051:携帯電話
ユビナと引き離されたイルカは、狭い小屋に閉じ込められた。
オンは見張りを三人残し、「大人しくしてろよ」とあっさりいなくなった。イルカは――しめたと思う。
浚われてから二度目の夜が来る。
(行動するなら今しかない)
イルカは変化を解いた。
久しぶりの男の姿にほっと安堵の息が出る。女の姿はやはり苦痛だ。それに、元の忍の姿であれば行動範囲が広がる。
イルカは外の気配を探り、見張りが緊張を解くのを待った。
一人が欠伸をもらしたところで、天井の板を外す。慎重に音を殺し、狭い屋根裏を這って外へ出た。
あまり長い時間は誤魔化せないだろう。戻るつもりもなく、時間が勝負だった。
本来ならユビナの元へ真っ先に向かうところだが、
(里へ報告しなければ)
ユビナの父が本当に誘拐事件のことを火影に伝えていないとすれば、救援の手はまったく期待できない。ユビナを連れて逃げるには――もはやイルカには荷が重かった。
闇をまとったイルカは、屋根の上から村全体を見渡した。そして一軒に目をつける。
そっと窓から中を窺うと、目的の物が見つかった。
(――電話だ)
場所が場所だけに、外部との連絡網が必要だろう。一見貧相な村だが、設備はしっかりしている。
イルカは中にいる村人の行動を注視した。不当な苦労を強いられている村人だが、だからと言ってイルカの味方でもなく、できれば退席願いたい。
意識がそれる瞬間を見計らい、イルカは一気に押し入った。
男は驚いた顔を見せたが、声を上げる前に当身を食らわせた。倒れそうになる体を急いで支え、静かに横たわらせる。
その後少し気配を探ってから、電話に手を伸ばした。――が、少し悩む。
長く話はできない。手短にここの状況を、できれば火影に直接伝えたいが、呼び出すまでに時間がかかり、繋いでもらえる確率も低い。上層部も考えたが、しかし信じてもらえるか分からない。
――ならば、
「‥‥‥‥‥‥」
イルカは慎重に番号を押した。
あの人が帰ってくるのは正確には明日の予定だが、稀に早く戻ってくることがある。
家にいるだろうか。――どうかいてほしい。
自然と緊張する手で受話器を握りしめていると、ガチャリ、と音がした。
「‥‥、‥‥っ」
受話器が上がった。
しかし、こちらが声を出す前に、
[イルカ先生?]
と言われる。――カカシだ。
[あんた、いったいどこにいるんですか]
電話を通しての声は遠くから響くようだ。イルカは一呼吸置いて、
「竜の牙です。櫻井家の一人娘、ユビナさんが誘拐されました。彼らの目的は櫻井家当主からの離反で‥」急いで報告を始めたが、
[ああ‥‥やっぱりあんたでしたか]
心なしかうんざりしたような声が返って来る。
「‥え?」
[誘拐の件は知ってますよ。ただ、浚われたと騒いでいるのは女中だけで、当主は認めてませんから捜索隊は動けませんが。女中の一人がね、イルカという名前を出したんですよ。見たことのない女中が娘と一緒に連れて行かれたって。あの血文字もあんた?]
「そうです」
発見してくれたのだとイルカはひとまず安心した。
捜索隊がまだ動いてないという事実は予想以上に頭を悩ませたが、この電話で確実にユビナの誘拐が真実だと分かる。
「カカシさん。それでは俺はユビナさんの安全を確保して森に‥‥」
[あ、ちょっと待ってイルカ先生]
「‥は」
[一つだけ。――あの包装紙の中身。オレ宛てのものですか]
「‥‥‥‥」
いきなり痛いところを突かれた。
無事に戻れたら話そうと思っていたが、思わぬ不意打ちにイルカは黙り込んでしまう。
[黙んないでよ。心配するでしょ]
「‥すみません‥」
何について謝っているのか自分でも分からなかったが、
(‥‥カカシさん、機嫌悪い‥‥‥)
電話越しで気づかなかったが、間違いなく怒っている。
[とにかく、すぐにそちらに行きます。あんたも早くそこを離れなさい]
「はい。ユビナさんを連れてすぐ」
[違う。ひとまず一人でいいから。娘の方は大事な人質なんでしょ? 一番危ないのはおまけのあんたの方ですよ]
「でも、俺が一番近くにいるんです。なんとか助け出して‥」
[ムリ。絶対ムリだし、オレの寿命が縮むからやめて。これは命令ですよ]
「‥‥ですが‥‥っ」
反論は最後まで言えなかった。
後ろに人の気配を感じた途端、――首筋に固い衝撃が走り、視界が真っ暗になる。
意識が遠ざかり、受話器を持つ指先の感覚も遠くなった。
最後に耳だけが、乱暴に切られる電話の音を聞いた。
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