037:スカート
姉弟は何も口を開こうとはしなかった。
「俺はイルカっていうんだ」
自己紹介をしてみても、反応は薄い。
だが、パンに齧り付く必死の様子から、ずいぶんと苦労をしてきたようだ。
擦り切れた靴や、泥のついた破れた服。
とくに姉の方は酷い。まるで襲われたようで目のやり場に困った。
ひとまずは服だ。
「好きなのを選びなさい」
衣類店に連れて行き、姉の方に話し掛けた。
きょとん、と目を瞬かせていたが、その目線は自然と服へ行く。
「‥‥‥‥‥‥いいの?」
やっと喋った。
戸惑ったような顔で見上げる顔に、イルカは頷いた。
「俺は服のセンス無いからな。弟の分も見繕ってやりなさい」
にっと笑ってみせると、姉はほっとした表情を浮かべた。
おいで、と弟に呼びかけ、店の服を見て回る様子に、イルカもやっと安心する。
どんな事情があるか分からないが、悪い子たちでは無さそうだ。
「‥‥‥ありがとう」
夕焼けに染まった道を歩きだしてすぐ、姉の方が小さく礼を口にした。
二人とも真新しい格好になって、普通の一般人に見える。
とくに姉の方は、菫色のスカートがよく似合っていた。今頃気付いたが、かなりの美少女だった。
「‥事情、話してくれるか?」
そうでなければ、手の貸しようが無い。
すっかり落ちついた二人に話を促したが―――その足が止まった。
固まったように動けなくなる姉弟に、イルカは立ち止まり、
「‥‥あ‥」
二人の視線の先にいる、暗部の男に息を飲んだ。
血の色に似た夕焼けが、恐ろしく似合う忍び。
男がつけているのは、犬の面だった。
――まさか。
「あれ? アンタ、なんでここにいるの? あそこで待っててって言ったのに」
暗部の男は首をかしげ、クナイを取り出した。
「まあいいか、オレも遅刻だし。ちょっと待ってて。さっさと仕事終わらせるから、一緒に行こう」
「‥‥‥っ」
何の迷いもない静かな殺気に、イルカは総毛だった。
思考は動かない。
動いたのは、イルカという人間を構成する心の叫び。
”逃げろ‥‥!”
イルカはその声に従った。
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