■ どうせ









 玄関の扉が開く音がした。
 足音もなくのっそり入ってきたのはカカシだ。
「たっだいま〜」
 ざらりとした低音で陽気な声。毎度ながら奇妙なテンションの男に、料理中のイルカは鍋の中身をかき混ぜながら渋面した。
 帰って来るのが早い。今日は一人でいたいのに。
 返事をするのも億劫だったが、彼はこの家の主人だった。自分はただの居候。主が帰ってきたら挨拶ぐらいはしておかなくてはなるまい。
「‥‥おかえりなさい」
 背中を向けたまま声を出すと、「あー、いい匂いですねぇ」とカカシが顔を覗かせて言う。
 晩御飯は交代制。ただし、カカシの当番になると店屋物になるので、ほぼ毎日イルカが台所に立っている。
 火事で家が焼けてから一ヶ月。
 身の回りもようやく落ち着き、そろそろ新しい住居に引っ越してもいいのだが、なんだかずるずると同居の関係になっていた。
 カカシはかねてから自分にセクハラを仕掛けてくる変態上忍だ。
 その懐でのんびり生活するなど危険極まりない。今はまだ、無体な真似は強いられていないが、カカシとの間に一定の距離が必要だった。
 当のカカシも、非常識な性格だが要領がよく、イルカのテリトリーを荒らさない。
 わりに居心地のいい家に、理由もなく居続けていたが、

「ねえ、イルカ先生。――アンタの同僚が死んだんだって?」

 不意打ちの侵入だった。
 ぴたり、と手を止めたイルカは後ろを振り返る。
 覆面や額宛、ベストを脱ぎながら「今日任務から帰ってくるはずの中忍でしょ。たしか‥イルカ先生と仲良かったよね」カカシは世間話のように話す。
 イルカは相槌が打てなかった。
 指先が冷えるように痛い。――考えないようにしていたのに。
「イルカ先生がね、また寂しがってるんじゃないかと思って早く戻ってきたんです」 
 顔を上げたカカシが笑う。
 拒んで顔を背けたイルカに、カカシは静かに傍に来た。
「料理なんていいから、葬式の手伝いに行ってあげなよ」
「あんたに関係ありません」
「ありあり。寂しいのは分かるけど、イルカ先生の性格だったら後で絶対後悔するよ」
「うるさい」
 少し大きな声で、イルカは言った。

「うるさい――どうせ、あんたも先に逝くくせに」

 正直、自分でも驚いた。
 言うつもりはなかったのに、底で渦巻いていた本心がぽろりと零れ出た。
 嫌な沈黙の中で、カカシが密やかに笑う。
「オレはイルカ先生を置いていきませんよ」
 子供のような発言に、子供のような根拠のない言葉。
 カカシの手が伸びて、カチリと鍋の火を消した。
 ゆっくり抱き込まれ、体温が移る。生きている人のぬくもりに、じわりと涙が出た。
「泣いちゃえ」
 耳元で悪巧みを囁くように言われ、抵抗できなくなる。
 よけいな事を。
 構わずに、いつものように放っておいてくれればいいのに。


「‥‥アンタ、しんどい泣き方しますね」
 けして声を出さないイルカの泣き方に、カカシは呆れたように言った。

 









 

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