□ 夜に逢いましょう。
第4話
こうして呼び出されることにも慣れてしまった。
早めの食事を終えて正座をして待っていると、いつもの浮遊感。
気持ち悪さに頭を押さえて顔を上げると、目前に同じく正座をしている未来のカカシ。
いつもは胡乱でやる気のない目がきらきら輝いている様子に、イルカはつい逃げ腰になる。
「イルカ先生、その後の成果はどうですか」
訊きたいことは分かっている。
イルカは渋い顔をしながら、今日あったことを話した。断った理由を訊きに来たカカシ。押し問答の結果、最後は諦めて帰った。明日の朝また来ると言っていたが、これ以上カカシが望むような進展はないと。
――最後の、キスされたことはあえて伏せたが。
(‥諦めたと思う。多分)
正直、自信がなかった。
話を聞き終わったカカシはがっくりと肩を落とし、
「‥イルカ先生〜‥いいじゃないですか。オレと付きあってよ」
また安易な要求を口にする。――何度も思うが、そういう態度が嫌だ。
「簡単に言わないで下さい。‥それに、あなたであっても、あなたじゃないんですよ」
「オレのこと好きじゃない?」
(――う)
直球で問いかけられ、イルカは口をつぐんだ。その件に関しては、まだはっきり答えが出ていない。
キスされた時の己の動揺ぶり。今思い出しても落ちつかない。明日の朝、もう一度来ると言っていたカカシ。しかし、いったい何を話したらいいのか心底滅入る。
嫌いじゃない。
好きかと訊かれたら、悪い感情は持っていないけれど、しかし恋人同士となると話は複雑だ。明日の朝、どうしたらいいんだろう。会いたくないような、会いたいような、二つの気持ちがぐるぐると回りあって眩暈がしそうになる。
これではまるで‥、
(‥‥‥そ、そんなことは‥‥‥)
イルカは予感を振り切るようにぶんぶんと首を振った。
自然と顔が赤くなり、迂闊にもカカシが見ていることを忘れていた。ふと目が合うとにんまり笑われ、
「はは〜、その調子なら大丈夫そうですね。やっぱりイルカ先生もオレに惚れる運命なんですよ」
駄目だ。調子にのる。
イルカは表情を引き締め、ばしんっと床を叩いた。
「とにかく、もう俺を呼び出すのはやめて下さい!」
イルカは、未来に口寄せされることがどれだけチャクラを消費するか説明した。今日の朝など倒れて動けなかった。今だって走れるだけの気力もない。結局今夜も来てしまったし、明日の朝はどんな状態になるか‥。
「えーと、でも」
カカシは巻物を広げた。イルカが呼び出されるごとに消えていく正の字。残るは一画。
「あと一回残ってますよ」
「今夜で最後にして下さいっ」
「いや〜、一度決めた形式は完全に終わるまで駄目ですよ。それにこんな危ない契約。下手につついたらどうなるかわかんないしねぇ」
(お前が言うな!)
怒鳴りたかったが、もう口をきくのも億劫だった。
身体のだるさが増し、うつらうつらと眠気が襲ってくる。「あ、もう寝る?」本当に体力ないんだねぇとカカシが笑い、イルカの体を寝台へとかついでいった。
荷物のように下ろされたが、ベットの感触が気持ちいい。
このまま過去への帰宅まで眠ってしまおうともぞもぞ眠る体勢を決めるが、ふと気がつくとカカシの手が自分と重なっていた。
「‥‥なんですか‥‥」
嫌な予感にじろりと見上げると、覆い被さるカカシが目を細めた。
「いや、こうして昔のイルカ先生と会えるのも残る一回かぁと思ったら、もったいなくて」
降りてきた唇がうなじに吸いついた。イルカはくすぐったさによじり、
「やめてください‥‥っ、離せっ、エロ上忍!」
張り上げられるだけの声で牽制した。カカシはくじけず、面白そうに目を丸くする。
「うわー、その怒り方。オレのイルカ先生と同じ」
「やめないと‥嫌いになりますよ!」
「イルカ先生は、もうオレのことが好きですよ」
(‥そうやって自信たっぷりに‥‥っ)
自信過剰なところが憎らしい。大っ嫌いだと罵ってやろうと息を吸い込んだが、吸い込みすぎて咳き込んだ。
「あ、ほらほら。ゆっくり息して」
酸欠になり、ぐったり息を繰り返すと、顔を間近に寄せたカカシが正しい呼吸を促す。
ぴったり身を寄せられ、カカシと同じように呼吸を繰り返すと、次第に落ちついてくる。「そう、ゆっくり」優しい声で囁かれて目を開けると、色違いの双眸が覗き込んでいた。
自然に近付き、ちゅと触れた唇にイルカは抵抗しなかった。
それどころか、もう一度とすら思った。
――だから。
「‥カカシ先生、違うんです。――顔向けできなくなるから、もうこんな事はやめてください」
カカシの胸に手を当てて、イルカは真摯な声で訴えた。
カカシはじっとイルカを見つめ、
「顔向けできないって、過去のオレに?」
イルカは頷いた。
イルカが知っているカカシよりも年を重ねたカカシ。その容貌をイルカもじっと見つめる。
奔放で得体が知れなくて強引だが、イルカよりも確実に長い時を生きている。その時間を覗き見るように色違いの瞳を追い求めた。その中にさまざまな感情が見え隠れし、
「‥‥‥まじめ〜‥‥‥」
カカシはため息をこぼした。
「‥でも、安心した。イルカ先生はそういう人だよね」
微笑み、額の髪を撫で上げられる。やわらかな仕草が、カカシとの年の差か。
「ごめんね、無理強いして。――何もしないから、せめて一緒に寝て?」
電気を消し、カカシはもそもそと横に入ってイルカの身体を抱きしめた。
真っ暗な闇になると、また眠気が訪れる。
カカシはきっと何もしない。イルカは密着する体温にうとうとすると、視界の端に手紙の束が映った。この世界の、イルカからの手紙。
あなたなんか知らないと告げられて、カカシはどんな気分だったろうか。
なんだか可哀相になってカカシの頭を撫でた。ついでに、思わず唇を銀髪に押しつけた。ただし、カカシのような邪な気持ちはない。イルカにしてみれば子供をあやしているような気分だった。
起きていたのか、抱きしめる腕に力が入る。
けれど、目は開けない。
(‥元気出して下さい)
カカシの肩をぽんぽんと叩き、イルカもまた眠りについた。
***
目が覚めると見慣れた自宅だった。床に転がっていたイルカは上体を起こしてみる。
だるい。けれど、昨日よりはまだましだった。
疲労に立ち上がるのも不自由するが、午前中大人しくしていれば、昼からアカデミーに出られそうだ。いくらなんでも二日続けて休むことはできない。
(‥とりあえず、何かお腹に入れてエネルギーに‥‥)
食欲はないが、規則正しく朝ご飯の用意に取り掛かろうと壁にすがって立ち上がると、途端に玄関の扉が叩かれた。
ぎくっと身体を強張らせたが、すぐにカカシだと察する。
慌てて平気なふりをして、イルカは玄関へと向かった。ドアノブを掴んで回すことすら上手く力が入らないが、なんとか開ける。
「おはようございます」
イルカは笑顔でカカシを出迎えたが、相手はなぜか無言だった。
どうしたのかと怪訝に思うと、カカシの視線が妙に下がっている。顎、ではない。首元‥?
「そこ、昨日は無かったですね」
また虫ですか、とカカシが言った。イルカは少し首を傾げ、はっと気づく。
昨夜首に吸い付かれたことを忘れていた。
「‥む、虫‥‥です」
冷や汗が出そうだ。つい目を逸らして答えると、ふーんと気の無い相槌が返ってくる。
なんだろうかとイルカは不安になった。どうも今朝のカカシはいつもと違う。いや、未来のカカシから考えれば、これが地なのか。つまり、なんというか愛想がない。
「お邪魔します」
ずいっと中に入ってきたカカシは扉を閉め、さらに奥へ入ってこようとする。
「あ、あの‥今朝は調子がいいので」
帰ってください、というのは失礼だが、対応に困ることは目に見えていたので出来れば帰って欲しい。
中へ入ろうとするカカシを遮るように押しとどめたが、体力が激減していることを忘れていた。
「わ‥わわ‥」
逆に押されて呆気なく倒れそうになり、カカシの手が素早く支えた。
ひっくり返らずにすんでイルカはほっとしたが、カカシが鼻を近付け、首筋の匂いを嗅ぐ。
「‥な、なんですか」
くんくんと髪や服に鼻を押し付けられ、びっくりして身を捩った。
昨日は夕方ちゃんと風呂に入ったし、服だって別に汚れてないはず。でもまさかまさかオヤジ臭とかいうものが臭っているのではないかとイルカは青ざめた。
されるがままで硬直していると、カカシが覆面を下ろし、
「なんでだろ」
ぽつりと呟いた。
「あんた、男の匂いがしますよ」
「‥‥‥っ」
どきっとした。
咄嗟に浮かんだのは未来のカカシだが、彼はほとんど体臭が無い。だいたい、ただ同じベットで眠っただけで移るものだろうか。
「俺‥一応男ですけど」
茶化して誤魔化そうかと試みた。けれど、カカシがいきなり上着の裾を引っ張り上げた。
「わ、‥ちょっと、何するんですか‥っ」
驚いてのけぞると、体勢を崩して倒れてしまった。こうなっては立ち上がるのが困難だ。呆気なく伸しかかられ、上着を胸元まで引き上げられる。露になった腹部が外気に触れてひんやりし、カカシがぴたりと固まった。
「――――‥‥っ」
イルカもまた、絶句する。
露になった腹に――撒かれたように飛び散っている白濁。
(‥こ、こ‥ここここここれは‥‥っ)
カカシよりもイルカの方がずっと驚いた。
見間違いであればいいが、生憎嫌というほど見知ったものだった。
(何も‥しないって言ったくせに‥!!!)
触れ合った記憶はない。下肢の痛みも無いように思う。では、自分が眠っている間にこんな卑猥な真似を‥!?
(ひどい、カカシ先生‥っ、あの鬼畜野郎‥ッ!!)
いったいこの状況をどう説明しろというのか。恥かしさに涙が出るほどうろたえるイルカだったが、
「‥あ、‥ッ!」
カカシの手が、ズボンの中へ無遠慮に入ってきた。その手を押さえようとしたが、萎えたそれをなぞるように探られて悲鳴が出る。カカシは指を蠢かせ、
「‥あんたのじゃない。じゃあ、誰のよ」
声に感情が無い。
じっと見下ろされるが、怖くて目線を合わせられない。
「‥‥、‥ッ」
ぎゅっと強く握られ、脚が跳ねた。
「誰かを抱いた? それとも抱かれた? 恋人なんですか? 昨日の晩、オレと別れてからどれだけやりあったわけ」
答えられない。イルカはぶんぶんと首を振って拒否したが、身体を押さえつける手に力が入る。
「イルカ先生、頼むから喋ってよ。オレ、酷いことするかも」
怖い。
けれど、説明なんかできるはずがない。
硬直し、何も喋れなくなるイルカに、カカシは長く沈黙し――やがてため息をついた。
「‥‥‥すみません」
下肢から手を離し、イルカを優しく抱き起こす。
「恋人でもないのに、あんたの生活に口出ししてごめんなさい。昨日、言わないって言ったのに」
声がいつもの穏やかなものに戻る。
風呂、入ります? と訊かれ頷くと、浴室まで運んでくれた。なんとか自分の足で立つと、着替えやタオルまで探して持ってきてくれる。
「気分悪くなったら呼んでください」
「‥ど、‥どうも‥」
てきぱきと用意され、イルカはもごもごと礼を言った。
カカシはその場を離れようとしたが、
「イルカ先生」
ふと振り返り「これだけは教えてください」と真剣な目で見つめてくる。
「あんたに印を残した奴は、恋人ですか」
「――――」
イルカは息を詰まらせ、一呼吸置いて首を横に振った。
恋人、と言えばもしかして丸く収まるかも知れない。だが、そんな嘘はつきたくなかったし、
(こんな卑怯な真似する人を、嘘でも恋人なんて言いたくない‥っ)
「‥そうですか」
カカシは静かに頷いた。
浴室に入ったイルカは、今更ながら激しい羞恥心に襲われ、急いで水を被った。
冷たいが、早く洗い流したい。
(‥殴る‥っ)
最後の一回、呼び出されたらあの男を絶対にぶん殴る。
イルカは怒りをめらめらと燃え上がらせた。
「簡単な朝食、用意しました」
ごめんね、勝手に使ってとカカシが謝った。
体調のすぐれないイルカのために用意してくれた朝食に、イルカはじんわりあったかいものがわきあがった。なんて親切な人なんだろうか。
しかし、一人分しかないということは。
「オレはもう失礼しますから」
見上げるイルカに、カカシはぺこりと頭を下げて言った。
――帰る。
「‥カカシ先生」
言いかけて、イルカは口を噤んだ。
呼び止めたって、何も言えない。
(‥でも、こんな別れ方‥‥)
恋人とか、そういう難しい関係にはなれなくても、このままカカシと完全に縁が切れてしまうのは寂しかった。
(‥勝手だって‥わかってるけど‥)
こっちのカカシは何も知らない。ぐるぐる一人迷っているのは自分だけ。
イルカは憂鬱になった。
項垂れていると、コップに入った水を手渡される。
「とりあえず、今日一日ぐらいゆっくり休んで下さい」
気遣う声に、イルカは頷いた。水を含むと、乾いた喉が潤う。
カカシが立ち上がり、玄関へと歩き出そうとした。せめて見送ろうとイルカも立とうとしたが、
「‥わ‥‥‥っ」
足元がふらついて、あえなく座り込む。
まだ体調が戻らないのかと慌てて足に力を入れるが――おかしい。身体に力が入らないばかりか、頭までぼんやりする。
カカシの手が肩に触れた。帰ろうとしていたのに、心配させてはいけないと言おうとしたが、カカシの手が脇の下に入って、抱き上げられる。
そのままベットへと寝かされ、カカシはすぐに離れた。カチャカチャと食器の音が聞こえる。用意していた朝食を冷蔵庫へと片付ける様子を、イルカはぼんやり見つめた。
一通り片付けたカカシは再びイルカの所へ戻り、ぎしりと音を立ててベットに乗り上げる。
「朝食はまた後でどうぞ」
「‥カカ‥シ先生?」
声も舌足らずになっていた。
カカシが上着を脱ぐ姿を、夢を見ているように凝視するが――間違っても夢じゃない。
(え? なに‥?)
ちゅ、と首筋に唇が吸いついた。昨晩カカシにつけられた痕を強く噛まれて、声が漏れる。しつこく吸われ、むずがゆい感触に首を竦めた。きっと、ずっと濃い痕をつけられた。
瞼が重いけれど、眠いわけじゃない。ぼんやりするが、身体は驚くほど敏感だった。それどころか、
「‥‥あ‥‥、‥ゃ‥ッ」
脇腹をなぞり上げられ、胸の突起を押されるとびくりと背が跳ねる。
服を脱がされながら、イルカは混乱する頭で必死に考えた。
(水‥‥)
口に含んだ時、わずかに甘い味がした。たいして気にならなかったが――まさか何か入っていたのか。
「‥カカシ先生‥‥ッ」
痕を探し出しては口づけするカカシに、イルカは声を張り上げた。
「帰るって‥言ったじゃないですか‥‥っ」
「嘘です」
「ちょっと‥‥待‥ッ」
「嫌ですよ。つーかもう覚悟して下さい。オレはやめませんよ」
「‥‥っ」
がぷりと耳に噛み付かれて、どうしようもなく背筋が痺れた。
服を脱がされ、探るカカシの指が生き物のように這う。その愛撫の仕草があの男と何度か重なって、慣らされたイルカの体は意思に反して熱くなる。
(‥‥カカシ先生の馬鹿‥!)
どちらへの罵倒か、イルカにも分からない。とにかく、両方だ。
「‥‥、ぁ‥‥‥あ‥‥‥ッ」
足を抱え上げられ、入り込んでくる熱の塊に首がのけぞった。脈動する熱の形に、イルカは首筋まで赤くなる。何も変わらない。体で覚えているカカシに、今更ながら激しい羞恥心が込上げてくる。たとえ同一人物でも、ふたりの男に抱かれたなんて、口が裂けても誰にも言えない。
薬の効果で、イルカの熱もまた高まった。荒々しく揺さぶられて、息が乱れる。でも、吐き出される前に、
「‥‥‥っ」
カカシの首に手を回し、すがりついた。
この行為を、一方的なものにしたくなかった。薬が入っていても、無理強いであっても、好き勝手させるものか。
カカシの唇が、何度も髪や頬に押し付けられる。
耳元で名前を呼ばれ、ぶるりと震えた。穿つ熱のリズムがやわらかに、しかし激しく押し寄せ、互いが限界であることが分かる。
解放は唐突で、イルカは息を堪えて喘ぎを漏らしたが、後を追うように突かれ、きつすぎる甘美な波は何度も襲ってきた。火傷するようなカカシの熱が、奥で弾ける。
やっと動きを止めたカカシの背が、汗に濡れていた。びくびくと震える腰が、快楽の余韻を味わっているのだと思うと落ちつかない。少し身をよじると、よけいに強く腰を押し付けられた。入り込んだ熱がすべてを出すまで、カカシは離れなかった。
「オレの匂いが染み付けばいいのに‥」
傲慢でもなく、飄々でもなく、むしろ不安そうな声で、カカシは呟いた。
合わさった唇に、イルカはカカシの手を握る。
熱を持った互いの指は汗ばみ、離すまい、とカカシは更に力を込めた。
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