068:蝉の死骸









 森の中は蝉の声が木霊していた。
 今は冬だ。
 朝の空気は冷たく、息が白くなる寒さの中で響く虫の声は、まるで幻聴のようだ。
 しかし、蝉は実際に木にしがみつき、体を震わせて鳴いている。
 
 ――これは、孕みの術。

 土で眠る幼虫の間に毒の種を植えつけ、望まぬ成長を強いる。
 毒を撒くためにわざわざ起こされた蝉達。
 むりやり成長を促進された蝉たちは、わずかな間しか生きていられない。
 鳴き声で伴侶を呼び寄せる間もなく、毒の粉を撒き散らしたら死ぬ。
 次の夏――この森に蝉は一匹もいなくなるかも知れない。

(虫なんて単なる道具か)

 イルカは覆面を身につけた。
 足元に、蝉の死骸がいくつか落ちている。目に見えない毒の粉は、すでに森中に散布し始めていた。
 敵は、まだ自分とカカシが小屋にいると思っている。張り巡らされた罠に業を煮やし、森ごと闇に葬ろうとする卑劣な影にイルカは深く息を吐いた。
 緊張感と闘志が身体中に漲る。
 毒を撒き散らしてさっさと退散するつもりだろうが、さっきトラップを作動させた。森から出られないように。
 脱出できる場所はひとつだけ。それは、イルカしか知らない。


 敵の気配が集まってくる。
 消しきれない足音が、相手の焦りを伝えてくる。見失った出口を自分に吐かせるつもりか。
 数は多く、毒の森で長時間動くことはできない。
 だが、イルカの精神に乱れはなかった。
 蝉の声が、まるで後押しするようにイルカを突き動かす。

 死を覚悟していたけれど、気が変わった。
 誰が、こんな奴らと心中するものか。





 ――絶対に死なない。











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