061:飛行機雲









 ここに監禁されてから二十日は経過したが、はっきり確信はもてない。
 数え始めたのはあくまで意識を取り戻してからで、それまでにどれほどの時間が流れたかは分からない。
 時折熱によって昏睡し、目覚めれば何日も経っていることがある。
 焦りだけが生まれた。


 寝台に横になり、カカシはぼんやり窓を見ていた。
 青空は恨めしいほど晴れわたっている。
 傷は順調に治っているが、どうやら傷口から悪いものが入ったらしい。熱は一向に下がらなかった。
 熱さえ越えれば、もっと早く回復する自信があったが――問題はあの中忍。
 イルカは、相変わらず何も語ろうとはしなかった。
 何か事情があるのだとしよう。
 喋ることができない何か大事な理由があるのだとすれば、ならば、こちらが勝手に動くしかない。
 イルカが沈黙の権利を使うなら、自分は行動の権利を使う。


 熱にぼんやりしていると、買い出しからイルカが戻ってきた。
 相変わらずの無表情だが、今日は少し違って見えた。
 ちら、とこっちを窺う視線にはいつもより感情がこもっていて、「なに?」と聞くと、ぱっと表情を消す。その仕草に、
 ――ああ、やっぱり無理して固い顔してるんだ、とカカシは気づいた。
 そりゃそうだ。あんなに笑う男だったのに。
 口ごもるイルカに、「なんなの」カカシは苛立って再度聞いた。
 イルカは少し躊躇いながら、
「‥‥‥雲が‥」
「雲?」
「真横に‥空を突っ切っていたんです。細く長い‥、まるで道のように」
 カカシは沈黙した。
 これまでの中で一番長く喋ったが、意味不明だ。
 細く長い雲? そんなもの偶然だろう。なに、雲の道?
 ―――ばかじゃないの?
 能天気なイルカの台詞に、カカシは口に出して罵倒してやろうかと思ったが、
 実際には、別の言葉が出た。

「‥鳥が歩くんじゃないの」

 言った途端、
 ――はい?
 自分で首を傾げた。
 勝手に動いた口にカカシは戸惑ったが――奇妙な感覚。
「あれ? ‥‥オレ、前にもこんなこと言った?」
 イルカを見上げると、なんとも言えない表情をしていた。
 ――あ、泣く?
 大の男に対する言葉じゃないが、一瞬本気でそう思った。
 イルカはぐっと唇を引き締めて、少し瞼を伏せた。涙が零れ落ちるんじゃないかと、じっと見詰めていたが、唇が緩く解けた。
「‥‥そうですね。‥鳥の道‥かも」
 
 笑った。

 泣きそうな顔で、イルカは初めて笑顔を見せた。




 わからない男だ。
 笑顔を見せたのはたった一瞬で、すぐに黙々と薬を作り始めた。
 前に言ったことがあると感じたのは、単なる勘違いかも知れないが、イルカの反応からして関係ないとは言えない。
 ぶっとんでる記憶の中で、この人と話したことかも知れないとカカシは思った。
 あの笑顔。
 憎らしいことに、瞼の裏に焼きついて離れなかった。
 だからこそ苛立つ。何も話してくれないことが。

 ――仕掛けてみるか。 

 熱が高く、腕も重かったが、イルカは油断していた。
 唯一触れてくる看病の時に、カカシは襲い掛かった。外された鎖を、代わりにイルカへ繋いでやろうとしたが、
「‥‥、‥‥っ」
 足の怪我に手を出され、歯を食いしばった。
 よほど余裕を無くしていたのか、しっかり爪まで立てられ、みっともない悲鳴を堪えるだけで精一杯だ。その隙に、まんまとイルカは逃げ出した。
 忘れずに鎖もはめられ、カカシはぐったり寝台に伏せる。
 足が千切られるように痛い。腹だたしさも極みだが、
(‥なんなの、その顔は)
 イルカの泣きそうな顔にうんざりした。





 イルカが出て行った気配に、
「‥ちょっとちょっと‥‥放置プレイ?」
 カカシは仰向けになってため息をついた。
 血の滲む包帯に、辟易する。


 少し後悔した。










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