072:喫水線
さすがに、互いに無傷では終われなかった。
ほとんどの敵に刃を突きたてたカカシは地面に座り、肩で息をしている。
「イルカ先生、いるよね」
呼びかけに、イルカは木の幹から顔を出した。
目に入った血を拭い、ずるずると足を引きずってカカシの傍へ行く。
「‥全員、確認しました」
「そう」
「‥‥ですが、情報を得るために一人くらい捕虜を‥」
「駄目。そんな余裕なかった」
「‥そうですね」
カカシの隣に座り、イルカはため息をついた。
吹く風は冷たい。毒を含まされた蝉は、カカシの忍犬たちが捕獲した。少し毒気が残っているが、森の空気はほぼ元に戻っていた。
足手まといにならなくて良かった。今言えることはそれだけだが、実際はほとんどカカシが片付けた。同時に、自分からもけして目を離さない。何度、人を気にしている場合かと怒鳴りそうになったか。
今日ほど、カカシを恐ろしい思ったことはない。
「‥‥あなたといると、長生きできそうにありませんよ」
半分以上本音だった。
カカシは「うん」と素直に頷き、にやりと笑いながら両手を差し出した。イルカが戸惑うと、
「ちゃんとはぐはぐしましょう」
――はぐはぐ。
子供か、と苦笑して身を寄せる。
この人はよく分かっている。
抱き合えば、言葉はもういらない。
カカシはここにいた。腕の中に。
「‥う、‥‥」
怪我人であることに構わず、イルカは力いっぱい抱きしめた。縋って、縋って泣き喚きたい。
死体を処理して、森の毒を解いて――やることはたくさんある。泣いてる場合ではないのに、
「いいですよ」
背中に回ったカカシの手が、同じくらい強く抱きしめ返す。
「オレも、なんか泣きたい」
震えるカカシの指先に、イルカは長い息を吐いた。
「‥帰りは陸路と海路、どちらにしましょうか」
今だけは、楽しい会話をしたかった。
「陸路がいいです。海はこりごり。危うく溺れ死ぬところでしたから」
「溺れ死ぬ?」
「そう、あんまり気持ちよくて」
「なんですか、それは」
カカシの話はさっぱりだ。
笑ったイルカは、しかしお互い様だと心の中で思う。
海じゃないけれど、自分はカカシに溺れていた。一線なんてとうに越えてしまって――沈んでもきっと、
「‥じゃあ、歩いて帰りましょうか」
――傍にいる。
そんな思いでぎゅっと手を握ると、もっと強く握り返された。
「イルカ先生はキモチいいね」
嬉しそうに、カカシが笑った。
END
○ BACK ○
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