065:冬の雀









 納得のいく話ではなかったが、今までに比べればはるかに進展した。
 出発は明日。
 傷の具合は、今ではそっちの方が真新しいだろうに、黙々と準備を整えるイルカを眺める。
 不本意な形ではあったが、常に近くにいたイルカ。
 だが、それも今日限り。
 ――明日からは、きっともう見ることはない。



 木の葉の里へ戻るにあたり、当然イルカも同行すると考えていたカカシだが、彼は真面目な顔で首を横に振った。
 一緒の行動は目立つので、海路と陸路に分かれて行くと。
 カカシは海路。イルカは陸路。
 どちらが危険かといえば逃げ場のない海路ではあったが、すぐには賛同できない。
 カカシはほぼ回復しているが、わざわざ戦力を分散させる必要があるのか。
 そう訊ねると――どちらかが木の葉の里に辿りつければいいとイルカは言った。

(この人、足止めする気だ)

 ――後味が悪い。
 繋がれる生活に殺意を抱いたこともあったが、今となってみれば過ぎたこと。
 教え子が敬愛する教師だ。まだ何か隠している不穏があっても、みすみす死なせたら夢見が悪そうだ。
 義理立てして一緒に行こうと言ってはみたが、

 結局――イルカは首を縦に振らなかった。






 頑として譲らないイルカに仕方なく折れたカカシだが、なんだか納得できない。
 自分とイルカはそういう仲ではなかったのか。
 今の自分には、イルカに対する特別な感情など無いが――世話になった恩がある。
 イルカの言い分の方が生き延びる確率が大きいが、はたしてそれでいいのか。

(全部話してくれればなぁ)

 記憶を失っている以上はっきりとは言えないが、自分が裏切り者である可能性があるのなら、それはイルカだって同じこと。
 都合が悪くなると沈黙を作るイルカには、疑わしい要素はいくらでもあった。
 
 ――置いていくしかないのか。
 
 そんなことを考えながら横になっていると、ふとイルカが傍に立った。
「どしたの」
 もう電気消す? と見上げると、イルカは真剣な顔をしていた。何事かと思っていると、
「一緒に‥寝てもいいですか」
 耳を真っ赤にしてイルカが言った。
 思わず聞き返しそうになったが口を噤む。
 少し迷ったが、横に寄って場所を作った。イルカは電気を消して、そっと布団の中に入ってくる。
 密着するとやわらかな石鹸の匂いがして、
(いい匂い)
 カカシはその身体を引き寄せた。
 出発前夜に体力を消耗するのはどうかと思ったが、遠慮がちに回される手に強く抱きしめたくなった。
 イルカに触れると心に風が吹く。
 胸に穴が開いたように、どうしようもなくせつなくなって。
(わけわからん)
 役に立たない自分の頭を壁に叩きつけてやりたかった。
 衝動のままに抱いても、やはり特別な感情はなく、そんな自分に少し苛立つ。
 無くした感情を、今すぐに返して欲しかった。

 ――でなければ、自分はこの人を置いていくだろう。 





 
 雀の声で目が覚めた。
 先に目を覚ましたカカシは頭を起こし、庭で催促するように鳴く雀に渋面する。
 そういえばイルカが時々餌をやっていた。当の本人はカカシの隣で熟睡していたが、布団の隙間から忍び入る寒さにイルカが身じろぎし、カカシの方へと無意識に身を寄せる。
 その自然な仕草に、カカシは長いため息をついた。
 イルカと身体の関係結んでも気持ち悪いとは思わない。むしろ好ましい。
 可愛い。恩もあるしできれば守ってやりたいと思うけれど。

 ――やはり、この人を愛しいと思う感情は戻らなかった。

 そしてなにより懸念すべきことは、
 そもそも、そんな感情自体無かったのかもしれないということ。





 どちらにしろ、イルカの運命は決まった。
 寝顔を眺め、カカシはしみじみ思った。


 ――ひどい奴と関わっちゃったね、イルカ先生。 




 ごめんよ。
 さよなら。 










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