076:影法師
あの夢だとすぐに分かった。
相変わらず陰気臭い場所だと思ったが、足は川の方へ向かう。
高く結い上げた黒髪。
岸辺に座り込んだ忍服の背に、カカシは知らず口元をほころびる。
「や、こんばんは」
背に声をかけると、夢の人は振り返り――、
「‥こんばんは」
優しく微笑んだ。
カカシは慣れた動作で男の隣に座った。以前より心持ち、距離を縮めて。
「良かった。やっぱりイルカ先生だ」
「‥‥なにが良かったんです?」
イルカが笑って問う。ずばりもう一度会いたかったからだが、正直に言うのもなんだか気恥ずかしく、カカシも笑って誤魔化した。
「‥まだ自己紹介してなかったよね。オレ、はたけカカシ。見ての通り暗部所属だけど、白い目で見ないでね」
「‥‥‥カカシさん」
イルカが口の中で繰り返し、「よろしくお願いします」と律儀に頭を下げる。
真面目だなぁと思いながら、カカシも「こちらこそ」と頭を下げた。
「‥さて、あとはこの厄介な場所についてか。やっぱ、どう見ても三途の川だけど、どういうことかねぇ。ほんと嫌な夢だなぁ」
うんざりなカカシの言葉に、イルカはぱちくりと瞬きをした。
「‥‥え、カカシさんも、夢を見てるんですか」
「あれ、イルカ先生も?」
互いの目を合わせ、二人は小首を傾げた。
「‥つまり、俺たちは同じ夢を見ている‥ということになりますね。ただの夢かと思いましたが、これはなにか裏がありそうで‥‥‥」
「――あ、じゃあ」
イルカの言葉を遮り、カカシがぽんっと手を打った。
「やったぁ。イルカ先生って現実に存在するわけ?」
「そういうカカシさんも」
「いるいる。生きてるよ。え、じゃあイルカ先生、今どこにいるの」
「‥あ」
途端、イルカが口ごもった。
視線が少し泳ぎ、すぐに返答がこない。てっきり「里にいる」と返ってくると思っていたが、
「‥‥実は、この森に」
イルカの言葉は予想外だった。
「夢路? ここ? ‥‥‥‥なんでまた‥」
この森に入り込んでいるのは木の葉の忍では、自分が属する暗部の少数部隊だけだ。里から離れた場所であるゆえ、連絡不備も多い。もしかしたら別部隊が入り込んでいるかもしれない。黙ったままのイルカを追求しようとしたが、
「―――」
カカシは闇色の川に視線を転じた。
ゆらゆらと揺れる黒い影。
淡く光る岸に照らされ、川に自分たちの影法師が現れた。それは人間の輪郭を持ち、ひっそりと川の上に佇んでいる。
――気持ち悪い。
イルカにもう一度会いたいとは思ったが、この場所は好きになれそうにない。
「嫌だねぇ‥、もうすぐ敵と大きい接触があるのに、オレ大丈夫かな」
「え?」
カカシの独白に、イルカが反応した。
「‥大きな戦いに、なるんですか」
「まあ、そこそこ」
「‥‥‥それは‥確かに縁起が悪いですね」
「ああ、でも平気平気。オレ頼られてるから、強いのよ」
カカシは空元気を見せた。しかし、確かにすっきりしない。
ゆらゆら揺れる自分の影法師をうんざりした目で眺めていると、
――ひゅん、と音を立てて小石が川に飛んだ。
「あ」
波のなかった川に波紋が生まれ、影法師が瞬く間に崩れた。
カカシは唖然と隣を見ると、イルカが小石を掌の中で弄びながら片眉を上げる。
「大丈夫ですよ。――もし向こう側に連れていかれそうになったら、俺が引っ張って止めます」
「え」
「カカシさんを心配してますから、だから、俺の分くらい気をつけて下さい」
「‥‥‥その理屈、よく分かんない」
あっけに取られるカカシに、イルカは笑顔を見せた。
カカシは何度か口を開きかけたが、結局閉じる。
さっきの話がうやむやになると思ったが、どうでもいい気がしてきた。
――心配されるなんて、何年ぶりだろうか。
昔は侮られたと腹を立てた。いや、今もそうか。しかし、イルカに言われると不思議と悪く聞こえない。
はたして、これは夢か――それとも、この人は本当に現実に存在するのか。
(‥夢じゃなくて、本当にいればいいのに)
色々と訳ありのようだが、それでも構わない。脛に傷を持つなんて、暗部に属する人間ならいくらでもいる。自分だってそうだ。
手をずらし、イルカの手に触れた。
ちゃんと血の通ったあたたかい掌。やはり、夢とは思えない。
「‥カカシさん?」
イルカの手を握り、じっと眺めていると、困惑した声をかけられた。
見上げて、黒い双眸を見つめる。自分の色違いの目を、恐れずにまっすぐ見る眼。
「ありがと」
カカシは礼を言い、久しぶりに微笑みを浮かべた。
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