□ 溶けるように
第6話
若干13歳でありながら、現役の暗部であったカカシは、
雪の日に、それを見つけた。
「――なにしてんの?」
気配を消して声をかけると、びっくりしたように黒髪が揺れた。
同い年か、それ以下か。年齢はさておき、隙だらけの様子からして自分より下の階級には違いない。いや、今の手裏剣の投げ方から察すると、アカデミー生の可能性もある。
高く結った黒髪の少年は、突然の自分の出現に驚いていた。
身体を動かした後の黒い双眸は、きらきらと輝いているように見える。
(‥‥犬の目みたい)
急な任務もなく、大雪予報に自宅で待機する予定だったカカシは、偶然この演習場に立ち寄った。通り道だったこともあるが、雪の演習場で一人鍛錬する少年のあまりの下手さに、声をかける前からずいぶん観察していた。
自分なりに修行をしているつもりなのだろうが、傍目から見ているとそれは道化に近い。
暇だった。
だから、少し新米忍者をからかってやろうと思い、声をかけた。
黒髪の少年は、まだ自分を凝視している。
覆面に、片目。容姿を確認できない怪しい姿に一人前に警戒しているのか。
痺れを切らしたカカシがもう一度口を開きかけると、
「‥修行してるんだ。ボク、いつまでたっても班の足引っ張ってるから‥。アカデミーでふざけてたツケなんだ」
黒髪の少年は、えへへと鼻筋を真横に走った傷を擦りながら笑った。
向けられた無邪気な笑顔にカカシは拍子抜けした。どうやら、警戒していたのではなく、ただびっくりしていた延長らしい。
――からかいがいがありそうだ。
カカシは少年の修行の手伝いを申し出た。もちろん、遊ぶために。
少年は笑顔で喜んだ。
力の差は歴然だった。
三十分もしない内に少年のスタミナが切れ始め、やがてぐったりと地面に倒れ伏す。
荒い息を繰り返す息も絶え絶えな相手に、少々飛ばしすぎたかなと思ったカカシだが、
「‥‥き、きみ‥‥‥強い‥‥‥ね」
黒髪の少年はきらきらした目で賞賛の眼差しを向けた。
その瞳に、妬みや苛立ちは一切ない。
「‥‥‥‥‥‥」
いつもならここで、忍者をやめろだの、才能ないんじゃないかと罵倒を浴びせるところだが、相手の素直な感想に口が開かない。
黒髪の少年は、そんなカカシに一緒に弁当を食べようと誘いをかけてくる。
腹は空いてない。それより、他人の手から渡されたメシなど簡単に食えるかと、そう思ったのに、差し出されたおにぎりを手に取っていた。
「‥‥自分で作ったから、ちょっと下手なんだけど」
照れたような言い訳通り、少ししょっぱかったが、カカシは全部平らげた。
(‥‥変な奴)
もそもそと食べながら、指についたご飯粒を舐め取る。
あまりの少年の警戒の無さに、覆面を下ろしても平気な自分がいた。戸惑いを隠せない。狂わされっぱなしの調子に眉を顰めると、
「‥‥‥寒いね」
雪空を見上げ、黒髪の少年はぽつりと呟いた。
「ボク、寒いのは嫌いだなあ。なんだか心が寂しくなるもの。家でじっとしてられない。‥でも、火影さまの所に何度もお邪魔するのも‥気がひけちゃうしなあ」
カカシは少年の横顔を見た。
さっきまできらきらしていた瞳が、今度はわずかに潤んで見える。雪を見上げるその姿が風景と一体化したような錯覚を起こし、
(―――こいつ、雪みたい)
感覚の言葉だった。
真剣勝負の世界に生きる忍が、情緒でものを考えるなど。
「‥‥訓練しないの?」
カカシは無意識に言った。
もう帰るつもりだったのに、口を開けばそんな事を言っていた。
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる少年。
固そうな黒髪に、平凡な顔。
肌も健康的な色なのに、なにが雪なのか。
(――でも、雪だ。‥‥‥まだ誰も入ってない)
その後、再び始まった訓練で、カカシは幾分力を押さえ、少年の相手に努めた。
そして考える。
――この雪には、まだ誰も入っていない。
雪じゃない。人間だ。
そう理性が歯止めをかけたが、思考は止まらない。
頭上に降り落ちる本物の雪はさらに強さを増し、
「‥‥わわ‥‥‥っ」
攻撃に足を踏み出した少年が前のめりに倒れた。
雪が、その足を捕らえて離さない。
「うわー、いつの間にこんな積もったんだろう。‥‥‥もう今日は駄目だね」
空を仰いでいる間にも、雪はさらに強くなる。風に踊る結晶は、2人の視界すら閉ざしかけていた。
「付き合ってくれてありがとう。今日はもう帰るよ」
身体にまとわりつく雪を払い、少年は礼を言った。そして、慌てたように、
「あ‥‥‥そうだ、ごめんっ。君の名前聞いてなかったっ。ボクはイルカって言うんだ」
自分の名を名乗る。
問われたカカシは、ぽつりと自分の名を口にした。
「‥‥カカシ」
名を明かすことに、もはや躊躇いはない。むしろ、決意が固まる。
「そっか。今日はどうもありがとう」
微笑み、握手を求めて右手を差し出すイルカに、カカシは腕を動かさない。
?と首を傾げる相手に、
「――に――」
「え?」
カカシは宣告した。
「ごめん、なんて言ったの?」
唸りをあげる雪にかき消され、相手の声が上手く届かない。
耳に手を当てて聞き返すイルカに、カカシは幾分声を大きくして再度告げる。
「――お前を」
「――オレの”足”に任命する」
「‥え」
宣告された少年は、言葉を忘れ、みるみる内に血の気を失っていった。
額宛をつけている以上、この主従制度は知っているらしい。説明を省けて好都合だ。
「‥‥え‥‥‥ボクが‥‥‥、足‥‥‥?」
少年は戸惑っていた。
言葉の撤回を求めるような眼差しに、あえて背を向けることで拒絶した。
撤回はしない。
――この少年を、足にする。
お遊びのような思いつきだ。だが、決意は自分でも驚くほど固かった。
撤回は、絶対にしない。
「――後に、連絡する」
それだけ言い残し、カカシは吹き荒れる雪の中へと歩き出す。
数歩も進めば、もう後ろの景色は見えなくなる。
強い吹雪。
カカシは足元の、真新しい白い絨毯を見下ろし、小さく笑った。
よく上忍の年上から、もう少し子供らしいことをしろと口うるさく言われるが、自分とて無邪気な心は持っている。
たとえば、雪。
真新しい、誰も踏み込んでいない白い絨毯に、一番先に足跡をつけるのだ。
子供なら誰でも試したくなることだろう。
‥‥だが、みんなは知っているだろうか。
白い表面に残った自分の足跡に、言い知れぬ満足感を抱く。それは、征服欲に似ているということを。
(‥‥我ながらタチの悪いガキ)
カカシは新しく見つけた、自分だけの雪に嬉しさを噛み締めた。
***
うみのイルカを”足”に任命してから四年間。
カカシは常にくだらない用事で彼を振り回した。
下忍の彼に、自分の扱う任務の助手が務まるとは思っていなかったし、そんなつもりで”足”にしたのではない。
呼べばすぐに飛んでくる自分に忠実な少年イルカは、素直で人当たりのいい性格から、周囲の人間に好かれていた。
”頭”と”足”の主従制度は古く、一般の常識を持ち合わせた人間なら絶対に使用しないだろうが、カカシはくだらない用事でイルカを引っ張りまわすことで、うみのイルカが自分の持ち物であることを周囲に知らしめた。
口うるさい上忍の古株からは注意を受けることもあったが、木の葉の里にとって欠かせない戦力である自分に、強く異議を申し立てられる人間はいなかった。
平穏だ。
イルカにとっては屈辱以外なにものでもないだろうが、
つまらない用事でイルカを束縛することは、カカシにとって一番落ち着く時間だった。
イルカに警戒心は必要ない。かわりにイルカの心に警戒心が芽生えてしまったが、そんなものは時間をかけて征服していけばいいことだ。
その雪のような心に、ゆっくりじっくりと足跡を残していくのだ。
(‥‥でも、笑った顔が見れないのはつまらないな)
カカシの傍にいる間、イルカは最初見せてくれたような笑顔は一切見せなくなった。
常に強張った顔。
(‥‥‥‥‥もう少し優しくしてみようか)
苦手な分野だったが、それもいいかも知れない。
イルカとの微妙な関係から三年経過して、カカシは初めてそんなことを考えた。
だが、そんな横着な自分に罰が当たったのか、
―――[猛る炎]
カカシの耳に、そんな聞きなれない部隊の名が入った。
そして、一年後の長期視察出発に向けて、自分の入隊が決まっていることを。
ある月の晩。
夜半の深い森の中、カカシは暗部の面をつけたまま待っていた。
足元で蠢く塊は、満身創痍の死にかけた侵入者。
他里からの偵察らしいが、本来なら事情を聞き出すために生け捕りが有無だ。カカシの腕ならば難なくこなせた作業だが、あえて虫の息まで追いこんだ。
下手に体力を残しておいては、これから来る下忍に、万が一にも襲い掛かる恐れがある。
(人質に取られたりでもしたら面倒だしね)
この件について後で上層部からうるさく言われるだろうが、イルカが人質になった場合のことを考えると、自分に非常に有利ではなくなる。
―――最悪、抵抗できなくなるかも知れない。
(‥‥‥やばいねえ)
そんな自分の思考に、カカシはがしがし頭を掻いた。
やがて、
時間通り、イルカが姿を現した。
怯えるような足取り。血の匂いはとうに嗅ぎ取っていただろう。
今まで色んな用事で彼を呼び出したことがあるが、血の匂いのする場所へつれてきたことはない。
倒れている敵忍を見る黒い瞳は恐怖に満ちていた。
きっと、まだ人も殺したことがないだろう。
だが、カカシはあえて、イルカに拷問を要求した。手の疲れた自分に変わって、なんでもいいから、この男に拷問をしろと。
見開かれる双眸。
震える手でクナイを取り出す様子を眺め、カカシは再度促した。
―――やれ。やるんだ。
食い入るようにイルカを見詰め、カカシは心の内で呟く。それは、懇願にも近い。
[猛る炎]への入団は、里上層部の決定であり、カカシに断る権利はなかった。
一度里を立てば、数年以上は戻れない。
考えた末に、カカシは血の匂いのする場所へ、イルカを呼び出した。
「‥‥‥っ」
突然、イルカが振り上げたクナイを自分の掌に突き立てた。
唖然とするカカシの前で、イルカはクナイを持てなくなるまで傷つける。
その異様な光景に、
カカシは諦めの感情を抱いた。
無意味な人殺しを嫌がって、自分を傷つけるイルカに、カカシはとくに驚かない。
なんとなく、予想がついていたことだった。
(‥‥‥ああ)
大きなため息をついて思う。
(――こりゃ駄目だ。とても連れて行けない)
瀕死の敵にトドメもさせない忍など、戦場に連れて行ってもすぐに死んでしまう。
それはよくない。
カカシはすぐに判断する。
まだまだ、イルカのいろんな顔が見たかったから。死んでもらっては困る。
イルカの掌からぽたぽたと滴り落ちる赤い雫に、カカシは巨木の裏側へと誘導した。
座らせ、あふれ出る出血に包帯を出し、手早く巻きつけていく。
傷はそれほど深くないが、カカシは小さくため息をついた。
わざわざ侵入者を虫の息にまでしたのに、自分で自分を傷つけられては防ぎようがない。
「ちょっと寝れば?」
強張った体は、カカシのされるがままだった。
出血で体温が低い。冷たい地面に横たわるイルカに、カカシは自分の上着を被せた。
凄惨な現場は、イルカの心に予想以上に衝撃を与えてしまったようだ。
憔悴しきった顔を見下ろしていると、カカシの心に罪悪感が生まれる。
「‥‥‥‥悪かったよ」
謝罪の言葉はすんなり出た。
言って、初めて今まで口にしていなかったことに気づく。
他の人間にも口にしたことはなかった謝罪。
(‥‥‥あ、泣く)
イルカを見下ろしていたカカシは、潤んできた黒い瞳を覗きこむ。
ぽろり、とイルカの頬を伝ってこぼれる熱い雫を、おもわず指で掬い取った。
「‥‥アンタ、すぐ泣くね」
イルカの色んな顔が見たい。
だから、色んなくだらない用事で呼び出し、翻弄した。
今のところ、困惑する顔や、嫌悪する顔や、最初だけ見れた笑い顔などが印象的だが、
泣き顔はよくない。
イルカに泣かれると、胸がざわざわして落ち着かない。
そんな自分の困惑が面白くなくて、今までわざと泣かしたことが何度もあったが、
やっぱり、泣き顔は嫌だ。
すぐ傍にあるイルカのぬくもりを感じ、カカシは夜空を見上げて強く思った。
***
それから一年後。イルカとの別離の日が訪れた。
雪の出会いから四年後。
十六歳になったカカシは、他国への遠征へ赴くことになり、隊の中でも特殊な[猛る炎]に正式に所属した。
そして、出発前夜にイルカを呼び出した。
最後になるかも知れない、イルカとの同じ時。
「―――オレ、ちょっと里離れるから」
そう言って、カカシはじっとイルカの顔を見詰めた。
かなりの長い間、記憶に刻み込むかのようにイルカを凝視し続け、
やがて、
「‥‥ま、しかたないか」
諦めの言葉を口にすることで、すっぱり未練を断ち切る。
イルカを連れて行くことができないのは、一年前の月の晩で思い知らされた。
連れて行けば、絶対にこの少年は死ぬ。
だが、いつ帰ってこれるから分からない自分とイルカとの間にできる空白の時間は大きい。
忘れないように。
オレのことを忘れないように。
「ねえ。――刺青彫っていい?」
カカシはそっと囁いた。
「オレの肩の暗部のマークみたいに、オレもアンタにマーク残したいんだ、”足”としてのね。いいでしょ」
反論の言葉を聞くつもりはない。
荷物からあらかじめ持ってきた道具一式を取り出し、カカシは驚愕するイルカを見詰める。
自分の異常さは理解していた。
四年目にして、ようやくイルカとの接し方に問題があったと認める気持ちが現れた。
自分の存在はイルカを苦しめている。
いろんな顔は見たかったが、今ではもう、自分の姿を見ては怯えるだけ。
でも、もう手放すことはできないんだ。
「ここに座って。靴も脱いでよ」
道具を確認し、地面に広げた布を叩きながらカカシは心の中で苦渋する。
悪いね。
でも、
人の繋ぎとめ方なんて―――他に知らないんだ。
下を脱がせ、下着姿にさせたイルカを仰向けに倒した。
起き上がろうとする両足を強く割り、右の大腿を擦る。
一番やわらかい、刺青には適さない場所だ。おまけに、今から行う彫りは、普通の作業とは大きく異なる。その痛みは、通常とは比べ物にならないだろう。
多少の迷いがあったが、
(―――ここがいい)
制止の声をかけようとするイルカの口に、布を巻いた竹を咥えさせ、カカシは作業を始めた。夜明けの出発まで数時間。ゆっくり話している時間はない。
すんなりした両足。忍の道を生きる以上、この大腿に、これから先見知らぬ男が手を這わせる可能性がある。絶対的な上下関係。カカシが里からいなくなったことで、誰かがこの少年に手を出すかも。
それが遊びであろうと、本気であろうと、カカシは認めない。
これは警告。
イルカに足を踏み入れようとする見知らぬ男への。
「‥‥ん‥‥っ、‥‥!」
針を刺した瞬間、びくん、と大腿が撥ねた。
その足を押さえつけ、じっとしていなければ縛ると脅迫する。
痛みは想像を絶しているようだ。だが、途中でやめることはできないし、やめる気もない。
カカシは指先に集中した。
下手をして醜い痕など残したくない。
イルカは轡に歯を立て、痛みに歪む顔を隠すようにしていた。意識が遠くなっているのか、うめき声も弱々しくなる。
「‥‥‥痛い?」
びくびくと震える大腿にいくつもの汗が滴り落ちるのを横目で見ながら、カカシは左目を覆う額当てを外した。露になる写輪眼で、刺青にチャクラを練りこむ。
その左目が、かすかに反応を示すイルカの性器をとらえた。
「‥痛覚でも勃つんだ」
さわ、とそれに触れると、イルカがカッと顔を赤らめた。
強い激痛に、股間のそれが反応を示すことはある。
反射的に閉じようとした足を、カカシは押し止めた。
「べつに構わないから」
「‥‥、‥ん‥‥‥‥っ」
恥かしさに首を振るイルカの髪から汗が落ちた。
熱い体。濡れた大腿は艶かしくカカシの目に映る。自分の前で力なく両足を広げて悶える姿は、雄の本能に強い嗜虐心を誘った。
乾いた唇を舌で舐め、カカシはその光景を食い入るように見詰めた。
その性器に触れ、愛撫を与えたら、少年はどんな顔を見せるだろうか。
きっと、今まで見たこともないような表情をするに違いない。
見たい。
だが―――時間がない。
カカシは軽く頭を振った。
「‥‥‥もうちょっとで終わるから、それまで我慢して。――‥‥なんか、こっちまで変な気分になるな」
今まで、そういった目でイルカを見たことはなかった。
子供の独占欲。まだ少年の域にいるカカシは、自分のイルカに対する執着心をそう片付けていた。冷静に、自分の狂気を把握できていると思っていたのに。
目の前にあるイルカの痴態に、新たな欲を発見してしまった。
(‥‥‥男だぞ)
今まで男に情欲を抱いたことなどない。
そこまでおかしくなったつもりはないのに。
(‥‥‥連れて行きたいなあ)
最後の作業を終えたカカシは、朦朧とした意識のイルカを見下ろし、右腿に記した己の証に舌を這わせた。
ぬめった感触にびくっと震え、意識が浮上する。
「‥‥終わったよ」
ぼんやりと目を開けるイルカに、カカシは囁いた。
咥えた轡を外してやると、噛みすぎて唇が少し切れていた。唇にこびりついた赤い血に、カカシは舌打ちしたい気分になる。
なんとか上体を起こし、自分の右腿に目を落としたイルカに、
「痛かったでしょ。普通の刺青じゃないからね」
大腿を擦りながらカカシは熱い口調で言い「断っとくけど、肌を削っても消せないから」
忠告もした。
「‥これでいい。――チャクラ入りだから、オレのだってすぐに分かる」
新たに発見した欲は果たせなかったが、とりあえずは満足な気分だ。
嬉々と宣言すると、ぐらりとイルカの身体が揺れた。
「‥‥‥っと」
倒れそうになった身体を支えると、肌が異常なほど熱を持っているのが分かる。発熱してしまったようだ。
「熱があるな。‥ここでしばらく休んでなよ」
イルカに上着を被せ、カカシは僅かに色の変わってきた東の空を仰いだ。
ずいぶん衰弱しているので、家まで送り届けたいところだが、時間は待ってくれそうにない。
立ち上がったカカシは座り込むイルカを見下ろし、
「本当は、連れて行きたいんだけど‥‥‥まあ、マーク残したし。オレが生きてる限り、アンタはずっとオレの”足”だからいいか」
素直な想いを口にした。
自分が生きている限りは、その雪に誰も足を踏み入れさせない。
絶対に離さないという、けしてゆずれない想い。
俯き、上着をぎゅっと握り締めるイルカに、カカシはいつかの記憶を思い出す。
イルカの班の忍が喋っていたのを、偶然聞いた話。
「―――ね、アンタ先生になりたいんだって? 下忍のお仲間が喋ってたんだけど。‥‥‥ま、アンタならぴったりかもね」
カカシは片膝をつき、イルカの顎をつかんで上向かせた。
間近から見る黒い瞳は、痛みによる涙で潤んでいる。
言葉は嘘じゃない。たぶん、この少年は教職につくだろうと不思議なほど納得できた。
自分とは、違いすぎる忍だ。
里にいる方が、この少年のためになる。
(‥‥必ず帰ってくる)
震える唇に指を伸ばしたい気持ちを抑え、カカシは強く決意した。
「またね。―――イルカ先生」
別れの言葉は、それだけ。
一陣の風を纏い、カカシは一瞬にしてその場から消え去った。
これ以上傍にいると、任務にも躊躇いが生じそうだったから。
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