064:洗濯物日和









 起きてすぐ、自分が気絶していたことに気づいた。
 寝台に寝ている自分に、あわててカカシの姿を探すと、
「あ〜、やっと起きた?」
 真上から間延びした声が響く。
「先にメシ食ってるよ。腹減ってるんで」
 言われて目をやると、買ってきた袋から食料が出されていた。生で食してる姿に、
「あ‥俺、料理します‥‥っ」
 温かいものを用意するつもりだったイルカは起き上がろうとしたが、腹部の痛みに体を引き攣らせた。痛い。怪我をしているのを忘れてた。
「いいよ。腹に入ればなんでも」
 対するカカシは無頓着なものだった。
 もぐもぐと無言で固いパンを噛み千切る姿に、イルカは肩の力が抜ける。
 昨夜、傷の痛みと、戻ってこれた安堵に気が緩み、無様な本音を見せてしまったが、カカシはそれほど気にしていないようだ。
 いきなり男に抱きつかれて気持ち悪いと思っただろうか。いや、それなら抱いたりしないだろう。
 夢だったのかと考えてみたりもしたが、久しぶりの下肢の痛みは現実だった。
 ――ひとまず、風呂に入って後処理が必要だろう。
 傷の痛みを堪え、イルカはずるずると風呂場へ消えていった。



 気力で風呂から出ると、薬を手にカカシが待っていた。
「手当てするから座って」
 治療をしてくれるようだが、正直それよりもカカシの足が気になった。そう言ってはみたが、オレは自分で出来ますからと強引に座らされ、腹部の手当てをされる。
(‥いつもと逆‥)
 不思議な感じだった。
 ここに来てからずっと険悪な空気しか流れなかったのに。
 器用に動くカカシの手を見下ろし、イルカは穏やかな空気に少し戸惑った。
 カカシが記憶を無くす前は、こんな空間はいくらでもあった。
 確かに、ちょっと掴み所のない人だったが―――そんな所も含めて好きだった。
 この長い指も‥とぼんやり再確認していると、突然カカシの両腕が突き出される。鎖が鳴り、
「ん」
 と訴えてくる。
 イルカはすぐに気づいた。――外せというのだ。
「‥‥‥‥‥」
 少し躊躇した。
 鎖を凝視して悩んでいると、 
「この期に及んでまだ悩むわけ」 
 カカシが呆れた声を出す。
 ――その通りだ。
 イルカはため息をつき、「‥いいえ、外します」と首を振った。

「‥もう、あなたを押さえておくのは限界ですから」






「数日中に‥‥ここは放棄します」
 今度はカカシの包帯を替えながら、イルカはとつとつと話し始めた。
 カカシの足は、もう歩くくらいなら問題ない。
 熱を克服した体は急速に正常に戻るだろうが、敵と交戦するにはまだ早い。
 だが、鎖を外した以上カカシは自由だ。
 ――話せるだけ話そうと、イルカは決めた。
「‥あなたは谷で敵と交戦し、傷を負って落下しました。緊急の連絡を受けて駆けつけた俺は、岩壁に引っかかっていたあなたしか見つけられなかった。他のメンバーは現在も行方不明です」
「なんの任務だったの」
「‥‥それは、俺も詳しくは聞かされていません。俺は、補給と連絡係として近くの町で待機していました」
「緊急の連絡は誰が」
「‥‥‥‥」
「話せないことはだんまり? ―――じゃあ、オレを繋いだわけは」
「メンバーの中に裏切り者がいるとの情報が」 
「なるほど」
 カカシは天井を仰ぎ、嘆息する。
「オレかも知れないから、説明もしてくれなかったわけか」
「‥はい」
「木の葉と連絡は?」
「‥‥今は取れません。盗聴される恐れが。‥直接向かうよりありません」
「それで放棄ね」
「はい。‥それに追手がいます。三日ほど前に一部と接触しましたが‥」
「殺った?」
「‥‥おそらく」
「じゃ、死んでないね」
「‥すみません」
「いいよ。それより、出発は」
「早ければ早いほど。――今日中に準備を整えます」
「そ」
 カカシは淡白な反応で、ろくに相槌もかえさなかった。
 今の説明で納得できるはずはないだろうが、しかし、これが話せる限りだ。
 新しく巻かれた包帯をつつきながら、カカシはしばらく思案していたようだが、

「ありがとね」 

 ぽつりとつぶやいた。
「‥それでも、あんたは出来る限りオレの面倒看てくれた。話してくれたのも信じてくれたからでしょ。――ありがと」
 とにかく木の葉の里に戻らないとね〜と、ひとまず話は終わった。
 イルカは顔をそむけ、薬を置きに行くふりをして急いで立ち上がる。
 鼻の奥が痛くなって―――涙がこぼれた。

 嬉しくて泣いてるところなんて、とても見せられなかった。









 出発できるように最低限の準備はしていた。
 あとは簡単に小屋の整理を行い、外に出て血に汚れた布を燃やす。空は、洗濯物を乾かすには絶好の空だったが、あいにく干されるのは磨いた武具と匂いを消した服だ。
 干している間、カカシは壁にもたれてぼんやりしていた。
 眩しそうに空を見上げる様子に、ずっと閉じ込めていたことに罪悪感を抱く。
 できれば、完全に怪我が治るまで閉じ込めておきたかったけれど、これ以上は無理だった。追手に深手を負わせたが、いずれまた現れる。次はもっと確実な手で。
 カカシから離れるなと命令を受けていたけれど―――それはもう従えそうにない。


 信じたから話してくれたとカカシは解釈したけれど、本当は違う。
 誰も信用できないのは本当だが、カカシだけは特別。
 狂って傷つけられても、本当はかまわない。
 この人が生きていてくれるなら。

 この身に代えても、
 彼だけは――里へ帰そう。


 願わくば、一緒に帰りたかったのだけれど。










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