050:葡萄の葉









 オンと手下の見張りがついたまま村長に連れて行かれると、広大な畑が見えてきた。
 ちょうど岩壁の森で外からは見えにくい。だが場所はよく、陽が緑を美しく照らしていた。
(‥葡萄の葉か?)
 近付くにつれ、その正体が分かる。
 フェンスに絡みつく大きな葉は、まぎれもなく葡萄の葉。収穫はまだ先だが、丹精こめて作られていることが分かる。天井一面に広がる緑にイルカは思わず目を奪われたが、
(見せたいものとは、これのことなのか?)
 櫻井家が所有する土地で、村人たちに葡萄を作らせて何の問題があるのか。
 イルカは先を歩く村長の行動を見ていたが――やがて、竜の岩壁の下へ向かい始めた。
 陽光を遮られるが、そこにも緑は広がっていた。地上を埋め尽くすように。
「‥‥‥これは‥‥」
 イルカは知らず呟いた。
 ほのかに香る甘酸っぱい匂いには記憶がある。それに、あの葉の形。
「まさか‥良戯の葉‥?」
「ずいぶん博識な女中だ」
 オンがからかいの声をかけるが無視した。
 ――ここにある葉がすべて良戯の葉だとすれば、それはただごとではない。
 良戯は麻薬に用いられる特殊な葉だ。種を売り買いするだけでも重罪に当たるそれが、目の前一面に広がっているなど。
 葡萄の葉に隠された、なんて太陽には相応しくない負の生き物。
 イルカは言葉なく立ち尽くしていたが、
「‥お父様‥‥」
 ユビナが低くうめき、膝をついた。慌てて支えたが、苦渋に満ちた顔をユビナは両手で覆った。
「‥‥お嘆きなさるか。少なくともあなたは、まだ良心をお持ちのようだ。ならば、この村の人間たちも哀れんでください。あなたの父親に不当な仕打ちによって家族、財を差し押さえ、望まぬ罪に手を染めさせられる我らを」
 村長の声が初めて震えた。憤りをおさえるように息を吐き、
「‥‥覚悟は出来ているというのは嘘ではありません。櫻井家の一人娘が誘拐されたとなれば木の葉の忍も動くでしょうが、はたしてあなたの父親が火影様に報告するかどうかは疑問ですな」
「‥‥‥‥‥‥っ」
 言われればその通りだ。
 イルカは、いまだに救出の手が影ひとつ見せないことを疑問に思っていた。
 どれほど長い睡眠薬でも、女中たちはもう目覚めているだろうし、異変に誰も気づかないはずはない。オンたちの行動も余裕があり、それほど急いではいなかった。
「ここの仕事が里に知れれば、櫻井家は相当に重い罰を受けるでしょう。‥今頃はきっと、いかに穏便に秘密裏に片付けようかと思案中ではないですか」
「お父様は‥‥っ」
 堪らず、ユビナが悲鳴のような声を上げた。しかし、それ以上は詰まって何も言えない。
「櫻井の主本人が交渉に来るのも良し。木の葉の里が一掃しに来るのも良し。我ら村人はどちらにしろ望むところです。囚われの身から解放されるのであれば。――‥‥それほど長い時間はかからないでしょう。ひとまずはお休みなさい」





 良戯の畑に一人村長を残し、オンたちの手によってイルカとユビナは村へ戻り始めた。
 足が震えているユビナを、イルカは励ますように支えていたが、
「一人はこっちだ」
「‥‥っ」 
 繋いでいた手を無理矢理はがされた。
 ユビナが怯えた顔でイルカを見るが、強引に連れて行かれる。
「離せ‥っ」
 イルカは自分の腕を掴むオンを睨むが、「お前は駄目だ」と言われた。今は細い女の腕を、オンの大きな手がしっかりと捕らえる。
 イルカは歯噛みし、連れられていくユビナを見た。
 強く引っ張られながら、何度も振り返る娘はもはや心底怯え切っている。
(‥必ず助ける‥)
 イルカは無力な手を恨み、強く心に誓った。









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