038:地下鉄
「あれ? ちょっと、アンタ‥どこ行くわけ?」
三人は逃げ出してしまった。
予想外な行動に、思わず対応が遅れる。
え? なんで逃げるの?
男は任務対象の姉と弟の手を掴み、逃走した。
これって、任務妨害? なんで、里の忍びがそんなことするわけ?
頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。
ワケが分からない。
(‥あ、もしかして)
あの人は優しいから、同情を抱いてしまったのかも知れない。
聞き込みでは、ボロボロの服を着ているはずの姉弟。
しかし、その体は真新しい服に包まれていた。
あの人が与えたのか。
(優しいなぁ。そりゃ、オレだってこんな任務はあまり好きじゃないけど)
でもねぇ。
そんな簡単な世界に住んでないでしょ、オレたちは。
中忍といえど、本気で逃げられたら捕まえるのは少し厄介だ。
でも、二人のお荷物を抱えては遠くへは逃げられない。
忍犬に気配を辿らせ、カカシは崖沿いの洞窟を見つけた。
人の手が加えられた内部は、大昔に使われていたことを物語るが、洞窟の用途はどうでもいい。
(‥こんな所に逃げちゃって)
地下なんて、あの人には似合わない。
隠さなきゃいけない汚点なんて、あの人にはきっと無いのに。
穢れのない人。
好き。――好き。
本当に大事だと思ってる。
(‥‥‥だから)
「オレを困らせないでよ」
忍犬に追い詰められた三人の前に、カカシは立った。
姉弟を背に庇う男が痛々しい。
「その二人は山賊の生き残りなんです。始末するのは復興を企てる女の方だけですから」
「‥‥この子たちは、食べ物を得るにも必死でした。そんな余裕は見えませんっ」
「でも任務ですから」
「確かな情報を得るまでは、この子たちは渡せませんっ。火影さまに取り次いでください」
「この程度の小さい任務、いちいち上に報告してられませんよ」
「‥あなたは、お渡しできません!」
宥めようと事情を話したが、庇う手はますます背中へと二人を隠す。
意固地な男だ。
怪我なんてさせたくなかったのに。
「‥‥っ」
姉の悲鳴が上がった。
飛びかかった忍犬に押さえ込まれた男は呻き声を上げる。
その人に噛みつくなよ、と犬たちに注意を促し、カカシはクナイを取り出した。
恐怖に震える姉弟は、互いにしっかりと抱きしめあっている。
涙の浮かんだ目が、子犬みたいで何だか嫌だ。
でも仕方がない。任務だから。
「懺悔は後で聞いてね」
カカシはそう言って、クナイを真横に走らせようとしたが――、
「嫌です‥‥‥!」
イルカの拒絶に、ぴたり、と手を止めた。
「‥‥え?」
我ながら間抜けな声が出た。
忍犬に押さえ込まれている男を見下ろすと、強い眼差しがカカシを射る。
「聞きません。‥あなたの懺悔なんて、二度と‥‥!」
「‥‥‥‥‥‥」
そりゃ、困る。
じゃあ、これから誰に聞いてもらえばいいわけ?
カカシは呆然と立ち尽くした。
腕にぞわぞわと不快感が走る。恐い。
急に、恐くなった。
許しが貰えないなら―――殺せないじゃないか。
「‥‥あら〜‥‥‥まいったな‥‥」
殺せない、と感じる自分に、カカシは頭を掻いた。
以前なら、躊躇は無かった。
けれど、―――この男から与えられる許しを知ってしまったら、もう出来ない。
任務による死はすべて必要なものだと思っていたけれど、
今分かった。
無意味な死も存在すると。
クナイは知らず、
地面へと落ちていた。
○ BACK ○
| FC2 | |||