049:竜の牙









 夜明け前に一同はあばら家から出発した。
 山菜を取りにいくと言い出したイルカに誘拐犯たちは気色ばんだが、オンが許しを出した。
 見張りつきだが十分に採取し、ユビナに食させる。「美味しい」と笑う顔は、まだ顔色が悪かったが、歩く足取りがずいぶんとしっかりしていた。
 自分も体力温存に食したが、オンが厚かましくも同席した。「ろくな食材がないのに大したもんだ。嫁に来るか」笑えない冗談に冷たい視線を返す。実に面白くない男だが、出発する時、再びイルカに縄をかけようとした手下に「必要ない」と告げ、やめさせた。
 胡乱な目を向けると、
「どうせ外しちまうだろ?」
 分かったような食えない笑み。―――この男は本当に要注意だ。
 そして、出発からさらに半日。
「‥‥‥竜の牙」
 ユビナの手を引っ張りながら、イルカは見えてきた岩壁を凝視する。
 ここまで来ることは滅多にない。竜の口のように見える珍しい岩は十分に観光地になりそうだが、深い森に囲まれているというのは嘘ではない。実際、彼らの秘密路を通っても――そこはまるで獣道だ。数歩逸れたらはぐれてしまうような森は、泥濘も多く獣も少なくない。
 竜の牙については噂を聞くだけに止まったが、実際に見てみると予想以上に迫力があった。
 これなら、人伝に評判が流れ、例え険しい道でも人が集まりそうなものだが‥、
「‥この辺りは、父が所有する土地です」
 ぽつりと、ユビナが呟いた。
「ユビナ‥様の‥?」 
「はい。子供の頃に一度だけ来た記憶があります」
 娘も同じように、岩壁をじっと見上げていた。
 その眼差しがあまりに深く、憂いに満ちていたためイルカは何も言えず、前方に視線を戻すと、
「‥‥村だ」 
 イルカは見えてきた村の入口に驚いた。こんな所に人が住む場所があるなんて。
 中へ入ってみると意外に広い。家の作りもしっかりして、獣対策の防壁も万全だ。村人の服も、けして粗末ではなく、
(――奇妙な村だ)
 イルカは大きな違和感を覚えた。
 村の中央まで進むと、遠巻きに見ていた村人の中から一人の男が進み出る。
「連れてきてくださったか」
 初老と言ってもおかしくない男は、ちらりとユビナを見た。
 イルカが庇うようにその視線を遮ると、「失礼致した」とお辞儀をした。
「わたしはこの村を預かる長です。‥突然の災厄。さぞ驚き、戦いたことでしょう。‥‥ですが、ユビナ様。これはあなたの運命。あの男の娘として生まれた時から決まっていたことです」
「――あなたが首謀者か」
 イルカは鋭く問うた。
「さよう。その者たちはわたしが‥‥、いえ、村人全員の意思で雇いました」
「‥‥‥?」
 イルカはちら、と周囲を見渡した。
 遠巻きに見詰める村人たちは、どこか心細げに、しかし怒りを滲ませてユビナを注視している。ここまで気丈に堪えてきたユビナだが、村に入ってからは一言も喋らず俯いていた。
 村長はそんな娘を見詰め、
「あの親に似て、あなたは聡明な人だ。ここへ連れてこられた察しはついているでしょうが、あえて宣言しましょう。―――我々は櫻井家から離反します。あなたはその交渉の道具だ」
「‥なにを‥‥っ」
 イルカは激したが、村長は表情を変えなかった。
「我々はとうに覚悟はできている。だが、傍から見れば理不尽なことでしょう。‥ユビナ様。あなたも自分の目でご覧になりなさい。わたしたちをここまで追い詰めたあなたの父親の所業を」
 村長の揺るぎ無い言葉に、ユビナは顔を伏せ、ただ小刻みに震えていた。











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