■ ちっちっちっ









 家が焼けた。
 ボヤは隣室から出たらしく、イルカの部屋はまきぞえを食った。
 ぷすぷすと煙を上げる真っ黒になった部屋を見て、イルカは夕暮れの空を見上げる。
 夢ならいいのに。
 もはや涙も出ない。
 家財道具すべて、真っ黒こげ。
 明日の教材はどうするんだ。メシは。それより今日の寝床は。
 お金は一応ゆとりはあるが、そんなものでは補えない喪失感がイルカを包む。
 また家を無くしてしまった。
 一度目は狐の日。
 破壊された瓦礫の家の前で、子供の自分は今と同じように立ち尽くしていた。
 壊れた家は元通りにはならず、両親もまた、元通りにはならない。
(‥‥アカデミーの用務員室に‥泊めてもらおうかな)
 風が冷たくなってきた。ここでぼうっとしていても仕方がない。
 とほとぼと歩き出したイルカだが、はっと思い出す。
 用務員室は、ちょうど工事中だ。
 立ち止まり、頭の中に友人の顔をいくつか思い浮かべてみる。
 誰の家に転がり込ませてもらおうかと考えたが、
(‥迷惑かけるのもなぁ‥)
 どうも気が進まない。
 いっそ野宿でもするか。
 秋も終わりに近いが、できないことはない。
「‥‥疲れた」 
 感情が痺れたように動かない。
 軽く眩暈がしたので、裏路地に身体をすべりこませて座り込んだ。
 しばらく休んでいこう。
 ここなら、覗かなければ歩道からは見えない。
 道は夕焼けに赤く染まり、わきあがる帰心にむしょうに切なくなった。
 宿でもいい。
 どこかでちゃんと休まなければ。
 頭では分かっているが、
 疲れきった体は動かない。
 もういっそこのまま眠ってしまおうか。
 半分夢の中でそんなことを考えていると、

 ちっちっちっ。 

 遠くから、妙な音が聞こえた。
 重たい頭を上げると、歩道からのぞく顔と目が合う。
 うわ。
「‥‥‥カカシ先生」
「今晩は、イルカ先生。なにやってんの?」 
「‥‥別に何も」
 ただ眠いだけです。ほっといてください。
 イルカは目を逸らし、心底うざい口調で言った。
 へこんでる時に、よりによってどうしてセクハラ上忍と会ってしまうのか。
 悪い夢だとばかりに、イルカは再び目を瞑ったが、

 ちっちっちっ。

 また奇怪な音。
 イルカは仏頂面で顔を上げ、カカシを睨んだ。
「‥‥なんですか」
「いや。拾おうかと思って」 
 胡散臭い視線に対し、カカシはいたって真面目にちっちっちっと舌を鳴らした。
 差し伸べた手が猫の子を呼ぶように手招きし、
(‥‥‥むかつく‥‥)
 イルカはますます渋面した。
 伸びてきた手が当たり前のように頭を撫で、調子に乗って頬に触れてきたので噛みついた。
「怖くない怖くない」 
 かなり強く噛みついたが、へこたれないカカシは裏路地からずるずるとイルカを引っ張り出した。よいしょっと肩に担ぎ上げ、颯爽と歩き始める。
 荷物のようにゆさゆさと運ばれるイルカは、もはや抵抗する気にもなれなかった。
「大変でしたね、イルカ先生」
「‥‥‥知ってるんですか」
「だから探してました。つれないですねぇ。困ったときは一番にオレを思い浮かべてくれなきゃ」
「困った時は、たいていあんたがからんでるんで」
「ははは。ご愛嬌ですよ」
「まさかあんたが火をつけたんじゃないでしょうね」
「そこまで非道じゃないですよ。同棲はもう少し先の予定でしたし」
「‥カカシ先生、なんで俺なんですか」
「愚問ですね。そんなのオレにも分かりません。――まあ強いて言うなら、いつもニコニコしてるくせに、時々そういうすさんだ目で寂しがってるギャップに」
「‥‥あんたはズケズケ言うから嫌いです。下ろしてください。歩いて行きます」
「逃げちゃ駄目ですよ」
 もうオレが拾ったんだから。
 念を押すカカシに、やっと下ろされたイルカはため息をついた。
 しっかり握られたままの手に、不覚ながら先ほどまでの寂寥感は消えていた。
 まあいいか。
 思考を拒否するだらしない自分を、今日だけは許してやった。











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