058:風切羽
食料を仕入れるために寄った店で、見事な鳥を見た。
赤と青の美しい翼にしばらく見とれていると、鳥が無防備な姿でいることに気づく。
「鳥篭に入れておかなくていいんですか」
逃げてしまうのではないかと店主に尋ねると、
「風切羽を切っているから大丈夫だよ」
鳥の翼を指でつまみ、広げて説明してくれた。――風切羽。鳥が飛ぶための羽を、飼いはじめた頃に切ったと。しかし、大きくなってから切ったものだから、鳥の方は自分はまだ飛べると思っているらしく、時々飛んでは落ちて怪我をするんだ。
店主は鳥を腕に乗せ、自慢気に話を続けた。
「あんた、この辺りじゃ見ないね。旅行者かい?」
「ええ。しばらく滞在します」
「そりゃあいい所を選んだ。町は見てのとおり活気に溢れているとは言いに悔いが、穏やかで住みやすい場所だ。それに、海では上手い魚がたくさん捕れる。ゆっくり骨を伸ばしていくといいよ」
「ええ。ありがとうございます。あ、そっちの野菜もいただけますか」
はいはい、ご贔屓にと、店主は手早く袋につめた。
受け取って店を出ようと歩き出したが、一度だけ振り返った。
美しい鳥。
空を飛ぶための羽を奪われたと気づかない――もしくは気づいているのか。
地を歩くことを強いられた鳥は、静かに店主の腕に佇んでいた。
その黒い目が窓の外を見ていたのは、単なる偶然か。
目線を外し、イルカは足早に立ち去った。
店主が言ったとおり、穏やかな町だった。
海側から吹く風は心地良く、活気こそは薄いが、港の産業が大きくなればすぐにでも賑やかになるだろう。実際、市が開かれる日は遠くから人が集まると聞いた。
住民の数が少ないことが町の人間たちの悩みであったが、逆に静かな景観に旅行者の数が多いことも事実。宿の数も豊富で、店の人間たちも旅行者の対応には慣れていた。
イルカは買物袋を持ったまま石畳の道を歩き、ふいに横にそれた。
道はない。がさがさと草をかき分け、どんどん森の方へと進んでいく。
この辺りの森は開拓が遅く、地元の人間でも迷うことがあるが、イルカの足取りには迷いがなかった。
途中、何度か屈んだり、近くの木に触れる。
草に隠れた透明な糸を引っ掛けないように慎重に、しかし確実に進む。
森の中は、何重もの罠が仕掛けられていた。奥へ進めば進むほどその数も、仕掛けられた難度も高く、中には命を落とす危険な罠も仕掛けられている。
森に住む動物たちは、自然と危険を察知してこの周辺には近付かない。万が一、一般人が迷い込むようなことがあっても、すぐに分かるように特異な鈴を繋げてある。
寄せ付けないのは――あくまで罠を見抜く輩。
もし罠を無事に抜けることができても無事には済まない。通れるのは、仕掛けたイルカ本人だけだ。
鬱蒼とした木々の間に、隠れるように建つ小屋が見えてきた。
――羽を切られた鳥。
買物袋を木に引っ掛けないようにしながら、イルカは店で見た鳥を思い出す。
空を飛ぶ権利を奪われて、可哀相だと思う人間もいるだろうが、イルカはそうは思わなかった。エゴと言われても構わない。
鳥の安全のためなんだ。
「‥‥‥ただいま帰りました。カカシ先生」
扉をゆっくり開けると、中で人の気配が動く。
柱にもたれる銀髪の男が、俯いた頭を少しだけ動かしたけれど、イルカの声を無視した。室内に不穏な空気が流れるが、いつものことだ。
男の両手足を拘束する鎖が柱に繋がっていることを確認して、イルカは少し目を伏せた。
仕方がないんだ。安全の為なんだから。
そう。
たとえ――憎まれても。
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