069:片足









 片足がずきずきと疼く。
 カカシは痛みに意識を呼び覚まされた。
 身じろぎするだけで、片足どころか全身に痛みが走る。顔を歪め、すぐに気絶する前の記憶を思い出した。
 爆発した木箱。船の医療室か、寝かされている自分の体の状態を確かめた。
 所々服が焼けているが、火傷もたいしたことはない。裂傷も舐めておけば治る。問題は片足だが、この痛みは前々からのもので今更だ。
 カカシは寝台から下り、医療室から出た。
 廊下に出ると、白衣を着た人間が立ち止まるように制したが振り切る。
 頭が割れるように痛かった。
 できればゆっくり眠りたいが――どうしてこれほど急かされるのか。
「いけません。横にならなくては‥っ」
 男の医師が力ずくでカカシを戻そうとした。
 捕まれた腕の痛みと、鋭い頭の痛みに、
 ――突如として意識が晴れた。
 頭にかかっていた霞が一気に晴れて、思い出す。すべて。すべて。
「‥‥は‥‥、ははは‥‥っ」
 カカシは突然大笑いを始めた。
 楽しくて仕方がないといったように腹を押さえて、大爆笑。
 そのまま手すりに身を預け、
「‥‥あぶない‥‥っ」
 周囲の悲鳴をよそに、後ろに体重をかける。
 一瞬の浮遊感に、急速な落下。
 飛沫を上げて海に落ちたカカシは、目を瞑ってここにいない愛しい人を想った。
 思い出した。
 間抜けな自分の記憶を、

 ――全部思い出したよ、イルカ先生。









 すべて、自分が言ったことだ。
 そもそもの事の発端は、イルカを後援として連れていた任務で、予想外な敵と遭遇したことだった。
 仲間の一人が裏切り、あろうことか仲間を手にかけた。
 死をもって止められた彼が催眠術にかけられていたことは、後に分かったことだった。その時にはすでに逃げられない状況にあり、イルカとの連絡手段は限られていた。
 敵の催眠術は巧妙で、いつ仕掛けられた分からない。
 何かの拍子で発動する暗示で、すでに全員にかけられている恐れがあった。
 ――それはカカシも、例外ではない。
 この場合、チームワークは期待できない。
 立て直しを図るため、各々個人行動となって移動を始めたが、多くなる追っ手に、仲間が次々に倒れていったことを知る。
 町で待機しているイルカの元へ、鳥を使って手紙を渡した。
 内容は、自分の救出。迷惑をかけることになるとは分かっていたが、死ぬ気はさらさらない。そして、監禁。いつ何時に暗示が発動するか分からない。それがどんなものか。現在の傷の具合からみて派手に動いてイルカを傷つけることはないだろう。ないと思いたい。
 追手との戦いで崖から落ちる前、カカシは最初から自分に術をかけていた。外部からの術を拒否する術だが、効果は五分五分。
 副作用のせいで記憶が失うが、時間を置けば相殺できるはずだった。
 刺激を与えないように、何も喋ってはいけないと命令した。きっとイルカは苦しむだろう。記憶喪失の自分に。本当なら、遠ざけるのが正しいけれど、しかし必ず一緒にいるように書いた。
 一人にすることとされることが恐ろしく、そして、この手の術が長く続かないことを知っていた。暗示は時間が経過するにつれ、必ず弱まる。
 あともう少しで記憶は戻ったのに、

(イルカ先生はせっかちだなぁ)

 イルカは約束を破り、自分ひとりを先に逃がした。自分は囮として残って。
 こんな状況を考えなかったわけではない。
 イルカは馬鹿正直で、自己犠牲なんてなんとも思わないだろうけど、イルカが死んで自分が生き残るなんてふざけた話だ。
 万が一のことを考えて、風刃弥の船の金庫室のからくりを利用した。
 元は敵忍がこちらの金品を強奪した時のトラップだが、それを旅費と偽ったのは、イルカの裏切りに備えて。
 一緒に逃げるなら陸路の方を選ぶだろう。だが、二手に分かれるなら、イルカは自分を海路に逃がす。陸路に敵を集めて。
 一人で行くくらいなら、死んでやるつもりだった。
 間抜けな死に様だが、それぐらいの気持ちはあった。
 しかし一番の目的は、まだ寝惚けた頭に一発衝撃を与えてやるつもりで。
 記憶が戻ってるなら、おめでたく番号を押してあけたりしない。
 馬鹿は死ななきゃ直らないとは、まさにこのことだ。

(まあ死なないけどね)

 ぷかぷかと仰向けに海に浮かびながら、カカシは大きく息を吸った。
 あの人は、我慢できずに裏切ったけれど、
 でも、なんて

「‥キモチいい」

 オレのために、
 オレのために一生懸命なイルカ。
 なんてキモチがいい。

 ずっと浸っていたいけれど、
 こうしちゃいられない。





 早くオレのハニーを迎えに行こう。










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