□ 夜に逢いましょう。
第1話
その日はなんだか朝から体調が良くなかった。
気分が悪い、頭が痛い、というわけではなく――むずむずする。
とくに気にするほどではないが、原因がチャクラの乱れであることに昼食中気づいた。
(‥‥なんか‥落ちつかないな)
箸を置き、イルカは首を傾げた。
妙な違和感は朝よりも確実に強くなっている。
体調は万全だ。風邪は引いてないし、トレーニングも欠かさない。多少麺類が多いが、バランスを考えた食事もしている。アカデミーの教職が主だが、他の雑用といえば受付ぐらいで負担がかかるような任務は受けていない。
(‥まあ、たまにはこんな日もあるか)
そう。強いて言うなら、きっと天気が悪いから。
気分的な問題だろうと、イルカは結論付けた。とくに問題もないのに、この程度のことでまさか仕事を休むわけにもいかない。
別のことに集中すれば、思ったとおり体の違和感のことは忘れたが、
帰宅後、再び思い出した。
(‥‥やっぱりおかしい)
そろそろ夕食を作ろうかと思い立ったイルカは、自分の掌を見詰めた。
夜になる頃には、チャクラの乱れは明らかだった。
意識を集中させて探ってみる。
鍛錬を重ね、常に一定の波を維持するように心がけてきたチャクラは、ざわざわと揺れ動いていた。原因はつかめない。何かに反応しているようだが表現しにくかった。
(‥あえて言うなら‥)
――引っ張られる感じ。
「‥‥、‥‥!」
イルカは目を見開いた。
見詰めていた右手が、ぼんやりと霞の如く溶けていく。
(‥これは‥っ)
足元から噴出し、いまや全身を包み込む煙にやっと、イルカは違和感の原因に至った。
この感覚には覚えがある。
(‥‥口寄せ‥‥!)
その推測は十中八九間違いない。
――誰かがイルカを呼び寄せている。
(‥いったい誰が‥‥っ)
口寄せは、ちゃんとした契約がなければ相手を呼び出せない。
過去、イルカも何度か口寄せ移動を体験したが、どれも一度きりの契約で終わっている。本人の了承もなく呼び出すのは、不可能だ。
「‥あ‥‥、武器‥‥っ」
自宅ですっかり寛いだ姿のイルカは慌てた。何も武器を所持していない。
どこへ呼び出されるか分からないのに――丸腰なんて。
まだ身体がある内に荷物へ手を伸ばしたが、ぐらりと世界がゆれる。
天井と床の区別がつかなくなり、さかさまに落ちるような感覚に気持ちが悪くなった。
血の気が下がる嘔吐感に眩暈がし、
やがて、イルカの姿は完全に煙に呑まれた。
***
感覚が少しずつ戻ってくる。
急速に回復する意識に、イルカは目を開けた。
(‥‥きもちわるい‥‥)
まるで洗濯機の中でぐるぐると洗われた気分だ。
動いた指が、冷たいフローリングを擦る。頬に当たる床の感触に、自分が倒れていることに気づいた。
吐き気が酷いが、立ち上がろうと上体を起こす。――と、
「‥‥っ」
すぐ傍で座り込む人影にぎょっとした。
「‥な‥‥、‥‥っ」
慌てて起き上がり、イルカは眩暈に頭を押さえた。
(‥え、‥え? ここどこだ? ‥‥え、‥この人‥‥‥?)
あぐらをかき、じーっとこちらを凝視しているのは見知った男だった。
銀髪に片目を隠した額当て。子供たちの教師である――はたけカカシ。
しかし、
(‥‥なんか‥‥雰囲気が違う‥‥)
目前の男をまじまじと見詰め、イルカは内心首を傾げた。
カカシとは何度か話をする程度で、それほど親しいわけではない。相手は上忍だし、無礼があってはならない。‥多少、胡散臭い人間性を嫌煙している部分はあったが、子供たちの面倒を見てくれるいい人だと認識があった。
しかし、目前のカカシは――うまく言えないが、いつものふらふらした所がなく、貫禄、というには大袈裟だが、それに似た落ち着きがあるような‥。
(‥でも、そんなにはっきり言えるほどはたけ上忍のこと知らないし)
イルカは横目で自分のいる場所を確認した。
当然ながら自分の家ではない。
足元には広げられた巻物。描かれているのは口寄せの術。つまり、
(‥この人が、呼び出した‥?)
イルカは困惑した。
こんな口寄せの契約なんてしたことはないし、カカシに呼び出される理由も分からない。
首を傾げて、はっと気づく。
何か、里の緊急事態でも起こったのかと。
「‥あの、カカシ先生‥っ」
姿勢を正し、事情を聞こうと口を開いた。が、
「―――やっばーい。すんごい可愛い」
カカシがしみじみ呟いた。
「‥‥‥は‥‥」
イルカは呆けた。言いかけた次の言葉なんて忘れた。
(‥なんて、言ったんだろ)
理解できない。まさか合言葉か。
どうやって解くのかと頭を悩ませていると、カカシは額当てを外し、色違いの眼を露にした。覆面まで下ろし、イルカは少し慌てる。見ていいものかと躊躇したが、左目の赤い眼につい興味をそそられた。
カカシの方も一切視線を外さず、食い入るようにこちらを見ている。
好奇心溢れる眼差しは、はっきりいって居心地が悪い。
それでも礼儀を守り、カカシが説明してくれるまで待っていた。が、カカシは延々と自分を見ている。
「‥‥カカシ先生‥、俺の顔に、何かついてますか」
これ以上見られることに耐え切れず、イルカは仕方なく口を開いた。
「いやいや、若いなぁと思って」
カカシは意外にあっさり返事をくれた。「若い?」とイルカが首を傾げると、
「うん。イルカ先生、今何歳?」
「‥‥え‥、二十五‥ですけど‥」
「へ〜、やっぱり」
カカシは手を打ち、うんうんと納得した。
その納得の仕方があまりにしみじみしているので、少し不安になる。どうしてカカシは、肝心なことを何も説明してくれないのか。
「‥カカシ先生。あの‥‥俺を呼び出したのは、あなたですか」
「はい。そうですよ」
「‥何か、緊急事態でも?」
「いや〜? 木の葉の里は今日も平和です」
「‥‥」
要領を得ない。
イルカは転がる巻物に目をやった。
「‥‥俺、口寄せの契約をした覚えがないんですが」
「ああ、これはね失敗したやつです」
「失敗?」
「そう。イルカ先生、昔試験の時に口寄せの契約結んだでしょ。子供たちに引導を渡すためとかなんとか」
「‥‥」
なんでそんな事を知ってるんだ。
「その時、最初の契約失敗しませんでしたか」
「‥‥あ‥‥」
言われて、イルカはようやく思い出した。
確かに、あの時最初の契約は失敗した。二度目は成功し、最初の分は処分すると言っていたが‥。
「あれね、残ってたんですよ。んで、試しに使ってみたらアンタがどろーんと」
「‥試しに使ってみたって‥」
そんな失敗した口寄せの術で人を呼び出したのかと、イルカは顔を引き攣らせた。
「でも、やっぱ失敗作ですねぇ。―――こんな面白い口寄せができるとは思いませんでした」
「面白い‥?」
「そうですよ。若いイルカ先生」
カカシは面白そうに笑いを噛み殺した。
「まだ気づかないの? イルカ先生、オレちょっと雰囲気違うでしょ。なんでか分かんない?」
「‥‥え、‥‥」
「年。よく見てよ、まだ現役やってますけど、オレ今年で三十三です」
「‥‥‥!」
「ようこそ、イルカ先生。―――七年後の世界へ」
声もなく驚くイルカに、
カカシはにっこり笑って言った。
***
イルカは茫然自失だった。
未来へ口寄せされるなんて、聞いたことがない。
失敗した術がどんなふうに作用したか分からないが、見えない恐怖がじんわり襲ってくる。
自分は帰れるのだろうか。
そもそもここは本当に未来なのか。カカシにかつがれてるだけではないのか。
何より一番悪いのは――失敗した巻物を安易に使ったカカシだ。
イルカはため息をついた。
カカシは飽きずに自分を見ている。目線を合わせるのが嫌でそっぽを向いているが、視線が痛い。
現在のカカシとはこんな風に二人きりになったこともないのに、いったいどんな巡り合わせなのか。
嫌な沈黙に救いを求めるように部屋の中を見回すと、無造作に束ねられた封筒が目に入る。ただの手紙かと思ったが、
(あれ、――俺の字?)
封筒の住所録の筆跡が、自分の字であることに驚いた。書類を多く扱う職種なので、見間違えることはない。
(‥カカシ先生宛に出してる‥。なんでだ?)
よく見れば、手紙のほとんどが自分の筆跡だ。これだけの量の手紙を、どうしてカカシに出しているのか。
「それ、気になる?」
イルカの視線に気づいたカカシが言った。
「あんまり未来のこと知らない方がいいけど――イルカ先生ね、今遠征中なんですよ。臨時教員。今年の末には帰ってくるはずなんですけど」
知りたいのはそこじゃない。
説明するカカシに、イルカはますます合点がいかない。
(‥上忍と手紙のやりとりなんて‥‥)
未来の自分の交友関係に、イルカは首を傾げるしかなかった。実は情報交換を必要とする何か特別な任務についていたりして‥‥、
「でもねぇ、正直疲れました」
イルカの思考は、ため息交じりのカカシの声に遮られた。
「え?」
「やっぱ行かせるんじゃなかったですねぇ。オレ、あんまり筆まめな方じゃないんですよ。でも、手紙が欲しいから無理して書く。その繰りかえしにいい加減しんどいなぁと思ってたら、今日偶然、倉庫室でこの巻物を見つけたんです」
カカシは床に転がった巻物を指した。
「失敗作でも、契約は契約。もしかして生のイルカ先生を呼び寄せられるんじゃないかと試しに使ってみたら――過去のアンタが現れたわけです。当てが外れたけど、若く初々しいイルカ先生に会えたので良しとします」
「‥‥‥」
良しとする、じゃない。
(‥‥最低だ、この人)
説明らしいものはもらえたが、謝罪の言葉は見事に一言もない。
(‥なんだか‥‥複雑な関係みたいだなぁ。未来の俺とこの人)
そんなややこしい人間関係に過去の自分がひょっこり現れては、更にややこしい。
イルカは深くため息をつき、早く帰りたいと心底思う。――こんな未来は嫌だ。
「‥どうやったら、帰れるんでしょうか」
期待半分で一応訊ねてみると、
「ま〜、おそらく時間式だと思うんで、ある程度時間が経てば自然と元の所へ戻るでしょ」
裏切らない頼りない返事だ。イルカのため息は長嘆へと変わるが、
(‥‥腹へった‥‥。まだ夕飯食べてなかったのに‥‥。朝までに帰れるといいなあ。明日の授業はたしか‥‥)
ひとまず、帰れるというカカシの言葉を信じて、帰ってからの予定を経てて前向きに考えようとした。しかし、
(‥なんで見るんだろ。やだなぁ、そんなに珍しいのかな‥)
相変わらず自分を見つめるカカシの視線。なんだか怖くなってきて背中を向けようとすると、
「イルカ先生、手貸して」
カカシが手を伸ばして、ちょいちょいと催促をした。
少し躊躇ったが、見知らぬ場所で一応見知った人間の言葉だ。なにか意味があるのかもしれないと、イルカはおそるおそる右手を差し出した。
手に取ったカカシは、まじまじとイルカの手を見る。
(手相?)
わけが分からないイルカは困惑した。
冷たいカカシの指は、イルカの手を引っくり返したり、握ったり、何をしているのかさっぱりだ。――この人大丈夫なのかと心配になると、
「イルカ先生の指だ‥‥。久しぶり‥」
カカシが小さく笑った。
イルカはますます対応に困り、いつになったら離してくれるのかとなんだか落ちつかない。
(‥‥なんで俺‥‥こんな所でこんなことに‥‥)
憂鬱が大きくなり、またため息がこぼれそうになったが、
「‥わ‥、‥‥っ」
指から走った刺激に、びくっと体を揺らした。
指の股を強く擦られると同時に、腕から背中へと走った刺激に驚く。何かのツボかとカカシを見ると、彼はまだ飽きずに指を弄んでいた。
(‥なんだろ‥‥)
イルカはいぶかしむ。最初のような刺激はないが、それでも時折背中にぞくぞくと何かが走る。変わらないカカシの態度に、うろたえるのはみっともないかと思ったが、掌の中心を強く親指で押され、
「‥‥っ‥」
自分でも驚くほど手が震え、慌てた。
「‥あの‥カカシ先生。そろそろ手を‥」
離して欲しいとお願いすると、やっとカカシが顔を上げる。
「なに? 痛い?」
「いえ、‥ちょっと‥‥」
正確には痛くない。が、得体のしれない刺激がなんだか空恐ろしかった。
「‥‥‥ん〜‥‥‥」
中断したカカシは、じっとイルカを見つめる。
何か考えているようで、何も考えていないような。素顔を晒しているのに、思考が読めない男だ。しっかりまだ手を握ったまま、カカシはおそらく思考を続け、
「ねえ、イルカ先生。これは浮気じゃないです」
突然、また理解できないことを言い始めた。
「‥‥は?」
「アンタは過去の人間だけど確かにイルカ先生で。だから浮気じゃない。アンタもそう思うよね?」
「‥え、あの‥」
――浮気?
今度こそ一言も理解できないイルカは狼狽した。
やっぱり変な人だと更に心配を募らせると、ふと足に手を置かれる。
何気ない動作だが、大腿の付け根近くに置かれた掌にイルカは眉を顰めた。
なんだろうとカカシを見上げると、
(あ、顔が)
ぼやけるほど近くなったと思った途端、ふわりと口に何かが触れた。
それが相手の唇だと分かるまで数秒。気づいた頃にはもう一度触れていた。
(‥え? なんだ? ‥‥なにやってんだ?)
「イルカ先生、目つぶって。色気ないですよ」
(色気?)
驚いたまま見開いた目に、カカシの掌が覆い被さった。
視界が真っ暗になると、再び唇に濡れた感触がする。見えなくなると、伝わってくる感覚は増し、――やっと、気づいた。
(‥キス‥‥されてる!!!)
イルカは急速に現実に目覚め、己の危機を悟った。
「は、‥離してください‥‥っ!」
腕を突っぱねて距離を置く。が、抱き込む力は信じられないほど馬鹿力だった。
「――やだ。もうやるって決めましたから」
「‥‥やるって何を‥‥っ、ん‥っ、‥」
言葉半ばで再びふさがれる。濡れた舌が唇の表面をなぞり、軽く噛みつかれた。
口づけは獰猛で、最初はついばむようだったのに、途中から食いつくようにぴったりと唇を合わせる。
「ぅ‥‥ん‥‥‥っ」
頬に手をそえて上向かされ、尖った舌先が口腔内に侵入した。差し込んだ指が口を閉じることを許さず、イルカは息もつけない。膝がくだけそうになって思わずカカシの上衣を掴んだ。一瞬だけ我にかえる。
比べられるほど経験してないが――こういうのがきっと上手いというのだ――とイルカはぼんやりした頭で思った。まずい。非常にまずい。
離れようとカカシの胸を突っぱねるが、目を覆っていた手が首筋を擦った。
「‥や‥っ」
くすぐったいような甘美感に首をすくめ、悲鳴じみた変な声が出る。とても自分の声だとは思えない。縮こまったイルカの舌はあっけなく捕まり、全体が絡み合う。唇の隙間からこぼれる唾液に気づいたけれど、拭う仕草がリアルな感じで行動に移せない。
(‥キスしてる‥俺、カカシ先生と‥‥)
しかも未来の人間と。
信じられない現状に気絶しそうになったが、背中に冷たい手が侵入した。
「‥ひゃ‥‥っ」
イルカの指を撫でていた冷たく渇いた指は、脇腹を撫で上げて胸へと這っていき、突起をいきなり強く、親指で削るように押した。予想できなかった刺激が全身に走り、イルカは小さく声を上げて背を反らした。
気づくと、いつの間にか床に横たわっていて、カカシが首筋に歯を立てる。ゆっくり味わうように食らいつく仕草には痛みすら伴なうけれど、突起を弄られる感覚の方が強い。大きく上衣を捲られると、カカシに揉みしだかれた突起がうっすら赤みを増していた。
「‥嫌だ‥っ、‥‥ッ」
恥かしさに顔が上気した。こんな真似――誰にも許すものか。
めちゃめちゃに手を振り回して暴れると、手首を痺れるほど強く掴まれた。
「じらすのはなし。それとも乱暴にされるのが好き?」
耳に吹き込まれ、下の肌に吸いつかれる。鬱血が確実に残る強さに、首筋から背筋へと痺れが走った。頚動脈の辺りにゆるく噛みつき、薄い皮膚に伝わるあやうさにイルカは身を縮めた。それでも逃げようと身体をずらすと、仕置きのように歯を立てられる。
「ぃた‥‥っ」
「逃げるのもなし。恨むなら、オレを放置しっぱなしの未来の自分にどうぞ」
「そんなの知らな‥‥っ、‥‥ッ」
胸元に顔をうずめたカカシが、突起を唇でくわえた。やわらかい唇で撫でられ、いっそう固くせり出した突起は熱い舌に覆われて震える。外そうとカカシの髪をつかむが、下肢を露にしようとする手に慌てた。
ひやりと冷たい空気に肌が触れるが、カカシの触れる場所は熱くなっていた。
「や‥っ‥‥、ッ」
もたげた先端をじかにつかまれて、びくりと腰が引ける。カカシにまさぐられ、半ば勃ち上がった自身に羞恥の涙が滲む。恥かしくて死にそうなのに、濡れた先端はねだるように震えて、カカシに触れられるのを待ちわびているようだ。
「‥ぃ、‥‥あ‥‥ッ」
包み込むカカシの指を剥がそうと爪を立てると、露出した粘膜を引っかかれて痛みに半身を強張らせた。微痛に涙が出ると、今度は宥めるように根元からこすり上げられる。中心から雫が溢れ出て、イルカはもはや自分ではどうすることもできなかった。
「‥ぅ‥‥、わ‥‥っ」
それでも、閉じた狭間を探ってくぼみに触れられると、驚愕に四肢が縮こまる。
濡れたカカシの指がぬめりを借りて入り込んでくると、イルカは引きつって声も出ない。強いられる行為に頭がついていかなかった。逃げようと腰を浮かせても、逆にカカシの指を押し進めるのを許すだけだった。思ったよりなめらかに長い指は奥へと突きたてられ、
「息、吐いて」
強張るイルカに、カカシが見かねたように囁く。息を吐いたところでどうなるのか。それよりも離して欲しくて、イルカは力の限りカカシの身体を押しのけようとしたが、
「――あ‥、‥‥ッ」
カカシの指が奥の粘膜を擦ると、まぎれもない快感が腰を揺さぶった。自然と息を吐くと、指が増やされる。痛みはあるけれど、過敏な壁を指の腹でえぐるように押されて息がつけなくなる。何もかも知っているようなカカシの指は、イルカを圧倒的な性感へと追い込んでいった。
(‥まさか‥)
潔癖なイルカには知識がなかった。しかし、これだけされれば嫌でも分かる。指を抜き出し、腰を抱えるカカシに血の気が下がった。狭間を割ってあてがわれる昂ぶりが何なのか、見ないでも分かる。
「待っ‥、‥無理で‥す‥っ、‥ぁ‥ッ」
震える声でカカシを止めようとしたが、くぼみを先端で押し開き、熱はゆっくりと進んできた。圧迫感に、身体中の関節がきしんで悲鳴をあげるようだ。脚を広げられ、イルカは根元までくわえ込まされた。
「は‥ぁ、‥あ‥」
勝手に熱い涙が溢れる。痛みのせいか分からない。痛みなんてとっくに痺れ、イルカは指一本動かすこともできずに硬直していた。身体の力が抜けず、荒い息を繰り返して泣くイルカに、
「‥まずい」
カカシがぽつりとこぼした。熱っぽく低い声。いったい何がまずいのかとイルカが閉じていた目を開けると、カカシの瞳が真剣に覗きこんでいた。
「‥‥イルカ先生。つかぬ事を聞きますが、もしかしてまだ、オレと付き合ってない?」
まただ。意味の分からない質問に、イルカは唇を噛みしめた。内部に留まったままのカカシの熱は、腰を溶かすようでじっとしていられない。
「抜いて‥ください‥っ」
「だめ。質問に答えてから」
返答するカカシの声は冷静だった。触れ合う肌は少し汗ばんでいるのに、一人我を無くしているイルカは自暴自棄のように叫んだ。
付きあう、という種類がどんなものか分からないが、
「‥‥っ、‥ろくに話したこともありません‥‥!」
イルカは真実を言った。すると、カカシは少し困った顔をして、
「あ〜‥‥どうしよう。お先にいただいちゃった」
のんびり呟いて頭を掻いた。
何を言っているか分からないが、イルカはもうなんでもいいから解放してほしかった。
カカシの気がそれている間に、痛みを堪えて腰を浮かしてみる。自分で抜くなんて怖いが、この状態を脱するほうが重要だった。ゆっくり動くと、穿つ肉の形が伝わってくる。ぬめりの感触に泣きそうになったが、必死に堪えた。しかし、
「ま、いいか」
頭上から能天気な声が響く。あっさりと何かを吹っ切っり、
「‥や、‥‥待っ‥‥‥ッ」
イルカの片脚を上げ、粘膜をこじ開けるようにしながらカカシはありえない内部まで突き入れてきた。
「あ‥ッ! ‥ゃ‥‥っ」
「イルカ先生、力抜いて?」
なるべく優しくしますと囁き、カカシは互いの腰骨がぶつかるほど抱えた体を揺さぶった。イルカは痛みを通り越して、下肢の感覚が薄れていく。かわりに浮き上がってくるのは、鈍い甘美感。カカシが小刻みに、根元まで埋めてくるたびにあらがえない快感が痛みを伴なって溢れ出る。
絶頂が近い。カカシの手に握りこまれると勝手に喘ぎ声が出た。何も考えられない、ぐちゃぐちゃにされるような波にのまれ、イルカは悲鳴のような声で昇りつめた。
「子犬みたいな悲鳴‥」
カカシはからかうように笑い、弛緩したイルカの身体を一息に貫いた。達したイルカの粘膜に締め上げられ、奥で果てる。熱いほとばしりが叩きつけられる感触があり、イルカは背筋を震わせた。カカシが中で吐き出すと、互いの粘膜が擦れ合い、音を立てるほど濡れた。
息が切れる。イルカは何度も荒い息を繰り返し呼吸を整えていった。やっと終わったと心から安堵して息を吐いたが、内部から出ていかない熱が蠢いた。
「‥‥‥‥、‥ゃ‥」
イルカが力の入らない手で抗うと、カカシは上体を押しつけて口づけをした。
「イルカ先生、お願い。‥‥今夜だけオレに付きあって?」
穿つ熱は中の粘膜とこすれあい、その形を変えた。襞を押し上げるように反り勃ち、イルカは鈍い快楽に絶望を抱いた。
どれだけの時間が経ったか定かではない。
濃厚な伽は終わりを知らず、イルカは途中から記憶すら失いかけた。初めて受け入れた熱はその後何度もイルカを翻弄し、身体中カカシの指が触れなかった場所はない。
鬱血は濃く残り、イルカが知識を知らぬことをいいことにカカシはさんざんな無体を強いた。意識が半分飛んでいなければ、死んでも男の股間に顔をうずめようとは思わない。
(‥嵐の真下にいたみたいだ‥)
明け方の空気に目を覚ましたイルカは、ぼんやりそんなことを考えた。
身体の熱っぽさから気を失ってそれほど時間は経っていないだろう。起きられるだろうかと上体を起こそうとしたが、力が入らずに再び突っ伏した。その背を、別の手が優しく撫でる。
「‥‥いいなぁ、若いイルカ先生。初々しくて、幼稚なところなんて可愛すぎ。オレ、自分だけのものにしたいかも。あ〜‥でもそんなことしたら、昔のオレに悪いか」
上機嫌な声は、隣に寝転ぶカカシのものだった。
絶対カカシの方を向かないイルカは、できれば背を撫でる手を払いたかった。黙り込むイルカにカカシは何を思ったのか、
「や、オレのイルカ先生が可愛くないってわけじゃないですよ?」
あさってな弁明をする。
――イルカの中で何かが切れた。
最後の力とも言える底力で上体を起こし、脱がされた服を掴む。カカシから距離を取って、呪い殺さんばかりに睨みつけた。
「‥‥俺は、あなたなんか嫌いですっ」
少々子供じみた罵倒だが、その一言に尽きた。
嫌い。最悪だ。――最低最悪な悪魔だ!
全身の毛を逆立てる動物のように凄むイルカに、寝転んだままのカカシはひらひらと手を振った。
「またまた〜。そんなこと言ってもイルカ先生、アンタはオレと恋人同士になる運命なんですよ?」
決定事項のように言い切られ、イルカは激しい反発に襲われる。運命がなんだ。未来がなんだ。
恋人同士になんて――なるものか!
「なりません‥‥! 誰があなたなんかと‥‥、はたけカカシなんて‥‥だいっ嫌いです!!」
声の限り叫んだ。
喉が痛んで声は響かなかったが、酸欠で眩暈がする。が、理由はそれだけじゃなかった。
ぐらりと、世界が揺れる。
(‥これは‥‥っ)
覚えのある感覚。忘れもしない。口寄せの術が発動したときの浮遊感だ。
起き上がったカカシが、イルカ先生、と呼ぶ声が聞こえたが、すぐに視界は真っ暗になった。上も下もない浮遊感に目を瞑ると、
――気がつけば家にいた。
「‥戻ってきた‥?」
イルカは用心深く辺りを確認した。
カカシの家ではない。見慣れた我が家だ。
窓の外はすっかり夜が明けていて、雀の声が聞こえる。平和だ。まるで何事もなかったようだが、イルカは背筋の震えにくしゃみをした。
寒い。それも当然でイルカは服を着ていなかった。そして、身体に残る鬱血の跡に気絶しそうになる。
夢なら良かったのに。夢なら‥っ。
(好き勝手にしやがって‥‥っ)
いつもの光景に戻り、安堵から怒りは更に込上げてくる。どうせなら一発殴ってから帰りたかった。詳しい事情だって、結局のところ聞けなかったし。
時間移動。これは本当に巻物のせいなのか。
そもそも本当に未来に行っていたのか。
しかし、とにかく今確実に判明していることは、
――はたけカカシなんか、大嫌いだ!
ということだけだった。
○ NOVEL ○ NEXT2 ○