002:階段









 初めて彼を見た場所は、アカデミーの階段だった。
 
 イルカ先生?

 階段を半ばまで降りた時、名を呼ばれて振り返ったが、窓からの光が眩しくて目を閉じた。
 細めた視界に、きらきらと銀色の髪が光る。
 踊り場に立つ人影は男。
 忍服と覆面は確認できたが、差し込む陽光が眩しくてよく見えない。
 
 生徒の引き継ぎの件で話があるんで、ちょっとこっちへ来てもらえますか。

 言われて慌てた。
 卒業生を預かる上忍の一人なのだ。
 急いで降りた段を駆け上がろうとした。――が、
 ぞわり、と鳥肌が立った。
 足が止まる。
 目線が、細かく震える膝に落ちた。
 なんだ。この殺気は。

 実践に慣れた、密かな針のような重圧感。
 意識で相手を押し潰そうする、紛れもない殺意がイルカに覆い被さっていた。
 威圧の主は―――見下ろす男。 
 何故。
 顎に滴り落ちる冷や汗が気持ち悪い。
 精神の弱い者なら自殺に追い込める。

 浅く息を吐き、
 汗の滲む手を握り締めて、一段、上がってみた。
 ずしん、と、重圧が強まった。
 分からない。
 こんな殺意をぶつけられる理由が分からない。
 こっちへ、と言いながら、この男はなぜ、
 自分の元へ来ることを阻むのか。
 

 すぐ隣を、子供たちが元気よく駆けていく。
 アカデミーの平和な光景。なのに、この階段だけが世界から切り離されたようだ。
 このまま降りた方がいいかもしれない。きっと、この人は何も言わないだろう。
 むしろ、そう仕向けているようだ。

 すると、不思議なものだ。

 相手に対して、強い負けん気が出てきた。
 どういうつもりか知らないが、
 理由のない殺意に応える義理などない。


 ぐ、と歯を食いしばり、顔を上げた。
 一段、一段上がり、
 ついに、男の真正面に立つ。
 容貌を確認できないはずだ。
 覆面だけでなく、額宛まで斜めにずらし、もはや表情を読み取るのも困難だ。
 露な右目は、まるで穴のようだ。
 酷い感想だが―――底がない、無気力な目。
 見ていると、こっちが負ける。
 

 その目が、少し細くなり―――――ふと、笑ったようだ。


 その笑みが、どんな感情を含んでいたかは、
 結局、分からなかった。 




 ちなみに、
 その男が七班の担当だと知ったのは、それからすぐの事だった。










○ BACK ○
2003.03.23

FC2 キャッシング 掲示板 無料アクセス解析
inserted by FC2 system