056:踏切
カカシの姿を探してイルカは歩き出した。
別の小屋で、他の忍たちと話していたカカシを見つけたが、入ってきたイルカに見向きもしない。
あえて無視して予定を話すカカシを、イルカは辛抱強く待った。
「‥後は、各々の判断に任せるから」
やがて話が終わり、ぞろぞろと人が退室した。
脇に身を寄せて全員を通し、イルカは静かに扉を閉める。室内には――カカシだけが残った。
椅子に座り、報告書を眺めるカカシは意固地なほどこちらを見ないが、意識されているのは分かる。
残ってくれたという事は、話を聞いてくれるつもりはあるのだ。
イルカは自分を励まし、そっと話し掛けた。
「‥カカシさん。今回のことは、本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。――すると、テーブルに何かが放り投げられた。
それを見たイルカは、少し息を飲む。
投げ出されたそれは、イルカの血文字が滲む包装紙と、その中身。
ユビナが、カカシのために用意した贈り物だ。
「これ、オレ宛てだって言いましたよね。いつ来たの?」
「‥‥あなたが出発した日に、俺の荷物に間違って入っていたんです」
素直に話すと、大きなため息が返ってきた。
「‥やだやだ。あんたの考えたことが目に見えるようですよ。それで馬鹿正直に返しに行ったんですか。のこのこ敵の手に落ちたのも後ろめたい気持ちがあったから?」
やっと向けられた視線は、射るように強い。
「人のことばっかり考えて、あんたは聖人か。なにより腹が立つのはね、オレが一番後回しだってこと」
「‥‥カカシさん‥‥‥」
矢継ぎ早のカカシの言葉に、イルカは何も言えなかった。
それでも何か弁明したくて口を開いたが、カカシが立ち上がり、さらに奥の部屋へと消えた。
おもわず後を追ったが、敷居の手前で立ち止まる。
薄暗い座敷は月明かりだけで照らされ、そこに立つカカシの顔は見えなかった。
視線だけを感じる。
見えないのが不安で、一歩踏み出そうとしたが、
「躊躇して」
カカシの声が止めた。
「‥そこを越えたら、オレは好き勝手にしますよ。なにぶん度量の狭い男なんで、今非常に怒ってます」
間延びした声に、真剣な響きがある。
こういう時のカカシは本気だ。
イルカは迷った。見えないカカシの表情を少しでも読み取ろうと目を凝らしたが、駄目だ。もっと近くに行かなければ。
「‥‥すみません」
任務のことだけじゃない。色んな意味で、イルカは心から謝った。
そして、心細い顔をしながら、敷居を静かに踏み越える。
闇が体中にまとわりつくような気がした。不気味に映っていた月明かりが、いざ中に入ると優しく見える。
思わず銀色の光に見とれていると、
「‥‥っ」
伸びてきた手が強く、イルカの身体を引っ張った。
首筋に息がかかり、唇を押し付けられる。熱い感触に緊張すると、
「‥‥薬臭い」
良戯の葉のことを差された。
また失態を怒られるかと思ったが、
「――ついでに男の匂いもする」
「‥‥‥っ」
予想していなかっただけに、反応を押さえられなかった。脳裏に浮かんだオンの姿に、びくりと身体が震え、同時に腕を掴むカカシの手に力が入る。
鎌をかけられたか。それとも、本当に男の匂いがするのか。
嘘を突き通せる自信がなく、気まずさに顔を背けると顎を掴まれた。
「舌出して」
声が硬質になった。カカシの手の強さに躊躇っていると、
「薬の残り具合を調べるから、舌出して」
そんな理由をつけられては、逃げられない。
イルカはおずおずと舌を出した。近付くカカシの息がかかり、ぬる、と舌が合わさった。
そのまま口腔に入ってくる舌を拒むことができず、丹念に内部を舐められる。粘着質な音に目元が熱くなり、執拗な口づけに唾液が顎を伝った。それでも、カカシはやめない。
もはや薬の残りを調べるためではなく、愛撫以外何ものでもない口づけにイルカは軽い眩暈を起こした。
「‥熱がありますね」
上手く呼吸できず、足元のふらつくイルカを抱えてカカシは言った。
まだ続く口づけに、
「‥こんな時に‥不謹慎では‥‥」
呼吸を許される時に、イルカは訴えてみた。やめてくれるとは思えなかったが、
「好き勝手やるって言ったでしょ」
案の定、申し出は蹴られた。
カカシは性急だった。外されたのはベストぐらいで、上半身は捲り上げられるだけ。まさぐる手は、イルカの下肢に集中する。
畳に倒された時は強引に剥がされ、脚にひんやりとした感触がした。
「薬がうつ‥る‥‥」
「本望です」
カカシは手荒かったが、わざとやっているのではなく、まるで余裕がないようだった。
強引に入ってきた熱に、声を堪えて首を反らすと、カカシの汗が落ちてくる。
打ち付ける波に呼吸を乱し、イルカは痛みを減らすために少しの快楽に集中した。でなければ、泣いてしまいそうだ。――これほどまでに貪られる至福に。
自分はけして聖人なんかじゃない。いつだって自分のことで精一杯だ。
ユビナへ感じていた負い目は――傲慢が生み出したもの。
でも、どうか許して欲しい。
カカシを失うなんて、もう考えられないし、それほど余裕があるわけでもないのだ。
こんな事ぐらいで、泣けてくるほど――自分は弱いから。
「‥っ、‥‥カカシさん‥‥人が‥‥‥」
外に人の気配を感じた。小屋に入ってきたら、自分たちのしていることなんて一目瞭然だ。
「‥‥カカシさん‥、‥‥‥ん‥‥‥ッ」
イルカの焦りを無視するように深く抉られた。身体全体を揺する律動に、イルカも汗が滲む。もれる声を堪えるためにカカシに縋り、その肩に噛みついた。
髪を優しく撫でるカカシの手が憎らしい。
もう、どうなってもいいと思うのは――いつだってこの腕の中だけなのだから。
ぐったり横たわっていたイルカは、からからに渇いた喉を鳴らした。
脱がされた下衣をなんとか纏うが、熱は更に上がったようだ。
「イッた?」
覗きこむカカシの不埒な口を、思い切りつねってやった。
「痛いですよ」
「‥あなたが場を弁えないからです」
「オレは謝りませんよ」
だって何も悪くない。オレはただの可哀相な男なんですと、カカシはイルカの身体を起こしてやりながら言った。
「あんたなんてね。実力もないくせに無茶やってあっけなく死んで、そんでなんの呵責もなくオレを置いて逝くんですよ」
「‥‥‥‥」
「死なないって言ってよ」
「カカシさん」
「頼むから、もっとずるく生きて」
「‥そんなこと、言わないで下さい」
確かな約束など、何もできない。そんな世界に生きていないし、カカシだって同じこと。
でもせめて、今だけは。
僅かに高い双眸を見詰め、イルカは腕を差し出した。
せめて今だけは、
焦げるような想いを捧げるから―――。
イルカの口づけに、カカシは強く抱きしめた。
まるで、イルカの体を取り込むように。
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