054:子馬
表に出たイルカは物陰に身を潜めた。
少し雲が厚い昼過ぎ。夕焼けを前に、狭い村は騒然となっていた。
無害な村人は岩壁の方へ避難し、オンの言っていた寄せ集めの手下が、武装した村人らしき者たちとなにやら話し合っている。
数は多い。どの部隊が乗り込んでくるか分からないが、中へ入り込むには互いにそれなりの死傷者を出すだろう。
――そして、内部にいるのは自分ひとり。
(なんとか、数を減らせないだろうか)
気配を殺して移動しながら、イルカはユビナの姿を探した。
まだ体が本調子ではないが、騒ぎが起きる前に彼女の安全を確保しなれば、ここまでついてきた意味がない。
「‥‥‥っ」
人が来る。
イルカは壁に背を当てて隠れた。
密かに相手の状況を窺うが、――ある物にはっと目を奪われる。
歩く男たちの手に見えるのは、ユビナの髪飾り。
思わず息を飲むと、会話が聞こえてきた。
「オンの奴らは引き上げた。‥‥こんな金のなる地をあっさり諦めて‥‥。忍ってのは頭がかてぇな」
「まあいいさ。俺たちだけでも問題ない。用は良戯の葉を運び出す時間さえ稼げばいいんだ。‥それより、人質の小鹿が問題だ」
「ありゃ、小鹿じゃねえよ」
ユビナの髪飾りを持った男は、辟易した顔で首を振った。
「まるで子馬だ。はねっかえりのじゃじゃ馬。先に手を出した野郎が急所蹴られて死にかけてたよ」
「いらん気を起こすから逃げられるんだ。さっさと探せ。大事な人質だ。あれがいなくては話にならんぞ」
小声で会話をしながら見えなくなる男たちに、イルカは不安になった。
美しい娘だ。そういう目に遭う可能性もあったのに。
(‥早く見つけなければ)
一人でいるのは危険だ。
ユビナを探す間、イルカは地道に敵の数を減らした。
一人、また一人と眠らせては倉庫などに押し込む。木の葉の忍なら一目で分かる罠をいくつか仕込んだ。敵に有利な地の利を、木の葉へ逆転させるのだ。
(‥ユビナさん‥‥、どこに‥‥)
狭い村だと言うのに、娘の姿は一向に見つからなかった。
次第に焦りを感じ始めたイルカの集中力は乱れ――ふと体にかかった影に気づかなかった。
「やあ‥!!」
「‥‥うわ‥‥‥っ」
物が落ちてくる衝撃を背に受け、イルカは倒れた。
すぐに応戦しようと構えたが、白い女の生足にびっくりする。
軽い体重。殴られた頭は痛いが‥‥まさか‥‥、
「‥ユビナさん‥? わ‥、ちょっと待ってください‥‥!」
体を向きを変えたイルカは、再び棍棒を振り上げるユビナの姿に叫んだ。
「俺です! イルカです!」
「‥‥え‥‥?」
「ほら‥っ、鼻の傷! ‥あれは、変化していた姿なんです‥‥っ」
「‥‥イルカさん‥‥?」
ユビナはぼんやりと呟き、棍棒を下ろした。
目に理性の光が戻り始め、「え、‥男の方だったんですの‥‥?」驚きに口元に手を当てた。
どうにか理解してくれたユビナに、イルカはほっと胸を撫で下ろした。が、
「良かった‥っ、イルカさん、助けてください」
「もちろんです。すぐに脱出しましょう」
「違います。手伝って欲しいんです」
「‥‥え?」
「燃やすんです。あの葉を」
「‥‥‥」
「私は櫻井家の娘です。ならば私は、罪を背負わねばなりません。無知という罪を」
「しかし‥危険です」
木の葉と敵対する立場を選んだ彼らの目的は良戯の葉だ。
当の畑にはより一層の守りがあるだろう。はたしてそんな所にもぐりこんで、且つ葉を燃やすなど出来るのだろうか。
――無理だとイルカは判断したが、縋るようなユビナの目と合う。
いったいこの目に何度決断を変えてきたことか。
今度こそ、このまま脱出して木の葉の部隊と合流するのが得策だ。―――‥だが、
(‥‥変わりたいんだな)
ユビナは、自分を縛っていたものをすべて打ち切ろうとしていた。
自分の足で立って、力一杯走り出そうとするものを、どうして止められるだろうか。
「‥分かりました」
「‥‥‥イルカさん‥‥!」
頷くイルカの手を握り、ユビナは歓喜の涙を浮かべた。
その瞳の中に宿る強い意思に、
(‥じゃじゃ馬って‥‥確かに当たってるかも‥‥)
本当の彼女を見たような気がした。
そして―――その方がずっと彼女らしいと思った。
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