■ よしよし









「夢を見たんです」
 朝食を作っていると、寝惚け眼のカカシが現れて言った。イルカは振り返り、
「‥‥なんの夢です」
「あんたが死ぬ夢。ちょっと聞いて?」
 カカシは勝手にしゃべり始めた。



 ある朝起きると、イルカはまだ眠っていた。
 珍しいなぁと思い、起こさないようにしていたけれど、どれだけ時間が経っても目覚めない。
 寝台でぴくりとも動かないイルカに、不安が生まれる。
 早くなる動悸を抑えてベットに行くと、伸びた手が信じられないほど白い。
 触れると、身体全体が揺れる――物のように固い身体。
 ベットの中で、イルカは静かに死んでいた。

 忍の遺体は火葬。そして慰霊碑に葬られると決められているけれど、
 カカシはイルカの身体を自分だけが知る場所へ埋めた。
 誰にもイルカを見せたくなかった。
 土を叩き、すっかり遺体を隠してしまうとため息が出た。
 一息ついて、その隣に座り込む。
 風は強いが、日差しは温かい。
 のんびりした空気に、カカシはぼうっと風景を見る。
 何もする気が起きなかった。
 里へ戻らないといけないのは分かっていたが、このままずっとここにいるのが、自然なことに思える。
 それに――もしかしたら起きるかも知れない。
 無論、イルカのことだ。
 浅く埋めたのはそのため。
 もし目覚めたら――すぐに助け出せるように。

「だって俺は死んだのでしょう?」
「いや、でも、ただ眠っているだけかも知れないと思ったから」

 夢にはまだ続きがある。
 何もせずぼうっと墓の傍に座り込んでると、目の前にぽっかり穴が開いた。
 覗いてみると、どうもあの世に通じているらしい。
 カカシは迷わず飛び込んで、イルカを連れ戻しに向かった。
 長い道は平らになったり坂になったり、
 しばらく歩いていると、遠くにたくさんの人の姿を見つけた。
 その中に、イルカの姿も。
 川の傍に立つイルカを大声を上げて呼んだけれど、声は届かないようだ。
 じれて駆け出そうとしたら、
 ――待ちなさい。
 誰かに止められた。
 ――ここまで来た勇気に免じて、連れて帰ることを許すけれど。
 厳かな声は頭に響く。
 ――死んだ者は生き返らない。戻ったところで、それは束の間の夢。

 それでよければ、連れて帰るといい。
 
「‥‥‥それでどうしたんですか」
「連れて帰りました。外に出たまでは覚えているんですが、すぐに目が覚めて‥‥」
 ぺたぺたとカカシの手がイルカを触る。
「ちょ‥なんですか‥」
「本物ですよね。生きてますよね。あんた、死んでないですよね」
「‥‥‥」
 夢の中の声は”束の間の夢”と言った。
 今のこの時間を、幻の時間と思っているのか。
 イルカはまじまじとカカシを見つめた。
 あんまり訝しげに見つめるので「‥‥なんかついてる?」カカシが首を傾げる。
 ついてはいないが、
「‥いや‥気持ち悪いなぁと思って。どうしたんですか。いつもはオレ様気取りでどうしようもない傲慢男のくせに、びっくりするくらいしおらしいじゃないですか。寝ぼけてるんですか?」
「‥失礼ですね、イルカ先生。オレはいつでも可愛いです」
「世間は認めません。――それに‥‥」
 ぽこり、とイルカの手が銀髪を叩いた。
「寝坊しておいて何ふざけたこと言ってるんですか。勝手に人を殺さないで下さい」
「‥夢じゃない? あんたは本当に生きてる?」
「生ーきーてーまーす」
「調べる」
「‥‥‥な‥‥‥っ」
 がしっと掴まれ、イルカは寝台に引っ張り込まれた。
 朝飯の準備が‥っと反論したけれど、熱いキスで黙らされる。
「‥‥‥」
 性急に求めるカカシは、すっかりいつもの勝手な男に戻っていた。
 ――すぐに調子に乗って。
 反発も手伝い、イルカの胸に小さな悪戯心が生まれる。
 さっきまで水を使っていた冷たい手でカカシの頬に触れ、瞳を覗きこんだ。
 食い入るように見つめ、
「‥‥好きにしていいですよ。束の間の逢瀬を、あなたと‥‥‥」
 そっと静かな声で囁く。
 もちろん冗談のつもりだった。
 しかし、言った途端にカカシの顔が凍りつく。
 しまった、と思った時には―――色違いの双眸からほろりと涙がこぼれ落ちていた。
「‥‥‥っ」
 信じられない。
 ――この人が泣くなんて。
 イルカは呆然と見詰めていたが、
「‥‥あ‥、や‥‥カカシさん。今のは冗談ですよ」
 冗談、冗談とあわてて銀髪の頭を抱え込む。
 されるがままのカカシはその胸に顔をうずめた。
 大丈夫だろうか。
 まるで人形のように膠着して反応がない。
 心配になって頭を撫でながら――夢の中で自分が死んだ時も、こんな感じだったのか――と思う。
 可愛い人。
 いつもは本当に心底憎らしいけれど、
 時々悪魔のような魅力的な姿で人の心を惑わせる。
 可愛くて憎い人。
 優しく頭を撫でながら、イルカはため息をこぼした。
 頭痛の種は尽きないけれど、
 この後、我に返ったカカシに復讐されることが、今一番の憂うつだ。










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