□ 隣の人 4









 イルカは、強引なカカシに辟易していた。
 上忍の権力で図々しく家に居座り、やりたい放題。
 口ごたえはするな。黙って言う事を聞いていろ。
 その上、寝床では娼婦役。
 カカシの無体に食欲が失せた。体力も落ちて、ずいぶん周囲を心配させた。
 さぞ陰で噂されているだろう。
 ――哀れな中忍。上忍のお遊びの餌食にされて。
 そう思うなら助けてくれ。
 なにしろこの男は、いきなり人を強姦したんだ。
 人間の言葉なんてきっと通じない。
 許すものか。
 絶対に。



 ‥いつからだろうか。
 カカシが不器用な人間だと気づいたのは。
 他人には礼儀正しく、深く関わった人間には少し飄々と、さらに深い部分の相手には――きっと自分でもよく分からないのだろう。
 荒っぽい時もあれば、よそよそしい時もある。
 プライドが高く、しかしびっくりするほど脆い顔も見せる。
 なんて不安定で不器用な。
 哀れだと、思った。
 嫌な相手でも、そんな部分を見せられては強い憎悪をもち続けられない。
 こんな考えはまずい。
 カカシの行動を許すつもりはないし、分かりたくないんだから。
 気づいてからは更に、淡々と過ごすように心がけた。
 上忍の命令だと我慢して、なるべく言う事を聞いて任務を果たすつもりで。
 そうやって無難に過ごしてきたが、
 一度抱いた考えは簡単には払拭できない。
 イライラは募り、
 はじめて、口ごたえした。
 今までは最初の恐怖からろくに声を荒げられなかったが。
 弾けた感情は止まることを知らず、思いつく限りの悪態をついた。
 カカシは不愉快そうに顔を歪めた。
 が――その嬉しそうな目!
 分かってしまった。
 カカシは、自分が本音を吐くのを待っていたのだ。
 まるで、詰って欲しかったというように、不機嫌な顔で嬉しそうに。
 許されたいのだ。
 カカシは自分と、本当の付き合いをしたいのだと知った。
 ふざけたことを――!
 あれだけ卑劣なまねをして、今更そんな顔を見せるのか!

 ――好きなら好きだと、一言最初に言ってくれれば。
 違う道もあったかもしれないのに。







 イルカは苛立ったままだった。
 だがこの怒りは――好意からくる怒りだ。
 もう自分は許したがっている。元々、誰かを恨み続ける性格じゃない。
 だけど許したくない。許したら、自分のプライドが無くなる。
 心が限界を訴えていた。
 もうこんな状態で今の生活は続けられない。
 こちらの精神が、まいってしまう。
 そして、
 初めての喧嘩の後、カカシが飲み屋へと誘ってきた。
 何かいつもと違う。
 きっと歩み寄ろうと考えているのだろう。
 ――もしカカシが謝ってきたら、
 はたして許してやれるだろうか。
 否。無理だ。
 今は、とにかく無理だ。
 約束の時間を前に、イルカは考えていた。
 カカシはもう飲み屋に来ているだろうか。
 時間は過ぎていく。
 星がどんどん移動し、
 どの飲み屋も閉める時間帯になって、イルカはようやく決心した。
 向かう先は約束の店――ではない。
 人気のない森の中。
 巻物を広げて、術を少しずつ口にする。
 真っ白になろう。
 自分の心を確かめるために。
 何もかも忘れた状態で、再びカカシに出会おうと。
 その時もまた同じように悪い印象をもって嫌うなら仕方ない。
 けれど、それを乗り越えて――もう一度カカシという本当の人となりに気づいたならば、それはまちがいなく‥。
 巻物は煙となって消え、術はイルカの体へ吸い込まれた。
 怪しまれないように、よっぱらってこけたと己に暗示をかけよう。
 消すのはカカシに関する記憶だけ。
 術が解けるのは――、

 緩やかな崖から、イルカはゆっくり身を投げた。

 











 ぱち、と目を開けたイルカは眉を顰めた。
 朝だ。気持ちのいい天気だが、
(‥‥‥なんか、大事な夢を見てたような‥‥‥)
 自分が出ていたが、詳しく覚えていなかった。
 すっきりしない気分で起き上がると、隣の男の腕がずると落ちる。
「‥‥‥」
 狭いベッドで男二人。窮屈だろうに、どうしてわざわざ抱き寄せようとするのか。
(あー‥しかもまたやっちゃった)
 ほろよい気分も手伝って、昨晩はそのまま雰囲気にのまれて――抱かれてしまった。
 拒否することもできた。昨晩のカカシならば可能だったし、記憶が戻るまでそんな面倒なことになりかねない行為はやめておこうと思っていたのに。
(俺も‥けっこう節操なしかも)
 カカシに対する好意はなくとも、触れられると気持ちがいい。
 隣のカカシは、まだ寝てるのか起きてるのか。
 寝たふりでもいいから起きるなよ、と思いつつ、そっと銀髪に触ってみた。実は昨日からずっと触ってみたかった。髪を触るのが好きというわけではないが、撫でると自分の生徒になったような安心感を抱く。
 気づけば、ぐりぐりとけっこう強く撫でていた。
 撫でるごとに少しずつ親しみがもてる。
(仕方のない人)
 だから面倒をみてあげよう。
 ――記憶が戻らないことが、ただ一つの不安だが。










○ ブラウザでお戻りください ○
2004.12.04




inserted by FC2 system