089:マニキュア
フヨウは至極上機嫌だった。
足取りも軽く、髪の次は美容店でマニキュアの手入れを始めた。
綺麗にしていたい。あの人が来るのだ。
待っている時間は辛かったが、楽しむ余裕もあった。
きっとあの人の頭の中は、自分のことでいっぱい。
できあがった美しい爪を見ながら、フヨウはこれまでて一番穏やかな時を味わっていた。
ぶち壊したのは、ガラの悪い男たち。
店内に入ってきた部下はフヨウを迎えにきたらしい。またあの総帥だ。一人でいられないのかとうんざりするが、邪険にしてはいけない。大事なコマだから。
「今夜、わたしの所に忍び込んでくる者がいれば、部屋まで通して」
昂然と命令した。
先生だけあってあの人は強いから、途中でやられるようなことはないだろうけれど、早く会いたいから。
よけいな物に引っかかって欲しくない。
――あの人が見ていいのは、自分だけだ。
男たちに囲まれて歩き出したフヨウは、振り向かずに視線だけ後ろに向けた。
誰かに、ずっとつけられている。
僅かな気配だけ。しかし見つけることは出来ない。
よほどの熟練者だ。―――木の葉の暗部か。
追い忍の中でも、これだけ上手く気配を消す者はいなかった。
(でも、どうでもいいや)
隠れている忍びが、自分の命を狙っていようとどうでもいい。
そんなことより大事なのは――イルカ先生。
「‥早く会いに来て」
フヨウはうっとり呟いた。
声は、カカシの耳にまで届いた。
イルカは、きっと望みどおり会いに来るだろう。
自分の手で、決着をつけに。
(‥ああ、分かっちゃった)
夢の中の、穏やかなイルカ。
最初見た時、ずいぶん落ちついた人だと思った。
その後も、優しい微笑みを見るたびに、少しだけ不安を抱く。
その笑顔が、どこか儚げで。
(死ぬ気なんだ、あの人)
暗部に属する自分が、名無し鳥に魅入られたことは頷ける。けれど、どうしてイルカまで捕らわれたのか分からなかった。
だが、気づいてしまった。
誰よりも、三途の川に近いのは――イルカ。
彼はもう、夢の中には出てこないだろう。
先に、渡ってしまう気なのだ。
誰が、行かせるものか。
○ BACK ○
2004.04.30
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