■ はっきりして









「こら」
 声をかけると、ずるずると響く音がぴたりと止んだ。
 テーブルについてラーメンをすするイルカが、視線だけ上向けてこちらを見る。
「もっと野菜食えっつったでしょ」
 美味しそうな湯気が立つラーメンの中に、野菜は見えない。台所を見ると、インスタントの袋が二三個転がっていた。まさかずっとラーメンばかり食べていたのか。
 カカシは荷物を置き、大仰なため息をついた。
「‥ちょっと任務で家をあけるとこれだもん。イルカ先生、ラーメンばっかり食べてると太りま‥」
「――太ってません」
 声を遮って、イルカが即座に否定した。横目で睨みつけ、またずるずると音を立てる。どうあっても全部食べる気らしい。
(一応こっちは長期任務帰りの家の主なんだけど)
 おかえりなさいぐらい言って欲しいが、イルカはどうやら機嫌が悪い。帰宅が予定より二日早かったからだろうか。この人は寂しがりやのくせに、いちいち独りになりたがる変な癖を持っている。
 カカシは諦め、埃っぽい体を洗いに浴室へ入った。



 同居生活を始めてずいぶん経つ。
 この生活に不満はない。一緒に暮らすつもりで、火事の日イルカを拾った。
 外面は笑顔のかわいい先生なのに、独りになると妙にすさんだ顔をする。
 ――世の中なんて大っ嫌い。
 表現するとそんな感じか。あまりの不貞腐れように笑ってしまい、目が離せなくなった。面白い人。好きになる理由なんて大抵そんなものだ。
(しかし、そろそろはっきりさせないとね)
 少しは懐いてくれたと思うが、まだまだイルカの警戒心は強かった。
 恋人同士になりたい。イルカの口から好きだと聞きたかった。好きだから、この家から出て行かないのだと。
「オレは、イルカ先生が好きですよ」
 ――まずは自分から。
 さっきのラーメンのようにほかほか湯気を立てながら、風呂から上がったカカシは突然告白した。イルカはちょうど洗い物を終えて明日の授業の準備をしていたが、
「そうですか」
 あっさり受け流した。
「ねえ、イルカ先生もオレのこと好きですよね?」
「お世話になってますから」
「やだ、そんな言い方。好きって一言でいいんですよ」
「居候ですから」
「オレは、そろそろ恋人になりたいんです」
「俺は中忍です」
「アンタの階級なんか聞いてないよ。‥‥あ〜駄目だ」
 濡れた髪をがしがしと拭き、カカシはしかめっ面をした。
「――すみません、よけいな事聞きました。忘れてください。今のアンタとは恋人にはなれっこないですね」
 吐き出すように言うと、イルカの背中がぴくりと反応した。
「‥どうしてですか」
 疑問を返すことをおかしいと思わないのか、イルカは肩越しに振り向いて言った。
 カカシは肩を竦め、
「だってアンタは、最初から何もかもぶちこわそうとしてるもん。何かを作るのが嫌なんでしょ。そのくせ教師なんてやってるんだから目茶目茶ですよ」
「‥‥‥よけいなお世話です」
「それでも言うよ。アンタが好きだから」
「‥‥‥」
 イルカは沈黙した。
 丸まった背中は深い思慮に包まれている。カカシは横になり、肘で頭を支えてその光景を観察した。――さてどう出るか。
「‥‥壊したいわけじゃないです」
 やがて、ぽつりとイルカが呟いた。
「‥‥す‥‥かも」
「え? 聞こえませんけど」
「好き‥‥‥かも」
「かも?」
「‥‥‥‥‥‥」
 さっきより重い沈黙。――まずい。つつきすぎた。
 じりじりと腹ばいで近付き、カカシはイルカの顔を覗きこんだ。
 ふい、と背ける顔は、またあの不貞腐れた顔か――それとも、泣きそうな顔か。
「イルカ先生、膝枕して?」
「‥‥髪の毛、濡れてるから嫌です」
「けちけちしないの」
 膝をつかまえて強引に頭を乗せ、カカシは深呼吸をした。久しぶりにどきどきした。イルカをつつく時は、こっちにも相当の気力が必要になる。やや無理矢理ではあったが、望む言葉は引き出せた。あとは、それを信じること。
「イルカ先生、オレはここにいるんですよ」
 手を握り、カカシは言った。
 握りかえされる指に、少しだけ勇気が戻った。











 

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