086:肩越し









”夢路の森の、雪の滝に夕刻”

 目覚めたイルカは、交わしてしまった約束を悔やんだ。
 ひたすらに身を隠していた苦労が水の泡だ。自分から会いに行ってどうする。すべてを話すとでもいうのか。
(‥でも、約束してしまった)
 約束は――できれば破りたくない。





 旅商人の姿になったイルカは、名も無い村の近くまで来ていた。
 そこに、砦で傷を負った忍びが陣を組んでいる。
 木の葉の忍びであることを確認し、イルカは村子供の一人に変化した。
 暗部クラスの忍びたちだ。長くは誤魔化せない。
 小さな体を利用して、部隊の状況を探る。怪我人が多く、人手が足りていないようだ。イルカは容易く見てまわれたが、目的は本部だった。
 麝香獣に関する記録をどれだけ持っているか、それを確認したかった。
 彼らが、次にいつ麝香獣と接触するか。どれだけ互いの距離が迫っているか。
 弱っている仲間の機密を盗み見るなんて――心底吐き気がする。
 けれど、もう時間がなかった。
(なりふり構っていられないんだ)
 結局、カカシを利用してまで侵入した砦に、フヨウはいなかった。
 これ以上――カカシたちを利用することも黙っていることも出来ない。
 自分はやはり、木の葉の忍びなのだ。
 だから、カカシたちよりも先に麝香獣と接触し――フヨウと会う。
(今だ)
 本部の影で隙を窺っていたイルカは、ちょうど中が無人になるのを確認し、素早く侵入した。 
 急いで書類を探り、麝香獣に関するものを一纏めにする。外に持ち出して、人気のない場所でざっと目を通した。ずいぶん詳しく調べてあるが、決定的な証拠を掴めていないようだ。
 この書類が無くなれば、きっと彼らは困るだろうが、
(時間稼ぎになる)
 イルカは迷わず、書類の山を燃やした。
 飛び火しないように、すぐに見つかる場所を選んだ。半分燃える頃には、人が集まり始める。
 気配を消して、イルカはその場から離れた。
 ようやく侵入者に気づいた忍びたちの殺気が伝わってくる。見つかれば、ただではすまない。
 火を消せ、と叫ぶ人々の間をくぐり、イルカは村の外を目指したが、
「―――‥っ」
 人込みの中に見知った顔を見て、思わず物陰に隠れた。
 ひょろっとした後姿。暗部の装束に、銀髪。――まさか。
 振り返る。
 肩越しに、一瞬だけ目が合ったような気がした。
 ――カカシさん。 
 弾かれるように逃げ出したイルカは、一度も後ろを振り向かず村を後にした。
 


(カカシさんだった)
 彼は、やはり本当に存在したのだ。
 今日の夕方、雪の滝へ自分に会うためにやってくる。
 できれば、破りたくなかった。
 けれど、やはり会えない。――会えるはずがない。
 カカシの陣に侵入して書類を燃やしたのは、決意の証でもある。
 夢を見ても、もうカカシとは会わない。
 もう二度と、会わない。


 夢を見る前に――あの子と決着をつけよう。 











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2004.04.29

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