060:轍









 森の小道に轍を見つけた。
 触れて確かめると、まだ新しい。
 イルカは車輪の跡が続く方角へ目をやり、考えた。
 町の人間はわざわざこんな道を使わない。この辺りをよく知らない人間か、もしくは――。
 近辺に仕掛けたトラップを確認し、イルカは自分の不安が的中していることを知る。
 罠がいくつか動いていた。一度外した後、巧妙に元に戻しているが、仕掛けたイルカにはすぐ分かった。
 森に入ろうとして、途中で諦めたようだ。
 トラップは逆に、敵に場所を知らせてしまうだろうか。
 イルカは思案したが、どちらにしろ追い詰められることは明白だ。その間の時間稼ぎと思えば、やはりトラップは必要だった。


 カカシは記憶を失っていた。
 最後の任務で谷から落ちたのが原因のようだが、敵の手によるものかも知れない。
 途中岩壁に引っかかったカカシは九死に一生を得たが――受けた傷は深い。
 右足は少なくとも一ヶ月は絶対安静だが、記憶が混乱しているカカシは厄介だった。
 逃げ出そうとするのをやむを得ず鎖で拘束すると、呪い殺しそうな目で睨まれた。実際何度か噛まれたし、手痛い反応を受けた。以来、触れる時は注意しているが、関係は悪化する一方だ。
 カカシは自分の存在を扱いかねている。敵か味方か。今は後者の方が強いが、このままではよくない。
 ――追手は確実に迫っているのに。

 イルカは、カカシに何も説明していなかった。正確には”説明できない”。
 彼に何も教えてはいけないと、ある人物から命令を受けているのだ。
 カカシは危険因子であり、閉じ込めるようにと。
 混濁する記憶の中で、必死に自分の状況を理解しようとするカカシに、何もかも話したいと何度も思ったが――忍びの命令には逆らえない。
 自分は、忍びだったから。


 でも、忘れられるのは辛い。


 カカシと想いが通じ合ったのは、たった数日だけのこと。
 その次の日には、もう任務につき――あの裏切りが行われたのだ。
 自分のことなど覚えてくれているはずもないが、敵意に満ちた目で睨まれるたびに、心がきしきしと痛んだ。
 そんなつまらない感傷が、油断を作ってしまった。

 熱の下がらないカカシの看病をしていたイルカは、からまった鎖に気づいた。窮屈そうだったので、解くために両腕の部分だけ外す。カカシの意識はないと思っていたが、
 ――突然、体を起こして襲い掛かってきた。
 咄嗟のことで反応が遅れたイルカは突き倒され、外された鎖で逆に縛られそうになり、
 逃れるために―――カカシの足の怪我に手を出した。

「‥‥‥、‥‥っ」

 相当の激痛のはずなのに、カカシは声を上げなかった。
 怯んだ隙に逃れ、イルカは急いでその両腕に鎖をつける。肩で息をしながら距離を取ると、寝台から身を乗り出したカカシがそのまま倒れこむ。
 今度こそ意識を失ったのか。その額に浮かぶ脂汗を拭いてあげなくてはと思うのだが、手が震える。
 その指に滲んだカカシの血に、自分のしたことを改めて実感する。
 ―――何をしてるんだ、俺は。

 イルカは無我夢中で、外へ飛び出した。










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