもさっそく寛ぎ始めた。
「崖っぷちに、アンタとアイツがぶらさがってるんです。どっちか一人しか助けられない状態で、オレがいったいどちらを選ぶかって問題なんですが、難しいんですよ」
以前の定位置にあぐらをかき、口布を下ろしてねえ? と首を傾げる。
時々、本気で刺したくなる男だ。
例の彼女が里を出発して一週間、何の音沙汰もないと思ったら突然の訪問。
油断した。
それに、何を言ってるのかさっぱり分からない。
「あんまり悩むものですから、昨夜とうとう夢に見ましてね。しかし、そのお陰でオレなりの答えが出たので、ご報告に来ました」
「そうですか」
出勤の支度をしながら、イルカは軽く聞き流す。
朝食はもういい。荷物が出来たらすぐに出勤しよう。
「―――それがですねぇ、見た夢というのが、見事に問題通りの光景で、アンタとアイツが目の前に崖にぶらさがってたんです。オレの手はなぜか一本しかなくて、どちらか一人しか引き上げられないんです。さて、どっちを助けようと考えて、とりあえずアンタにしました。だって中忍だし、アイツは女ですが上忍ですから」
相変わらず一言多い男だ。
「でもアンタ、差し出したオレの手を叩き払ったんですよ。べしって。それで、アイツの方を先に助けろって喚くんです。いやー、夢の中でもイルカ先生は立派な正義の使者でしたよ」
悪かったな。
「んで、仕方なくアイツの方に手を出したら、ちゃっかり自力で上がりかけてました。アイツはしぶといですからね〜。まぁ、手を貸してやって引き上げてやりましたが―――さあ、アンタの番だと見下ろしたら」
見下ろしたら―――?
次の言葉が気になったイルカは、手を止めてカカシを見た。
「アンタ、海の底に落ちてました」
海の底。
「それでねぇ、―――オレ、後を追って海に飛び込んじゃったんですよ。ほら、そのまま見捨てたら寝覚め悪いですし」
「‥‥」
「掴まえることはできましたが、なにせ片腕だけなので一緒に溺れかけましたが、急にイルカ先生がオレの身体を抱きかかえて岸辺まで泳ぎだしたんです。そんで、助かった後叫ぶんですよ。あんたアホですか!って」
笑えるでしょ、と顔を歪ませたカカシに、イルカは荷物から手を離した。
「イルカ先生――――触っていいですか」
差し出されたカカシの手が、震えている。
「恥かしい話ですが、目が覚めて恐かったんですよ。アンタが落ちていくシーンは、それはもー生々しくて。早く本物が見たくて珍しく早起きしました」
抗えない。
初めて見るカカシの怯えに、イルカは引き寄せられるように傍に行った。
強く掌を握られ、腕を引っ張られて膝をつく。
「アンタ‥‥なんで他人を助けろなんて言うんですか。なんで、あっさり諦めるんですか。なんで土壇場でオレを助けるんですか。大人しくオレの手を選んでりゃいいんですよ」
「‥嫌ですよ。あんたの言うことなんて聞きません」
「ワガママはやめてください」
「そっくり返しますよ」
珍しく押し負けたカカシが笑った。
その笑顔がなんだか泣きそう顔に見えて、つい抱き寄せようとする手を許してしまった。
首元に鼻をうずめられ、熱心に匂いを嗅がれる。
良かった、と呟く声が聞こえた。
まだ、オレの匂いがする――――と。
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2003.03.22