087:コヨーテ









 昼間、侵入者があった。
 麝香獣に関する資料が焼かれ、一味の仕業に違いないと推測されたが、いい恥さらしだ。
 不意を突かれたとはいえ、暗部揃いの忍びが集まってこのざまとは、木の葉に報告するのも憚れる。
 不審な子供を見たと報告を受けたが、村の子供の一人だった。しかし、子供にはなんら疑うところはなく、変化による犯行と思われる。
 貴重な資料を失い、近日予定していた計画は延期せざるを得ない。どれだけ態勢を立て直しても、数日の遅れが出る。負傷者の数だけ――こちらのハンデは大きい。
(グダグダだね)
 カカシを初め、他の忍びたちも任務に嫌気がさしていた。
 元々血の気の多い連中だ。今日のことで、かろうじて保っていた品行品性が壊れ始めている。これから更に、血を見る戦いとなりそうだ。
 今日は一日騒がしい。
 まだ本調子でないカカシも当然かりだされるが――合間を見て抜け出した。
 陽が沈む。
 村を出て向かう先は、雪の滝だ。
 腰につけたポーチの中に、にぎり飯がふたつ入っている。村娘がわざわざ用意してくれた。イルカに渡すつもりで持ってきた。
(やっと会える。――会えるよ、イルカ先生)
 約束を破る人間じゃない。ついでに、自分と違って遅刻をするタイプにも見えない。
 きっともう到着して待っているに違いない。
(イルカ先生‥っ)
 白く小さな花が崖一面に咲き、遠くから見るとまるで雪が降り積もっているように見える。
 夢路の森でも有名な場所だが、毒性の強い蜂が巣を作っているので下手につつけない。
 人の手が加えられていないからこそ美しい場所。初めて見た時、待ち合わせをするならここがいいと思った。――イルカ先生と。
「‥‥‥‥‥‥」
 少し寒い風が吹く。
 崖の下に立ち、カカシは周囲を見渡した。
「イルカ先生?」
 名を呼んでみたが、返事はない。
 考えれば分かることだ。気配がないのだから――当然返事もない。
「―――」
 陽が沈んでしまう。
 目を細めて太陽を見送り、カカシは藍色に変わる空を見上げた。
「‥‥‥?」
 視界に何かが映る。
 崖の出っ張った岩の部分に、何かが挟まっていた。
 カカシは一気に跳躍し、それを迷いもなく拾い上げる。
 手紙だ。
 ――イルカから。 
 その場に腰を下ろし、カカシは文章に目を落とした。 
 内容は、彼の性分らしく率直。彼が隠していた秘密が、すべて書かれていた。
 アカデミーの教員であったのは過去で、今は抜け忍の身。麝香獣に関する資料を燃やしたのは自分であり、黒幕に個人的に対峙したい人物がいる。麝香獣の犯罪の証拠は自分が手に入れるから、しばらくは動かないで欲しいと。
 肝心の対峙したい人物については書いていないが、イルカが麝香獣とただならぬ因縁があることが分かる。 
 だが、
(それがどーしたよ)
 紙を掌の中で燃やし、カカシは広い森を見下ろした。
「‥こんなの、会えない理由にはなんないよ、イルカ先生」
 遠吠えが、日没の空に響く。
 腹を減らした獣たちが動き始める。
 紙の灰を風にばらまき、崖を下りたカカシは、足音を消して歩き出した。











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2004.04.29

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